a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

ああ肋間神経痛

 


夜、薄暗がりの視界、その片隅に青白い光が見えた、それはだんだんこちらに近づいてきて私の胸にのしかかった。
私は胸にひびが入るのをまざまざと感じ、身を動かそうにも骨が軋んで動かず、やっとの事で起き上がると左胸を押え呻いた。
呻き声を出したら出したで左胸はさらに軋んだ、ああ、死ぬのか、息が吸えない、ああ、私死ぬのか、真夜中に起きて制作するとか無理が祟ったのだろうか、正直それくらいで四苦八苦してるだなんてこの身体はマジでポンコツだ、全然使えない…はたまた家庭をぶっ壊した事への罪悪感が文字通り我が胸を締め付け、私は呼吸困難で死ぬのだろうか、何はともあれ私は、死ぬのだろうか?

 

私は布団から這い出て、まさに這う這うの体で廊下と階段の踊り場に座った、ここからは一階と二階が見える、ただそれだけの場所に私は座して、辛うじて三次元に居るらしいのを確認し、自らを落ち着けた。
息を吸うと左胸の全てが悲鳴をあげたが、かといって息を吸わないわけにもいかないので上を向いて浅くハアハアやっていた。
落ち着け、息ってのはその実毛穴から吸ったり吐いたりしているものだ、普段そんなにゼイゼイ懸命に呼吸なんてしてないだろ、静かに静かにやればいいんだ。
あー、まあいいや、このまま死んでもまあいいや、憧れの人に絵も見せたし…無念、やっぱ無念、だってまだ500分の1くらいしか絵に投影出来てないよ、私の感じた美しさを全然表現出来てない、あの人が私の事を忘れられないくらいの美しい絵を描きたい、でもまあいいか死んでも、意識が死んで途絶えるとも思えないから、あの人ともまたどっかで会うだろう、やっぱ死ぬのだろうか。

 

…という走馬灯を見つつ、これは以前にも体験したことがあるぞと私は思った、肋間神経痛である。
この痛みについて説明するとしたら、酷い虫歯の痛みというのが適切だろう、歯医者で神経に触れられた事のある人間なら解るだろうが思わず悲鳴が上がるほどの痛みである、しかし悲鳴をあげたらもっと痛むので声も出せない。
歩く度にズキンズキンと神経そのものが叫ぶような電流めいた痛みが、左胸全体に広がっていると考えてもらえばいい。
骨折したか、胸にナイフでも突き立てられたら同じように痛いんじゃないかと思う。

 

この痛みが生じるのは何故か夜明け前の時間帯だ、以前に悩まされた時もそうだった、眠っていても目が覚めるほどの痛みである、これが絶え間なく数時間続く。
ちなみに、寝るという姿勢が取れないので(心臓に血流が行き、余計痛くなる)座ったままで居るしかない。
深呼吸やくしゃみなどしようものなら折れた肋骨がついに内臓に突き刺さるのではないか…というほどの痛みが生じるので全ての身体機能に於ける【動】の部分を【静】に切り替える必要がある、何はともあれ自分自身を安心させる事だけがこの種の痛みに対抗する術である、本当に死ぬかもとパニックを起こしかけるのだが、パニックを起こさない覚悟みたいなものが必要である、つまり「まあ死んでもいいや」という諦めこそが、生き残る術なのである。
そのまま丸3時間が経過した、私はまだ口をパクパクさせて胸を押えていた、痛み止めの湿布を貼ったがこんなものは安っぽい疑似魔術でしかない。

 

この痛みに関しては、中高年の女性の場合本当に肋骨が折れている可能性もあるため、酒やタバコ等を一切やらない場合、心筋梗塞などを疑うよりもまず診てもらうのは整形外科が一番妥当だろうと私は考える。
脂ぎった男や老人の場合は躊躇うことなく救急車を呼んだ方が、救急隊員や医者に嫌な顔をされようと、大事には至らないように思う。
あと中高年の女性、というのは押し並べて言うと30歳以上の女ということだ、いくら外見が20代でも骨自体は脆く折れている場合もある、仮に癌だったとしても胸部レントゲンで判明するのでまずは整形外科、というのが私の見立てである。
…が、私は以前これを放置し、内科医からの薬とストレッチだけで治したため、今回痛みが引かなければ整形外科と思っているに過ぎない。

 

痛みは左胸部を覆う肋骨全体を貫通するかのように生じている、冗談みたいな痛さだ、放っておけば一昼夜続くのではなかろうか。
階段を降りる、降りるだけで胸部が軋み、痛みが走り、呻き声を上げ、その呻き声にさらなる痛みが追加される、もう痛みのオンパレードである、何かの罰である。
いっそ笑いたいが笑ったら本当にあの世に行ってしまいそうな勢いの痛さだ、これを既に3時間以上も体感しているのでさすがの私もいい加減疲れている、参っている、寝てしまいたい、だが横にはなれないのだ。

 

