a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

幸福のスペイン寿司

 

真夜中の12時を過ぎたら世間体は止め止め、情動の時間、衝動の時間、夢の時間、真実の時間。

 

そういうわけで私の両親は1日は27時間くらいあると思っていたってわけ、12時、つまり24時を回ったら全てが崩れ落ちて宇宙と交信できると本気で思ってたし、素っ裸で悦んでいたの、結婚10年目くらいまでは彼等はまだ夜更かし出来るくらい若かったから。
だから真夜中でも真実のために音楽をかけたりしていたわね、愛してる振りなんて無駄だって彼等は確かによくわかってた、悔しいけど私よりもずっと。
子供時代の私はずっと母親の言う「大好きな人を見つけてその人の赤ちゃんを産みたいと思ってた」って言葉を軽んじていた、母親のロミが考え得る物事の大半はその程度のものなんだなと私は思ってたの、だって私は、文字通り子供だったから。
愛や真実と呼ばれるものが実はどれほど貴重かなんて知らなかったから。

 

スペインも本当に在るのよ、火星も本当に在るのよ、寿司屋だって在るんだから好きに働けるのよ、身体がベッドメイクを覚えたならおよそ何処でだって働けるのよ。
敵は居ない、敵は居ないのよ。
誰かが誰かを傷つけようとしている、誰かが誰かを陥れようとしている、たとえそれが本当だったとして、だから何だっていうの。
だって敵は居ない、敵は居ないのよ、何故だかいつも目には膜が張って、真実が覆い隠されている、本当の色が見えないようになっているの。
本当の色っていうのは幸福のことよ、幸福だけが人の真価なのよ、幸福を探すことだけが幸福になる方法なの。
幸福しか人生には意味が無いのよ、幸福ってきっと寿司の味がするのよ、スペインで食べる寿司の味がするのよ。

 

父親のシンも、母親のロミも、二人とも二人揃って情動の人だから、気持ちだけで生きていたの。
「嫌いになったら離婚ね」って、実は今も言っているのよ、二人で死ぬ相談までしているってのに、嫌いになったら離れる気でいるの。
つまり二人にとって大事なのは「今この瞬間好き合っているかどうか」ただそれだけなの、60過ぎてこの感覚はちょっと面白いわ、そばに居たら疲れるけど離れたからこう思うようになったの。

 

物事には側面が在るから、この情動のおかげで住んでいた団地の部屋はいつも大荒れ、私は逃げ出したかった、家こそがどこよりも落ち着かない、荒れた場所だった。
父親も私に辛く当たるのを止められなかった、見たくないものは往々にして子供の中に現れるものよね、お父さん。
一方で…物事には側面が在るでしょ、だからこそ今凄く思うのよ、私は情動の時間を子供のうちから知る事が出来たんだって。
今日は感謝してるのよ、真実というものを包み隠さない両親に、美を感じているのよ。

 

この情動の面だけで…勿論、世の中は成り立たないけれど…仮にこの面だけで考えたとしてね。
私は不可思議でならないの、私と褌男の仲がどうして、誰かを苦しめるのかってことが、不可思議でならないの。
世間一般的にはこの関係は不倫と言われるけれど…本当にこれで他者は苦しんでいるのかしら?
例えばよ、褌男の妻その人も、私と同じように情動の人で、絵を描いていて、褌男に認められていて…そういう関係の「夫婦」であったら、確かに私の存在に強烈な嫉妬を感じると思うの、嫉妬の苦しさで離婚するという選択を取ると思うの。

 

でもそれすら、悪いとは思わないの、だって私は「新しい好きな人が出来た」って理由で振られたことくらいあるから。
でね、それを悪いとは思わなかったのよ。
で、今回はそういう状態ではないのよそもそもが、褌男は妻のことや生活を蔑ろにしたわけではないのよ、私が居るから手一杯で別れてくれとか妻に頼んだわけじゃない、私がお金をせびったりしたわけでもない。
褌男は私の絵を見てくれた人なの、私も褌男の作品群を見た、そういう仲なの。
褌男は確かにどうしようもない女好きだけど…皆のことをそれぞれに好きなのよ。
それって悪いこと?

