散文の自画像 

創作魂を持つ大熊という人間が、散文で日々の自画像を綴る文章ブログです。

ミシンという究極のマシン

 

ミシンを中学校以来はじめて触った、この場合はじめてという言葉も許容範囲だろう、何せ20年ぶりである…もうミシンというものの構造自体が別物になっているのではないかと危惧したが案外どうということもなかった、ミシンはミシンで今も昔も究極のマシンだった。
ミシンが何故究極の機械であるのか…例えば一人の人間にあらゆる物事をやらせようとする、するとその人間はどうなるだろうか?
何百キロもの鉄のバーベルを持ち上げるという「機能」を有した人間に、細かい針作業が出来るだろうか?出来ないだろう、薄い柔らかい布を引っ張らずに伸ばすこと等も難しいだろう。
何故か?
筋力というものを発達させることに特化した人間の場合、「弱い力で」作業するということが難しいからである。
たとえは雑だが根源的にはこれと同様の事がミシンにも言える、物事に特化するというのはそれ以外の機能を退化させるということ…それは究極の進化なのである。

 

ミシンという機械にはざっくりとだが、①家庭用ミシン、②職業用ミシン、③ロックミシンがある。

 

家庭用ミシンというものには今、一番多くの機能が「ミシン機体が耐えられるぶんだけ」詰め込まれている、既にオーバースペック気味である。
直線縫い、刺繍、模様縫い、名前…そしてコンピューター機能も勿論入っているので画面で操作できる、この機能があるからこそ自動糸切り機能や自動糸通し、自動糸調子など…まあ、車で言うところのオートマである。

 

特にミシンの歴史に於いて、急激にオーバースペックに偏りだしたのは現在の最新型の3~4代以前からだと思われる(私の主観である)。
その世代のミシンから「詰め込むだけ機能を詰め込む」ということをやっている…ミシンと世相は一致するのだろうか?それはさておきこの、詰め込むだけスペックを詰め込んだ機械というものは果たして「強い」のか「弱いのか」?
…答えは「詰め込めば詰め込むほど弱くなる」のである。

 

一つのミシンに複数の機能を詰め込むということはそれだけリスクが増すのである、特にこれをやり始めた数世代前の機種が呪われたように故障するという話を聞いて、なるほどなあと思った。
というのも数世代前の機種が妙にネットで叩き売りされているからである、どうにもネットで叩き売りされているという点に不信感があったのでミシンをメーカー本社まで観に行って正解だった。
メーカーでは特にこれといってネット叩き売り機種については一言もなかったし、叩き売り機種が壊れやすいという話も無論一切されなかったが…家に帰りがてら街のミシン個人店でこの話を聞いた際に合点がいったのである。

 

家庭用ミシンで今、一番【強くて】【まっすぐに縫えるものはどれですか】」とミシン商店の人に聞く、メーカー本社で見て一目惚れした素晴らしい機能を携えているのはたった二種だった。
その機能というのは、ミシン針の受け皿、穴がそれぞれに在る、ということである…私は物事の概念を理解するのは比較的容易なのだがいかんせん名称を覚えるという機能がうまく働かない、よって説明が非常に抽象的なのだが…。
針穴にまっすぐ針が落ちるように丸い穴が空いている受け皿が【ついていて、動作一つで解除出来る】というもの、この機能に惚れたのである。

 

まっすぐに縫いたいときには小さい穴の受け皿、ジグザグに縫いたいときにはジグザグの受け皿(押えではない)が【下板】についていて切り替えがワンタッチ…なのである。
何やら阿呆のような事に感動していると思われるだろうが…元来のミシンというものはこの【綺麗に縫うための針受け皿、型】の為の部品は付属していても、下板をいちいちペンチで外して設定し直すという手間がかかるのである。
普通にミシンを使うとなると…いちいちペンチで受け皿の交換をしている間に次の工程を終えられるだけの時間がかかってしまうだろう、もう絶対この機種だ!!と私は強く念じている。

 

この機能に惚れたことをもう少し詳しく言おう、ミシン針というものは常に揺れているので、針をまっすぐに落とし続けるというのは構造上案外難しいのである。
だからミシンには、針以外にもそれぞれの縫い方の【押え】器具と、下板が動いて布を送る仕組みと、強いて言えば上側にも布を送る仕組みと、そしてそれぞれの縫い方に対応した針の受け皿が必要なのである。
ちなみにこの針の受け皿(穴?)機能は大昔のミシンにはついていたらしいが…何故がミシン史に於いて長い間除外されてきた機能なのである。

 

今一番の最新型の家庭用ミシンは定価だと40万を越えていた、私が感動したミシンは定価30万超えで、店頭で20万弱である。
これはミドルクラスのミシンである、ただ…ミシンは安物は本当に駄目で、安いミシンを買うくらいなら多分手縫いの方が確実だろう…弱いミシンはぶっ壊れやすいのである。
何故ミシンを触ったのが20年ぶりなのに価格帯にそこまで納得しているのだと突っ込まれそうだが、内職もやっていることだし、多少はそちらの勘が利くのである。
第一にミシンは揺れる、揺れるのにまっすぐ縫うというのは既に理論として破綻している、この「破綻している」分の誤差をどれだけ無くすかに、ミシンの真髄が宿っているのである。
これは創作を趣味にしている人間にならすぐわかるだろうが…自由に創作する上で、機械に一番重要なのは「頑丈さ」である、自由な分だけ頑丈で居てもらわないといけない。

