散文の自画像 

創作魂を持つ大熊という人間が、散文で日々の自画像を綴る文章ブログです。

私は人と話すのが苦手だ。

※人と話すのが苦手ということを書き殴っています。

 

『自分の、本当に好きな事をやってゆく中で生じる人間関係に於いて、諦めず、その人と信頼関係を築ける事を信じ、素直に相手と向き合う』
『人との縁を大事にする』

 

私は人と話すのが苦手だ。

 

聞かれたくない事がある。
「どうして仕事(出勤)しないの?」
「どうして子供産まなかったの?」
言われると嫌な事がある。
「それって楽してるね、それって幼稚だね」
とても言いにくい事がある。
「脚が痛いから」

 

これは民族的な癖なのかもしれないが、相手と会話する場合に互いを平均化しようとする働きが生じる、私はこれを極度に疎んじてしまう。
私は人と話すのが苦手だ。

 

人と関わるのって難しい、鶴の人に「前の職場の人と連絡とったりしなよ」と促されるがどうしても連絡しにくい、何故なら後ろめたいから。
脚が痛いということが後ろめたいから。
脚の痛みに関して、母親は「自分の母親も脚の痛い人だった」という記憶によって、娘である私が脚を痛がってもそれを疑問視したりはせずに、痛がっている人を受け入れる。
だから私は母親には「今日は脚が痛い」と言える、痛みを正当化する必要無く素直に言える。
一方で父親には言いにくい、正直な所、父が私の脚のあれこれを「嘘」や「演技」だと疑問視しているのを感じている、これは父が殊更嫌な人間であるというわけではなくて、父の親族に身体の痛む人というのが極端に少ないせいである、だから父には私の痛みが「毎日コツコツ働かない事への正当性」のための「嘘」に見えるのだろう。
…で、父だけでなく、毎日働くということへの信仰、とでも言うべき思想の持ち主というのはきっと日本に溢れかえっているだろう、ここは労働信仰の国だ、だから平均的に働かない者は邪推される…ような気がする。

 

そうなのだ、これは「そんな気がするから押し黙っていたい」という私自身の見栄とプライドの問題でもあるのだ。

 

痛みは証明出来ないし、痛みの証明など対面した相手にあえてしたくない、痛みが数値で表されるようになっても私はその種の証明を人に見せたいとは思えない。
だって痛がるということは…相手に気を遣わせてしまうから。
目の前の人間が痛がっていたら、自分だったら気を遣うし、それ故面倒くさいとも思う…このように「思わせたくない」ので、私は自分の痛みを口に出さないようにしている。
仕事でも一切口に出さなかった、だから余計に、私が退職するその理由が脚の痛みであるということが…不自然に映ったろうと思う。
「ああ、私もしかして、今、嘘ついてるって思われてるのかな…」
と感じる事もあったし、実際そうだったのかもしれない、とても楽しく仕事が出来たのに唐突に「もう駄目だ」と思って業務体系が大きく変化するその時に辞めた。
「あなた、新しい責任者が嫌だから辞めるんじゃないでしょうね」
と何度か言われた、それくらい私が脚について開示したのがギリギリだったのだ。

 

でも思った、「これから先、どうやって脚のことを伝えたらいいんだろうか…」、生きて行く中で人と関わらずに過ごす事など出来ない。

 

例えば何かの動作が遅かったり…動作というのは利他的な働きである、だから私としては「痛くて」・「その動作をしようとしなかったり」するが、相手には「その動作をしようともしなかった」ように見えてしまう。
このような誤解についてどう対処すれば良いのだろうか?
「痛くて」出来ないと言うべきだろうか?
でも痛みというのは主観である、対面した人に主観を素直に伝えるのは…甘えすぎなのではないだろうか?
でもこの甘えすら伝えずに居たら、単に気持ちの上で「その動作をしようともしない」人として私は人の目に映るのだろうか。
それよりも痛いからと素直に述べた方がいいだろうか?
けれども「痛くて」というその痛みは…大げさなんだろうか?やっぱり父から見る私のように何処か嘘くさいのだろうか?
その嘘くささが、対面した人に伝わった場合…結果的にその人を傷つけたりしないだろうか?
私自身も、小さな事で辟易したりしないだろうか?

