a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》降霊術

 

雅歌は響き続け、皮膚の内外では常に、絶えることのない婚礼の宴が繰り広げられている。

 

女は円形のテーブルの一席に座して居た。
物理的な意味で言えば、それはテーブルの四分の一に相当した、だが魂たちを呼び寄せ、対話するにはそれ以上の面積は必要がなかった。
女は降霊術を開始した。

 

雅歌は響き続け、皮膚の内外では常に、絶えることのない婚礼の宴が繰り広げられている。

 

女は呪文を念じた、確かに女の皮膚の薄皮一枚を隔てて外側では片時も止むことのない楽曲が流れ、太陽は輝き、鳥は歌い、草木は踊っていた。
女は思った、なぜ自分のような人間にまで恵みが叶えられるのか、なぜ自分のような子殺しにまで恩恵が及ぶのか、女は涙を眼球の内側へ流し込みながら手を合わせた。
魂というものは飛散しており、大気の至る所に様々な生きた人やそうでないものが同時に漂っていると知っている者は、どれほど居るだろうか。
水を飲む雉鳩の内部にすら、全く別の人格が宿るように、魂は一塊ではなく普遍的に飛び散っているのだ。

 

魂、もとい、霊たちは大気の中から形作られ、それぞれの席に座った。

 

女は目を閉じた状態で魂たちを見やった。
「来てくれてありがとう、あなた方に実際にお話するわけにはいかないのです、音として発した言葉は宇宙を永劫にさまよう事になりますから…でもどうしても相談したくて」
女は口も閉じていた、女自身も魂になっていた、ここでは一切の嘘やごまかしは通用しなかった。
というのも、思ったことはもう、既に発せられてしまうからだった。

 

「私はある夫婦を破綻させました…そうです、あなた方です」

 

女は口を閉じたままそう言いながら、二つの白い影を見た。
白い影たちのうち片方は能面をつけていた、黒髪の姫の能面だった、目の部分に小さな穴が開いていたが、内部の魂がどのような喜怒哀楽を抱えているのかは…この魂の場に於いてすら…うかがい知ることは出来なかった。
もう一体の白い影は、まさに男の形をした抜け殻だった、中身は10年以上前から不在のようで、向こう側が透けており、埃をかぶって座して居た。

 

「ちょっと待ってよ、その夫婦、もう10年前から破綻してるんじゃないの?だってこの人抜け殻だよ?30人以上の女と関係を持って7人と長期間お付き合いしていたんでしょ?あんたが最後にババ引いたってだけじゃない?」

 

そう言ったのは宇宙服を着た夫婦のうちの一人、ロミという人物の魂だった。
ロミは続けて言った。
「あや、あんたそれでホイホイと住所や名前、電話番号、全部の証拠まで相手に渡しちゃったの?…ばっかだねえ…全部の責任をあんたが負うんだよ」
ロミはため息をついた。

 

ロミの隣に居る、やはり宇宙服を身につけた魂がロミに耳打ちした…が、ここは魂の場、全員にそれは聞こえていた。
「あの子に、100万くらい渡してやろうよ…可哀相で、見ていられない…俺が殴ってきたからこんな事になったのかもしれない」
その魂はチラチラと女を見た、その魂が女を見ると女の身体には痣や火傷が浮かび上がった、同時に不気味なほど大きい黒いサンドバッグの幻影が女を覆った。

 

「シン、その100万はね、あの子には行かないんだよ、そこの能面のとこへ行くだけだよ、あたし嫌だよ、それにこれはあの子の不手際、あたしたちは干渉しないよ」
ロミはそう言うと口を噤んだ、隣の魂は何も言わなかったが尚も女を見つめていた。

 

「あのさ、俺は何とも言えないけど…悲しいなと思う、確かにお前は悪いことをした」
そう言ったのは台本を手にした俳優の魂だった、そして何回もその台詞を繰り返した、何回も何回も繰り返した、確かにそれは台詞でしかなかった。

 

女は不意に胃の下の腑が痛んだ、そこが悲しみを製造する場所らしく、昨日から24時間稼働で女の皮膚の内側を悲しみの粒が埋め尽くしていた。
女は嘔吐いてテーブルに俯いた、悲しみの粒で女は窒息しそうだった、涙を堪えすぎていた。
咄嗟に医師が叫んだ。

 