 

小さな機体が果たして頑丈だろうか?
ある程度の機能の機体にするにはある程度の重さを詰まないとならない(頑丈でなければならない)、けれども重みを詰んだ分だけその実「歪み」は生じる…機械をデカくするというのはその実メチャクチャ難しいのだ。
デカい絵を描くというのと同じくらいに。
小さなイラストならその辺の誰だって描けるのである、だがデカい絵を完成させるほどの精神的燃料を、「心身をぶっ壊さずに」遂行するにはそれなりの体力がないと難しいのだ。


だから家庭用ミシンという、既に「沢山の機能を詰め込みすぎて脆弱性が必然的に生じている」もので、尚且つ「揺れるのにまっすぐ縫う」という課題をある程度クリアしており、尚且つ「人形の服をジャンジャン作りたい」というマジな欲求を叶えてくれる代物には…ある程度の値段がかかるのは当たり前なのである。
…ああもうすっかりミシン教徒になったんだよ私は、多摩センターでヤギが草を食むのを観て、それから地元のミシン店へ行って、メーカーというものが全て本当の事を言うわけがないのだと思い知らされているのよ、でもあたし、骨の髄まで縫われてしまったのよ綺麗な綺麗なミシン糸で。

 

②職業用ミシンというのはざっくり言えばマニュアル車みたいなものである、家庭用ミシンのように「コンピューターで制御しながらボタン穴も縫ってくれる」などという女々しい機能は一切無い。
実に理路整然と単に一直線に縫っていくのである、それだけの機能に特化しているので自分で糸調子を合わせたり糸を通したりなんだりが全て出来るのであれば、半永久的に直線縫いが楽しめる機種である。
…が、ミシンの故障の原因というのは糸調子の狂いだったり、糸通しの方向を間違える事であったり…ほんのちょっとの糸のほつれがやがて解くことの出来ないもつれに変化したときに発覚する稼働させる時の人間の癖による「歪み」である。
自分でミシンの機能や構造を理解していない場合はオートマ車にしておいたほうが無難…家庭用ミシンにしておいたほうが無難、なのである。

 

ただ、家庭用ミシンというのはさっきも述べたように「機能をぶっ込み過ぎて脆弱性が生じている機種」であるため、特に、安い軽いミシンは壊れやすい。
高いミシンでも職業用ミシンよりも、コンピューターなどを追加したために構造が複雑化しているぶん、まっすぐ縫いにくいのである、たとえ高価な家庭用ミシンでも…職業用ミシンのほうが直線縫いが綺麗なのである。

 

ここまでミシンの説明をして、なんとなくわかっただろうか?
何もかもをコンスタントにこなせて尚且つコンパクトで場所をとらずに美しくある存在など、この世に存在し得ないということに。
数百キロのバーベルを持つ事が可能な人間が、全く同時に弱い力でする手仕事に向くなどということはなかなか難しい上、そのようなことをする意味すら無いということに。
ミシンというマシンについて思いを巡らせていると「人間と同じだ」と思うと同時に、「この世に存在するもの」は、究極的に「一つのこと」に特化した方が効率がよいのではないだろうかという哲学的思惟にまで達することが出来る。
脆弱性が生じる機体というものには必然的に、さらにその脆弱性を補強せねばならない宿命が課せられる…そんなことをしているうちに「本来何に特化したものだったら効率がよいのか」という一番の目的を忘却してしまう。

 

③最後にロックミシン、これはニット製品の端がほつれないように「緩やかに、数本の糸でかがり縫い」をする機械である。
現在の衣料のほとんどに施されるこのかがり縫いの機能は、実は「かがり縫い」だけに特化したロックミシンで縫われているものである。
そのミシンは端のかがり縫いしか、出来ないのである。
「端のかがり縫い」をするには数本の糸を交互に組み合わせて縫うので、ミシン針も数本ある。
端のかがり縫い以外の縫い方も可能なロックミシンは存在するが…厳密に言うとそのロックミシンは「既製品のようには端のかがり縫いは出来ない」のである。
…おわかりだろうか?
何か一つに特化するということは即ち進化であり、同時に、複数の進化を辿る存在というのはその実退化しているのである。

 

話を戻そう、既製品のような端のかがり縫いは出来ないが「かがり縫いらしき事と、他の縫い方が出来る」ロックミシンは、ギャザーを寄せるとかフリルのようにニットの端をクルクルさせたりだとか、薄い透けるような素材の端の処理を綺麗に出来たりする。
あとは二枚重ねで縫った布のうち一枚だけのギャザーを寄せるとかそういう細かい芸当が可能なのである…そんなことが何故生きて行く上で必要なのかって?
何故「別に人民服でいい」と言っている私が、ギャザーを寄せた服を作るということがそんなにも重要なのかって?