 

そんなに脚のことが気になるなら、はじめから人に会わなければよいのではないだろうか?
でもこの問題…人を避けてしまう癖の原因は脚だけではない気がするのだ押し並べて言うとこれは「自分の欠点(それは心身に於いて)を隠そうとする」私の心の癖の問題なのだ。

 

鶴の人は尚も「友人、以外の人とも会った方が良いよ」と言っていた、私は毎日ずっと考えている「痛みについて言いにくい」ということや、「働いていないことが後ろめたい」事、また「それについて説明したくもない」と頑なになっている事が渦巻いて酷く辛い気持ちになった、それくらい、彼の言うことは正しかったから。
だって、私にいかなる苦しみや、苦しみの理由があったとしたって、それを伝えたくないから、それについて社会的な整合性がとれないからという理由で人との関わりを絶つのは…間違いであると、私もわかってはいる。
それらは究極的には、私の心の問題なのだ。
私は昔から人と話すのが苦手だった、私の会話にまつわる問題点を挙げておこう。

 

・脚の痛みを言いにくい…ので痛みを我慢したりして「他人と居るのは窮屈」だと思ってしまうが、甘えるのは悪いという気持ちもある。
・元来、名称や固有名詞が極端に覚えにくい…ので、相手がせっかくふってくれた話題の何一つを知らない為、会話にならない場合も多々ある。
・上記を含めた自分の欠点を、なるべく隠したい気持ちが働いてしまう…相手の為にも知っている風を装ったりしてしまう事もある、これを嘘ととるのか相手への譲歩ととるのかは私自身にもはっきりと断定は出来ない。

何故なら、あまりに知らなさすぎることを正直に述べても、全く会話が進まずに互いに気まずい思いをするということを回避するための方法でもあるから。
だがこの嘘により、私は居心地の悪い思いをする。

 

他人と話すとき、友人などと話すのとは要領が異なり、本質的な部分よりも表層の部分で話す事になる。
その時に互いの架け橋になるのが世の中の数多の事象である。
この数多の事象にはそれぞれに名称がつけられている…が、私はこの名称を覚えるのが極端に苦手である。
唯一覚えやすいのが三次元的な空間についての名称…地名、これだけは何故か覚えられるし実感が湧く、世界の何処何処でこんなことが起っている等という物事はすぐに頭の中の地図が展開され、その「部分」が悲鳴をあげているように感じる。
けれども人名や、概念、流行の何か、等は昔から全くと言っていいほど頭に入ってこない…頭の中にそのようなものを関知する場所が少ないのだろう…よって、言語記憶が主となる勉強の分野はからきし駄目である。
父親に一時期「障害児」と呼ばれていたのはこの辺りの理由からだ、物覚えの極端に悪い人が居たとしたらウザいのも仕方なかろう。

 

物覚えの悪さ=うざがられる=うざがらせてしまう=申し訳ないので物覚えの悪さを隠したい。

 

なるべく穏和に会話を進行させたい気持ちは私にもあるので、この心理的な働きにより私は「適当に合わせておく」「知らないけど知っている振りを便宜上しておく」癖がもうかなりついてしまっている。
一日何度嘘をついたかで言うと、この部分の嘘が他人との会話上のかなりの割合を占める。
感情ではなくて、単に会話を合わせる為の固有名詞についての嘘、これが私が「会話って疲れるなあ…罪悪感もあるなあ」と思う理由の一つ。

 

