散文の自画像 

創作魂を持つ大熊という人間が、散文で日々の自画像を綴る文章ブログです。

【詩】春の問答


私の骨は何処でしょう
春の野に 完璧さの欠けた私は問いかけます

 

私の肉体は何処でしょう
在るはずなのです世界の何処かに
置き忘れているのです宇宙の何処かに

 

私の心身は何処でしょう
在るはずなのです何処かに
完全な心身 その在処を私は忘却し続けているのです

 

物言わぬ春の野は静かに笑いながら私を観ています
私は世界に向かって問いかけます

 

身体や完徳を
捨て去ってしまったのです何処かに
それが「在る」状態を知っているのです私は

 

欠乏感は
実際に完全さを知っていた証拠で、完徳が欠乏していなければ生じないのです
せめて痛みを
消し去って下さいこの一日のうち
肉体の一挙手一投足を
毎時考えながら警笛に
怯え
身体の内側に籠もって過ごすのは
一体なんの為でしょうか

 

それが誰かの為になるのでしょうか?
世の中の為になるでしょうか?


私は春に呼びかけます
私の完徳は何処でしょう、私の欠損は何処でしょう
春よ知っていますか
すると答えが返ってきました

 

ここにありますよあなたの身体の骨は
ここにありますよあなたの心身の完徳は

 

春の野には菜の花が咲き乱れ
其処此処で唄っています あなたの骨は其処此処にありますよ
私は早速 菜の花の側に行って骨を拾おうとしました
骨は何処ですかと私は聴きます

 

菜の花は唄っています あなたの骨は私の内側にあります
私は頷き、菜の花を千切ろうとしました
すると今度は土が唄っています あなたの骨は私の内側にあります
私は土を口に含もうとしました
すると今度は青鷺が唄っています あなたの骨は私の骨となって私の内側にあります
私は動かない青鷺の首根っこを掴もうとしました、その時青鷺は飛び立ち
代わりに雲雀が唄います あなたの骨は実は私も持っている
次に片足の鳩が唄います あなたの骨は私の嘴にもある 代わりに 私の片足はあなたが持っている

 

片足の鳩は続けて唄います 完全な心身が欲しいのなら 私に脚を下さい
その後ろで水仙が唄います あなたの完徳は私を育てて下さったあなたの如雨露の水に宿っていました、だから完徳は今は私の内にあります どうぞ私を食べて下さい

 

水仙の唄声に触発され、芽を出したばかりの球根も唄います あなたの骨は私にも宿っています でも あなたの完徳は今朝あなたが摘み取った雑草にこそ宿っていました
その唄を聴いた小川の魚が唄います あなたの骨や完徳は皆 海に流れていった でも 海の水は循環してあなたの内側を満たしているはずだ

 

春よ

 

私は
偏在する私の心身を抱擁します
私は唄い
完全さが
宇宙の全てに広がるのを静かに観るのです
摂理は
このような方法で私を愛するのだと知るのです

 

私は 春の問答のうちに私自身を知るのです

私の骨は此処にあり

私の完徳もまた此処に在ると私は知るのです

 

春の野に私は語りかけます
私の骨は見つかりました
春の野に私は語りかけます 数多の生き物に 私は語りかけます
私の完徳は見つかりました
土を踏みしめて私は唄います

 

私の全ては此処にあります
私の全ては何処にでもあります

 

このような時
私は愛するということが可能になるのです
このような時
私は
世界を
静かに信じるのです