 

人形の服に必要なのである。
布を飾りたいのである、だから様々な技巧が出来たほうがよいのである。
そのロックミシンの中でも、「自動糸調子」などの素人に(というよりもプロにほど本来嬉しい機能だろう…作業の効率を考えたら数本の糸を使うロックミシンの糸を工程毎に、調子を設定しなおすのは割と煩雑なはずである)も嬉しい機能がついているものを選んだ、山形産のミシン、私、ミシン教国産派に帰依いたしますと叫びたいくらいだ、風圧で糸通しを自動にするという発明をしたのもこのメーカーである、褒め讃えよ!

 

・①家庭用ミシンは素人的に理解しやすいオートマ車、中でも直線縫いが出来る限り、職業用ミシンに近いほどに綺麗なものを。
・③数本の糸を使うロックミシンは、ギャザー(フリル)寄せ、薄い布の処理、既製品には及ばずともニット製品の端の処理は可能である、家庭用ミシンとは別のメーカー…先に挙げた国内生産メーカーのものを、それぞれに所望いたします。

 

…さてここまで読んで、「え?つまり①家庭用ミシンと③ロックミシンの二台も買うの?」「家庭用ミシンで出来る直線縫い、ロックミシンで出来るギャザー寄せ、薄い布の端の処理、数本の糸を使っての緩く編むように縫うという技術を一台のミシンでは出来ないのか?」と思う人もいるかもしれない。
私も心の奥底で思った、ロックミシンと普通のミシンを合体させたような複合型ミシンがあれば…と。
でももしそのようなものが発明されたとして、そうやって機能を詰め込めるだけ詰め込んだだけの機体は果たして強いか?弱いか?考えればすぐに解るだろう。
こういう機体は無論、いつか生産可能かもしれないが、実働には向かないほど「弱い」と私は今は解る、弱い上にクソ高いだろうと今は解る。
数百キロのバーベルを持ち上げられる人が全く同時に裁縫が趣味だったとしたらどこかの身体の機能は非常に無理をしている、ということなのだ。

  

仕事ということを考えると私は全く楽観視出来ない、だから価値のあるミシンを稼働させるということは結構現実的な話なのである。
ちょっとバイトをしに行くということが実質、痛くて出来にくいのである、身体の痛みを堪えて働いたところで痛みの分のお給料はもらえないのである。
それどころか、痛い、と言ったら言ったぶんだけ好感度は下がるだろう。
まあでもそれも「自分の自発的な機能を特化させる」と考えれば、痛み分けというか、その分ミシンを理解するのは結構現実的に前向きな考えだったりするのである。
何かに特化するのは自分の実用を考えるととても「よい」のである、非常に善いのである。
私は母親に「あたしミシンをやろうと思ってるの、人形の服を作って売ろうかなと思ってるの、とても細かい服ね」とメッセージを入れておいた。
返事はなかった、私の目論見通り反応がなかった、いいんだよ、私先ずは誰かに自分の熱意を話して、それを心底無意味だと言われたかったのだ。
先に嘲笑されておきたかったのだ…別に母親は私を嘲笑なんか一切していないのだが、彼女の概念の中に「手作業で服を作る喜び」などという馬鹿げた概念が一欠片もないのでこの事象に関しては、一時的に言語が通じなくなったのである。
父親からは英語やらプログラムやらを「これをコンスタントにこなせれば」「とりあえずそのスペックがあれば」と呪文のように言われながらやらされてきたが…

 

今思うと、それは糸や針が数本もあるロックミシンに「直線縫いをしろ!!」と怒鳴りつけるような物事であって…

 

何の意味も無かった、のである、心底やりたくないことを口パクで演技したに過ぎないのである、何故このような悲喜劇が起きたのかというと元を正せば父すらも、自分の本当の情熱には素直にならなかったから、このような無駄なバグが生じたのである。
父はやっぱり外国へ旅に出た方がよかったのである、それについてはやはり父自身の課題であるので他人がどうこう言うべきではない、だが、やりたいことはやったほうが金は動く。

押し並べて平均的に何もかもをこなせる人間/機体があったとしたってその存在は果たして幸福だろうか?

そのような人間/機体があったとしてその存在は強いか?弱いか?

そのような人間/機体は周囲をほんとうに幸福にすることが可能だろうか?

 

私は幸福になりたい。
心ではミシンのことばかりに気をとられているが、実際に人形の洋服教室なるものに通いたいとも思う…が、最低でもギャザースカートとブラウスくらいは作れないと失礼な気がする。
なにせ何の糸を使ったらよいのか、何をどうしたらよいのかすらわからないのである。
裁縫道具もない、鋏とか糸切り鋏とか目打ち…もし買うならAmazonとかよりも個人商店で買いたいが…。

 

物事が急速に動く時というのがある、私は今川に小舟で乗り出したところだ。
鶴の人は言う、「あやさんならきっといい作品を作るよ」、この前唐突に洋裁をやると言ったときも「意外と可愛いものを作りそうだね!」と瞬間的に返してくれた。
鶴の人もまた、彼は彼の船に乗っている。
その船は大阪に行くらしい、私は高揚しているのに、沈んでいる。