じゃあそんな合わせるみたいな真似やめればいいじゃない?
と思うかも知れない。
私も多々そうしているが、これも面倒くさいのだ、あまりにも物事(の固有名詞)を知らないので相手の着眼点が「自分の話したいこと」から「私が固有名詞を知らない事」に切り替わってしまうのである。(これもまた申し訳ない…)
「え?そんなことも知らないの???」
と驚かれるし、いちいち会話を止めてしまうので本当は相手だって話したいことを話せずに足止めを食うので面倒くさいと思う。
でもってあまりに知らなさすぎることをまるで、私本人がネタにしているような感じに受け取る人も居たりして…そりゃあ会話が進まない人というのはトロくて苛つくだろうが、あまり受けが良くないのを私も自覚している。
だから合わせて置きたいのである、「へ~、あんま詳しくはわかんないけど、すごいねえ、いいねえ、そっかあ~」、相手が何かの固有名詞を出したらとりあえず「ああ、」と頷く。
知らないけど頷いておくのである。
ただ、中には勘の鋭い人も居て「普段あんまりテレビとか見ないでしょ」と突っ込まれたりもする、「ばれたか~」と適当に返すが…これを突っ込まれた時点で「その人の持ちネタ」は終了しているので、会話が会話の意味を成さない、よって早めに話を切り替えた方が無難である…さもないと本当に「わかったふりだけしている人」になってしまうから。

 

ほんとうに、嘘つきになってしまうから。

 

とまあこんな風に、固有名詞記憶が極端に弱いと倫理的な部分も含め、本当に面倒くさいのである、相手もそうだろう、父親もこれで相当苛々していたのだと思う。
私の固有名詞の覚えにくさ、知らなさすぎる度合いは特に芸能関係や時事ネタで大爆発している(これはもう時代とか関係無く全く入ってこない)、だから他人同士の例え話や会話の糸口としての「あのお店に芸能人の誰々が来たんだって」という話が…難関なのだ。

 

固有名詞を覚えられない…この欠点が恥ずかしく、申し訳ないので隠そうとしてしまう。
情報をインプット出来ないということが恥ずかしくて隠してしまうのだ、言語記憶の部類が相当弱いのだと思う。
誰が何を「どのように」したかや「どのような感情で」やったかについては覚えていられる…だから元彼たちが居たのは覚えている、記憶力そのものはある…だが、元彼の名前等は忘却している。
元彼でもそうなのだから歴史上の人物とかよくわからん人とかよくわからん流行など私が覚えられるはずがないのだ。
でも人間と人間は何か架け橋を作ってやりとりする生き物でもある…名称記憶が弱いとどうしても対人関係に対して消極的にならざるを得ない。

 

何故ならこのソフト(思考)原理主義時代に於いて、知らないと言うことは、知ろうともしないということであって、それは悪だからである。
でも本当はちょっと違う…本当は…本当はどうしたら良いのだろうか?
本当はどうしたら、心と心で会話出来るのだろうか?
本当の私は知らないことや、自分の記憶力の極端な悪さ、ドン引きされるほどの無知を開示しても構わないと思える信頼関係を築きたい…ただそれだけなのだ。

 

本当の問題点は私の記憶の弱さではなくて、それを隠してしまう部分、弱さを隠してしまう部分。

 

物心つくころ、私は「スチュワーデスになりたい」と言っていた、父が私になりたいものを提示したのでそれをオウム返ししていたのである。
保育園で七色の短冊に書いたのを覚えている、スチュワーデス、というものが何かよくわからないがそれをこの短冊に書くと、星が表れて夜空を照らし、自分もそこへ行けるという。
「お父さん、空へ行ったら楽しい?」
「楽しいぞ飛行機は」
「飛行機って何?」
「昨日も言っただろ、ほら、今飛んでるあれだよ」
私は空を観るがあまりよく見えない、でもとりあえず頷いておくのだ、私の目が悪いのが解ったのも結局小学校へ上がってからだった、とりあえず見える風にしていたのだ、そして翌日もまた聞く、「お父さん、飛行機って何?」父が段々私に辛く当たるようになるのは当たり前と言えば当たり前だった。

 

私はどうしたいのだろうか?
自分を隠したいのだろうか?