 

褌男もその妻も、ただただ頭で考えて表面上すごく冷静に生きていこうとしているのよね、二人揃うとそれが彼等の軸になるの。
生きるっていう事の根っこが情動ではなくて、戸籍はどうするかとか立場とかそういう枠の内側に在るから。
たぶんね、彼等は彼等の両親のように振る舞っているのではないかしら、だから妾が出来ても取り乱したりはしない、冷静に慰謝料の勘定をして、冷静に食事を作り、互いに冷静に働いているのよ。
二人の息子である神無月くんもきっと、人生は冷静なものだと考えているんでしょうね。

 

私ね、それが悪いとは言わない、そういう部分が無いと毎晩素っ裸で宇宙と交信しながら達したりだとか、真夜中に大音量でサザンオールスターズを流したり、食事がお菓子になったり、掃除しなくて平気だとかアイロンのかけかたをそもそも知らないとか…結果的に重力にどんどん負けてゆく事になりかねないから。
それってね、体力が持たないのよ、誰もが永遠に生きられるわけじゃない、そう、80になったら心中するしか選択肢がなくなるのよ、体力が無いと人生が成り立たないから。
だけど…この生き方には幸福があるのよ、殴られておいてなんだけど、やっぱり幸福があるのよ、自殺するとしても幸福なのよ。

 

私は誰の事も嫌いじゃない。
褌男だって私が居るからといって妻を粗末にしたわけではない、誰の事も嫌いじゃない。
褌男の妻だって、私を本当に嫌いかしら?私や、その他の女たちを嫌いかしら?本当に?本当の本当に?
神無月くんを私は…生まれて初めて子供を可愛いと思って、好いているくらいなのよ。
…M氏にこの話をしたいの、M氏に褌男を紹介したいくらいなの、ねえ私今日は褌男に会ってくるね!そう言って家を出たいのよ、それっていけないこと?

 

褌男は本当に妻と別れる必要あるのかしらね?本当の本当にそんな必要あるのかしらね?
だって私はM氏と別れない、だってM氏は、家に居ても壁が壊れたりするような人間ではないのよ、家という空間がここまで安全だと思ったことは初めてなの。
だって、M氏は褌男を本当に嫌いになるかしら?M氏が私を抱いているならともかく、もう10年近く肉体の接触はないのよ?
これって裁判しても私に情状酌量の余地ありなんじゃない?
で、M氏と私は裁判なんかする必要ないって私は思うの、いいじゃない、だって誰も敵対なんかしてないのよ。
皆が皆全く別のジャンルの人間だから、そういう意味での人間的嫉妬すら、起こっていないのよ。
一体これの何が悪いのか私には未だにわからないの。

 

夏休みの上野なんか普段の私は行かないよ、何でそんな混んでそうなとこ行かなきゃならないのよ。
それなのに今日は、人混みすら満点の星空みたいに見えたの、星をくぐり抜けて未来に移動したのよ。
美術館は薄暗くて、エントランスから見た中庭は映画のようにやたらとまぶしく見えた、褌男は笑ってレンガの壁にもたれてた、細身の良い男。

 

私は言ったの、M氏に彼女が居たっていいの、ゲームやプロレスの好きな彼女が居たっていいの、M氏がその彼女と一緒に住むって言ったらそりゃ出て行くしかないけど、それでも私は私に安定した生活の楽しさを教えてくれたM氏を祝福したいの、だって…悪いことではないわよね?
一生、セックスなんて知りませんって顔してこそこそ過ごすよりも、私この人と会ってるのって言って、M氏にあなたを紹介出来たら。
…いえ、出来るのよ、本当は出来るのよ。

 

褌男はこう言ったの。
僕は離婚することになったら慰謝料もあるから40過ぎて六畳一間の生活だな…もうこうなったらスペイン行くかな、スペインっていうのに理由はないんだ、漠然と行って、そこで寿司でも握れば生活出来るだろ、生活がつまらないって思いながら過ごすよりも、楽しく稼いで仕送りしたほうがいいだろ。
…あやさんも一緒に行くかい?

 

16歳の時にスペインに旅行に行ったの私、スペインの首都はなだらかな丘陵になっていて、そのせいか建っているものは近時代のなんてことない物なんだけど、妙に絵になるのよ。
ホテルの窓から窓枠ごと写真に撮った、それを現像して写真立てに飾って日本に戻ってからもずっと…窓辺からスペインの街を眺めてるみたいに…見てたっけ。
ああ、それが本当になったらどんなに楽しいだろう、私はベッドメイクをすればいいんだ。
…だって私をこの場所に引き留める本当の要因なんて実は無いんだもの、ただの掃除婦がここに居る理由なんかないし、M氏と一心同体ならともかく身体は元々離れているのよ。

 

ねえ、褌男、あんたは人生で幸福が一番大切だって思わない?
私の幸福は創作なの、そしてただ理由もなく楽しいこと。
その楽しい事は、厳密にこうとは言えないけれど、本当の本当は皆で楽しめることなの。
それが幸福って言うモノで、その為に生きているとは思わない?
あんたが頷いてくれると思ってた、幸福についての話をすると心の底からの笑顔になるのね、私あんたの笑顔が好きよ。