小さく小分けされたチキンラーメンがあったな…腹、減ったな…よし、最後の晩餐に手のひらサイズのチキンラーメンを食べよう。
私はお湯の沸くのを待った、ケトルを持つ手は右側だったのにそれでも左胸が痛んで危うく自分の足を湯戻しする所だった。
そして静かに、コップ一杯の小さな乾麺を明け方に啜った、何だか食道が細くなっている気がした、麺が妙に太く、いつもならものの数秒で食べ終えるほどの小さな麺を10分以上もかけて食べ、幾度もろ過されたであろう甘みの一切ない単純な食塩と人工調味料のお湯を飲んだ、ああ、暖かい、チキンラーメンていいなあ。

 

…と思っていたら何と、唐突に胸の痛みは消え去った。

 

チキンラーメンで肋間神経痛が治った…治ったというよりも対処療法で沈静化しただけだ、この種の痛みは往々にして姿勢のズレと骨の弱さと精神面からきているので、闇雲に「お湯を飲めば痛みが消える」と縋る思いでお湯を飲んでも、多分痛いままで、最悪痛みの中で湯を吐き戻す結果になりかねない。
せいぜい湯飲み一杯くらいなら飲むのもよかろうとは思うが、一切期待しないということこそが神経痛に効く気がした。
カップ麺というふざけた食品の醸し出す、遊び、おやつ、という幼児めいた匂い。
食道などの器官を広げるようにゆっくりと麺を啜った事も功を奏したのかもしれない、それが結果的に、何かの作用で縮こまっていた肋骨をも広げ、神経を圧迫する作用を弱め、普段通りの骨格に戻したのかも知れない。

 

さて調子に乗った私は、朝昼晩と飲むサプリメントを飲んだ…これがまずかった…。
身体の器官はまだ痛みに耐えたままで、我が食道はインスタントラーメンの細さは受け付けるが錠剤は無理だ、と真っ向から撥ね付けてきた、本当に我が儘だ。
飲んでいる最中にサプリメントは私の食道に詰まり、しかしまだ胸の痛みが完全には消えていないような気がして、吐くに吐けず真っ青になった。
一方でカップ麺以上の太さや大きさの固形物はまだ喉に通らないため、ご飯を飲み込んでも多分本当に詰まって窒息するだろうと予測できた。
結局小一時間目を白黒させながらM氏の手作りヨーグルトを少しずつ押し込んで何とかなった…が、やはり神経痛が出ている間は冷えたものは禁物のような気がした。

 

この間ずっと私は身体を縮めていたが…動かないで居るということのなんたる苦痛よ。
身体が動かなくなると、痛いから余計動かさないで守る姿勢を取りがちだが、多分逆効果だろう、寝たきりとか凄まじい拷問だろう。
身体の痛い人間ほど動いたり楽しんだりどんな小さな事でもいいので快楽を追求した方が良いのだ、カップ麺でも何でもいい。
私が今回一番キツかったのは、サプリメントを吐くに吐けなかった事だ、これは吐いているとM氏から心配されるのが嫌で出来なかった部分もある、私を扶養してくれているM氏は良い奴だ、良い奴だからこそこの感情的線引きが出来ないのである。
心配という感情は本当に要らないと私は思っている。
生き物は吐きたい時に吐いて、死ぬべき時に死ぬのだ、そのことに対する感情的な悲鳴を周囲はあげる必要などないのだ、周囲の人間は各自自分の快楽を追求した方がよほど楽なのだと思う。

 

少し話がズレるが私はこのような大変な状態の人間に対し、同情は不要だと思っている。
大変な状況にある人に声をかけてあげるのは善い事だと思うし、冷静に救急車を呼んだりする「行為」はこちらも非常に助かるので私もそうしたい。
だが、大変な状況にある人と「感情的に一緒に悩む」事については全く無意味だと思っている。
そして大変な状況にある人本人も、それについてあれこれ「悩んだり」するのは意味がないと思っている。
どうしようかわからずに唸るよりも、何か行動を起こして自分で結論を下したり、楽しんだりしたほうがきっと周囲のためになると信じている。
一緒に居て背中を押してあげると言う言葉は美徳のように語られるが、言葉通りに寄り添う事を実行するのは、その実両者共々足止めをくっているに過ぎない、それでは誰のためにもならないと私は思う。
だから、どんなに親しい間柄の人間が辛くても、それぞれに楽しい事に対し邁進したほうが、本当の意味で、互いの背中を押すことになると考えている。

 

肋間神経痛が起こる度に私は思うのだ、誰が突然吐血しようと、誰が死のうと、自分が死のうと、それに対して騒ぎ立ててはならないと自戒し、気持ちを静かにさせ、カップ麺を啜るべきであると私は思うのだ、たとえ死の淵にあってもそうすべきだと私は思うのだ。
最後に要約しよう、肋間神経痛の治し方は日々のストレッチ、肋間神経痛の対処方法はカップ麺をゆっくりと啜ること、ということで私はチキンラーメンのミニサイズを肋間神経痛の常備薬としていつも戸棚に備蓄することにした次第である。