「もしかして!」
女は医師を制した、医師は黙った。
医師の魂は普段の医師とほとんど見分けがつかなかった、魂でも肉体でも同じ様子で、笹が揺れるように静かに佇んでいた。
「腑が痛むのです、先生、子供じゃありません、あれを支えきれる骨は私にはありませんし…」
医師は肩を落とした、生粋の子煩悩なのである。
子煩悩と言ってもこの医師の場合、生じる前からの子煩悩なので、最早雌という分類の生き物を見ると必ず子供を連れている状態を想像し、それを理想とし、あれこれ手を焼きたくなる性分なのだった。

 

「M氏には黙っていようと思います」

 

皆一斉に女の方を見た。
「M氏の魂は呼べませんでした…あの人はそういう人です、その能面の奥様に似ているのかもしれません、こっちの世界には居ない人なのです」
能面が少し揺れ、女を見た、女は続けた。
「仮にM氏に言ったとしましょう、すぐに慰謝料の話になります、そしてすぐに…ロミが言ったように、長年そちらのご夫婦の関係が破綻していたという点を挙げ、弁護士に相談するでしょう…M氏には、この家を建てる時に言いました、互いに恋人を作っても良いって」

 

女は息を吐いた、息の中には水色の粒が大量に含まれていた、水色の粒は部屋中に散った、その時、その場に居た魂たちにもまた、悲しみが伝染したのだった。
皆やるせない気持ちになった。
「M氏には、M氏のような人には…私と創作、私と鳥の関係を…説明すればするほど…それがただの男女関係でしかないということになるのです、法律や事務的な話に、私も鳥も飲み込まれてしまうのです」

 

女は続けた、現実の女はそれでも泣くに泣けなかった、M氏が側に居るのを感じていたので涙を堪えていた。
「別に彼は全く悪くありません、霊的な場と、真逆な人なのです…私を支える相手としては、私を父親のように養う相手としては、これほど適任は居ません」
女は尚も息を吐き、部屋中を悲しみで満たした。
「それもこれも私が幼かったからです…でも、鳥との事は、創作は、霊的なものです、ですから話したくないのです、私のエゴです」

 

「ご飯を作って洗濯して掃除して、働いて、奨学金を返して、ローンを払って、そうやって駒を進めてきたように思っていました」
女は水色の物体に変化していた。
「でも、その全てが、創作の前では些末な出来事に過ぎないのです、雅歌は日々、流れているのです、一瞬のうちに全てが凝縮されているのです、それを鳥と見つけました」

 

その時だった、能面が口を利いた、その声からも感情は読み取れなかった。
「鳥はもう、どこか彼方へ行っていますよ」
女は頷いて言った。
「ええ、鳥から来る連絡は、私の住所を教えてほしいって事と、あなたと法的な相談をしたという…雅歌とは無関係の物事だけです、鳥はもう私にすら興味がないのかもしれません」
能面は言った。
「鳥はあなたにしかるべき事を伝えたいのですよ、もっとも、私ももう鳥にも、あなたにも興味はありません、あなたの言う雅歌も興味はありません、怒りもないのです、どうでもいいのです」

 

女は立ち上がって言った。
「…では、お引き取りください」
女の髪の毛が揺らめいた、女は言った。
「私に一切触れないというのなら、私を居なかった事にしてください、呼んでおいてなんですが、今すぐに帰ってください…私は8番目の女に過ぎないのです、鳥の抱いた何十人の女のうちのただ一人に過ぎないのです、私に怒りも興味も嫉妬もない、関与したくないというのならば、本当の意味で私と接触を断っていただけませんか」

 

能面の内側から忍び笑いが漏れた、一同は息を飲んで能面を見つめた。
「…お断りします」
能面は続けた。
「…そうですね、一応、念のため、3年ほどここに私、居ようかと思います、せっかく住所もわかったので、予備のために」

 

「あらら…あや、降霊術はね、素人がやっちゃ駄目なんだよ、呼んでない魂が来ちゃうし、帰ってくれなくなるから…ほんとにあんたってばっかだね~、要するに悪霊だよその能面は、あんたは悪霊を呼んだんだよ」
宇宙服の魂、ロミはそう言って女を見た、確かに女はもう、魂の存在に於いてすら、泣くに泣けない状態に陥って固まっていた、恐怖で固まっていた。

 