 

夕方、最寄りの駅で私はバスを待ってた、バスのあのお気に入りの席に座れたらM氏に、褌男の話をしようって決めた。
バスのあのお気に入りの席に座れたらスペインだって行けるわ、別に永住するわけじゃない、三ヶ月くらい行きたいのよ。
三ヶ月のために仕事を辞めたりするのか、そんな覚悟なのかと思う人は居るかも知れない。
だけどねえ、楽しむことだけが重要なのよ、人生をたかだか掃除婦一人がそのように生きたって罰が当たるどころか…それはとっても善いことなのではないかって私は思うの。
人間の幸福が、社会性というものに根付いている人にはこれこそが害悪かもしれない、けれど…あ、バスが来た。

 

…気付いたら、私はバスのお気に入りのあの席に座っていたの、私は一人で笑ってしまった、こんなに簡単なんだ!

 

小川は夜でも流れていて、澄んだせせらぎが周囲を満たしていた…バス停から家まで私は走っていた、そして家のドアを開けて、M氏に開口一番に言ったの。
褌男って人と会ってるって。
褌男のプロフィールが載ったお店のページも見せた、この人が褌男、よく見て。
ねえM氏、私あなたに彼女が居てもいいのよ、前は嫌だった、私だけを見て欲しかった、でも今は違う。
私たちってもう男女じゃないでしょ、いえ、そうじゃないのよく聴いて…この人が居るからといってM氏が嫌になったというわけじゃないのよ。
どうか私が、芸術の面で語り合える人間を得たことを、許して、一緒に祝ってくれないかしら?
はじめのうちはおそるおそるだった。
意外なほどM氏は静かに私の話を聞き入れた。
暗に私と褌男が男女の仲だと言うことも、その全てを受け入れずとも、その全てをきちんと聴いてくれた。
私は泣きそうになった、M氏も泣きそうになっていた、どちらともなく手を取り合って簡単な夕食を摂った、鈴虫は今夜は静かだった、彼等も私の話を聴いていたのかもしれない。

 

褌男その人の家庭のことは伏せたわ、だって離婚は、結局の所褌男とその妻が決めた事だから…そして彼等の生活には情動が欠けていたという事の表れだと私は思うから…こう言っちゃなんだけど、離婚は子供が可哀相という人ってどっか変なんじゃない?
情動の面を完全に知らずに育つと、やっぱりこの点で躓くのじゃないかしら、だって実際に人間には情動があるのよ、幸福と紐付いた情動があるのよ、抑えきれない情動が在るのよ。
父親、母親、子供、地域の顔、毎日この時間にこれをやるというクロノス時間的生き方だけが人間ではないでしょ。
そして私は、別に彼等が離婚する必要なんか無いと、思っているけど。
だってどうして離婚するのよ、生活費を入れないとかならともかく、離婚したらお互い困窮するのは目に見えてるじゃない?
情動の面を互いに許せばいいのに…こんな理想論おかしいかしら?
だからこの面は話さなかった、M氏には話さなかった、M氏はこの問題については第三者だから…といっても慰謝料を請求されたらまあ、話すしかないのだけれど…でも。

 

誰も敵対し合っていない人間関係に於いて、ピリオドって必要かしら。
誰も敵対し合っていない人間関係に於いて、制裁って必要かしら。
誰も敵対し合っていない人間関係は…本当に不幸かしら?

 

誰もを好いていて、誰もをそれぞれに尊重している人間関係に私は居るのよ。
誰もを好いていて、誰もをそれぞれに尊重している人間関係に褌男は居るのよ。
誰もを好いていて、誰もをそれぞれに尊重している人間関係にM氏、あなたも居るのよ。
奥さん、あなたもよ。
神無月くん、あなたは特別にそうよ、特に愛されているのよ。
実はこの中で誰もババなんか引いちゃいないってこと、私は正真正銘情動に根の在る人間だから、誰にも言えずにいた…でも今夜言えたのよ、M氏に言えたの、褌男という人が居るってM氏に言えたのよ!

 

真夜中の12時を過ぎたら世間体は止め止め、情動の時間、衝動の時間、夢の時間、真実の時間、そういう事を語る時間。
私の時間はようやく夜の12時を回り始めたみたい、これからは幸福の為だけに生きるわ。
私今度からあの人に会うとき、褌男に今日会ってくるねと、信頼するM氏に言えるのよ!本当に言えるのよ!
私きっと今日、カイロス的な時間枠に於いては褌男とスペインに居たのよ、スペインで寿司だって握ってたのよ、幸福に味があるならきっと寿司の味よ、スペインで食べる寿司の味、それが幸福の味よ、そうでしょ。