 

私は働いていない(出勤していない)し、脚も痛い等と言っているので父には最早健常者扱いされていないだろう…そういう気配はわかる、人間は心と心をどうしても通わせてしまう生き物だから。
私が男だったら早々に父に撲殺されていたと思う、私と父との関係というのは一般的に言う「父と娘のぎこちなさ」を越えた憎悪がある。
父の、なりたくない姿、それが私なのだという認識が互いに生じている…子供というものは耐え難い、直視し難い鏡の中の自分のようなものなのかもしれない。

 

そして対面した人の無言の内に宿る「あなたは楽をしている」という言葉に責められるとき、何と答えるべきだろうか?
どう対応したらよいのだろうか?
そう責めているのは私自身なのだろうか?
でも実際、多くの人が聞かれて困る物事というのがあって…それは割と、言葉に表れている。
「仕事はしているの?」
「子供はいるの?」
これについて素直に答えたところでさらに質問されるのは不当であるように感じてしまう、「何故?」…この何故に答えても意味がない。
行動しない事への何故は何の意志も含まない、そこには心が無い。
でも何だかこの質問には…根源的な優しさを感じない。

 

「このままじゃ駄目だってわかっているけど、鶴ちゃん、私人と話をするのが怖いよ」
自己開示の結果は誤解しか招かないような気がして誰とも…上手く話せそうにない。
私は脚の弱さも記憶力の弱さも隠したい、でもそれは誤解しか生まない。
私が他人との間の物事で唯一習得した処世術は「仕事のノリ」だけである、何か失敗をしたら早々に「ノリで潔く」謝る事、「必死で覚えること」…だからこそ、弱さは見せるべきものではないのだ。
信じられないから見せられないのだ。

 

鶴の人は言う、「じゃあせめて、作品っていう共通概念で通じる人とは縁を保ってよ、俺は自分の事を話すのが苦手だからなるべくちゃんと周りの人に伝えることにする、切り離さないようにする、だからあやさんも人との縁を大事にして、それはこれからの課題だよ」、部屋の中は蒸し暑かった、来月、彼は行ってしまう。
彼はさらさらとペンを走らせた、彼自身の課題を書き終えてから私の課題を別の紙に書いてよこした、その紙にはこう書いてあった。

 

・俺の居ない二ヶ月の間にミシンを使った作品を一つ以上仕上げる。
・人との縁を大事にする
・自分の、本当に好きな事をやってゆく中で生じる人間関係に於いて、諦めず、その人と信頼関係を築ける事を信じ、素直に相手と向き合う。

 

元はといえば私が頼んだのだ、「私の直した方が良いところあれば教えて!」と私が頼んだのだ。
彼の文字は美しかった、鶴の人の飾った絵や小作品たちがこちらを観ているのを感じた…この部屋は元々火の渦巻くイメージがあって恐ろしかったのだが、彼が水辺の絵や写真作品を飾っているので治ったように思えた、言葉に出来ない鎮められた空間を夕日が染めていた。
彼は人を癒やす性質がある。
私は鶴の人の手を握りしめて堪えきれず泣いた。

 

作品は一人でだって出来る、だが縁は一人きりでは不可能だ、出来る事と果てしなく難しい事が一枚の紙に同居していた、私があまりにも突然嗚咽を漏らしたので彼は驚いていた。
職場を辞めると告げた、あのときの同僚たちのように驚いていた。
こんなに悩んでいたとは知らなかったという風に、驚いていた。
そうなのだ、誰も私の事を知らない、私が知らせないのだから、この私が、誰の事も信じていないのだから。
私は小一時間も泣き、減った分の水分を彼の用意したお茶で補った、あと何回くらい泣けば心身の毒が抜けるのだろうか。

 

あと何回くらい泣けば、うまく話せるようになるのだろうか。