a.o個人ブログ

詩や創作文章、祈りについての考察を個人的に公開しています。

【散文詩】こんな仕事


「こんな仕事」と言う老婆に私は言う。
「こんな仕事とあなたは言うけれど」と私は言う。
「貴女にとってのこんな仕事は、私にとっては今までのどんな仕事よりも働く喜びに溢れていますよ」と私は言う。
「貴女にとってのこんな仕事は、私には、行うのが奇跡のお仕事なんです」と言う私に老婆は少しうろたえた後、日差しの下で何か言いあぐねて私を凝視している。

 

足の骨が欠けている、けれど私は歩いている。
歩けるのならば手術はまだ先、手術が先ならばそれまでは働かねば。
足が痛いときもある、けれど私は辿り着いた先で肉体労働をしている。
肉体労働は思いのほか爽快、それは仕事仲間が楽しいから。

 

毎日働きに来られるのは欠けた骨を埋める何かが在るから。
欠けた骨を埋める何かが私を歩かせているから、まだ歩かせているから。
毎日働きに来られるのはフクロウが呼ぶから、店先のフクロウが呼ぶからと阿呆のような事を言える、面々が居るから。

 

「嫌な人ばかりよ」と言う老婆に私は言う。
「あなたも含め良い人しか居ませんよここには」と私は言う。
「あなたは悪い人を知らないのよ、あなたは世の中に悪い人が居るのを知らないのよ」と言う老婆に私は笑って言う。
「何を隠そう私がその悪い人ですよ、私は悪い人間なんです」と迫る私に老婆は少しうろたえ、後ずさりする、飲みかけの珈琲を防波堤にして私を見ている。

 

飛行機を見ながら空いたバスに乗って、気付くともう職場に着いているの。
海に着いているの、洞を綺麗にする仕事よ、有機物はみんな波に溶けてゆくのよ。
歌いながら仕事が出来るのは誰のおかげ?
仕事が終わってから大した儀式もせず、いきなり気持ちを創作に切り替えられるのは誰のおかげ?
私がどんなに楽しく仕事をしているか、あなた方に知らせたいわ、あなた方全員に知らせたいわ、誰も欠けてはならないのよ、あなた方のおかげなの。

 

私も分からず屋だったから、一人で出来る仕事を一人で楽しくやっているのだとばかり思っていたわ。
自分だけで何もかもやっていると思い込んでいた。
仕事仲間とは挨拶だけ。
その挨拶や談笑がどんなにか重要だったのか最近ようやく気がついたのよ、アイスコーヒーがこんなに苦いなんて。
面接がこんなに堅苦しいものだったなんて。
…私だけしか電話をもらっていないだなんて。

 

「あなたはもっと責任のあるお仕事を任されるはずよ」と老婆は言う、ふてくされたように珈琲にミルクを入れている。
「あなた方がいないのなら、欠けた骨は欠けたままよ、そこに何か在るから動くのよ、微笑みがあるから足が動くのよ、私の足が動いているのは奇跡なのよ」と私は、言わないで老婆をただ見つめる。
見つめられ慣れていない老婆は私の視線にうろたえ、何故、と私に問う。
「会社からのノルマ、現場、ホテルの無能な人間共」と私は言わない、違う、と私は自分を叱咤する、無理を押しつけられそうで怯えている自分をぴしゃりと打ち、背筋を伸ばす。
私のような人間が、職場の人間によって仕事を続けるか辞めるかするなんてね。

 

欠けた骨を埋めているのが周囲の人間だったなんて、以前の私が知ったら辟易しそうね…私はアイスコーヒーを飲み干す。
電話に安請け合いしてしまったようで脂汗が浮かぶ、骨が持たないのを私は知っている。
微笑みの無い職場では骨が持たないのを私は予感している。
あなた方が居ないんなら、私は辞めるわと私は言う、自分でも驚きつつ、それが真実だと私は知る。
あなた方が居るんなら、私の骨は動くでしょう、手術までは動くでしょう、多少痛くても私は働くわ、だって働いていたいからと私は言う。

 

私たちは似たもの同士、氷の溶けきったグラスを見つめている、他人が怖い者同士、身体の弱い者同士、空になったコップと珈琲の匂いだけを同じテーブルで共有している、少しの均衡で場が保たれている、絶妙な幾何学模様が私の身体を形作っている。

 

「どうしてこんな仕事…」とまだ言う老婆に私は言う。
「こんな仕事とあなたは言うけれど」と私は言う。
「貴女にとってのこんな仕事は、私にとっては今までのどんな仕事よりも働く喜びに溢れていますよ」と私は言う。
「貴女にとってのこんな仕事は、私には、行うのが奇跡のお仕事なんです」と言う私に老婆は少しうろたえた後、とうとう観念して私をまっすぐに見つめ、ようやく静かに微笑んだ。