「あのう…ロミさん、悪いことをしたのはあやなのに、被害者である能面の奥様に対して、悪霊は、酷いんじゃないですか?」
俳優は台本越しにおずおずと言った。
宇宙服のロミは俳優に言った。
「ごめんごめん、その能面の奥様はね、あやのせいで悪霊になっちゃったんだよ、嫉妬を嫉妬だって素直に認めればよかったの、でもそうしなかった、だから悪霊になったの」
ロミは続けて言った、珍しく後ろめたそうにゆっくりと話した。


「やっぱ、あんたってあたしの娘なんだね…あたしもシンのこと、何年も付き合って家まで買ってた婚約者から…取っちゃったから」

 

シンと言われた魂は俯いた、ロミは続けた。
「傍目に見ればあたしたち、長年夫婦やってきたけど…ホントは夫婦っていうより、同じ宇宙生物に過ぎないの、ただそれだけの仲なの、でもそういう事をさ、誰にも説明はできないよね…」
ロミは娘である女を見て言った。
「悪霊は怖がらなくて良いよ、まあ確かに3年くらい無言電話や脅迫文書が届いたけど、居るなあ~って思うだけであとは無視してればそのうち飽きるよ、そのうち本当に興味がなくなるから、だってその能面の奥様、あんたの言う雅歌には興味ないんでしょ、だったら無視してなよ」

 
「…あたしたちもう帰るね、宇宙への旅で色々やることあるから、じゃあね」
その言葉を言い終わるか終わらないうちに、宇宙服の二人の魂は消えていた。

 
俳優は当たりを見回し、台本を下げて言った。
「あのさ、俺はお前はやっぱ悪いことをしたと思う、お前の母ちゃんもだ、俺の母ちゃんもだ…それに飲まれたお前の父ちゃんもだ、その元婚約者は一体どうなったんだよ…俺はそういう真面目な人が浮かばれないのがなんかおかしいと思うぞ…真面目な人が悪霊になるのはおかしいと思う…なんで皆世の中のルールを守らないんだよ!」
意外にも能面がまた、面の下から笑って言った。

 

「ねえ、俳優さん、あなたはあやさんの長年のお友達でしょう?ルールを守っていたらあやさんは、生まれなかったのよ?」

 

俳優はたじろいだ。
能面は言った。
「見て、この鳥、完全な抜け殻なの…これが世の中のルールを守ってきた人の、姿よ…」
俳優は言った。
「じゃあ浮気は仕方なかったって言うんですか?貴女がそう言うんですか?」
能面は頷いた。

 

「この人が良い父親だったのを一番知っているのは私だから」

 

能面の、目の小さな黒い穴から、透明な水が流れ落ちた。
俳優はハンカチを差し出した、能面は素直にそれを受け取って涙を拭いた。
俳優の魂は静かに頭を下げて消えた。

 

「ねえ」
医師は耳を無意識に掻いていた、型どおりの問診をする際によく出る癖だった、つまり浮気話に飽き飽きしているらしかった。
医師は髪を両手でかき上げ、女を見やった。
「…絵は描かないの?僕、子供か創作か、そのどっちかしか興味ないからさ、雅歌も興味あるよ、それを楽曲に出来たらどんなにいいだろう」

 

女は答えた。
「…だって、彼女がここに3年居るし…このテーブルに3年ですよ?それに…私、楽しんでいいのか…」
「いいよ、楽しんでいいんだよ」
医師は強く言った、医師は遠くを見ていた。
「能面さんが居たっていいじゃない、安心する時なんて望んじゃ駄目だよ、とにかくさ、また絵を描いて持ってきてよ、僕は雅歌を聴きに向こうへ行くから」
医師の魂は手を振って消えてた。

 

医師はいつも、話し終える頃には次のことを考えているのだった。
医師はいつも、何か楽しい素晴らしいことを考えているのだった。
女が同じ事を百遍繰り返し考えているときに、100通りの新しい楽しい事を考えているらしいのがこの医師の特徴だった…女は医師のそのような所が最も好きだった、鳥との不貞でてんてこ舞いで、能面まで家に居着いたというのに、女は医師に相変わらず恋慕していた、滑稽だった。

 

女が能面と差し向かいで座たまま、医師の残影に見とれてぼうっとしているその時に、物凄い爆発音が響いて家が揺れた。
能面はそれでもテーブルから動かなかった、涙はもう乾いているらしかった。
女はびっくりして庭へ走り出した。
そしてへたり込んだ…見事なまでに、屋根にセスナ機が突っ込んでいた、家が揺れるはずである。

 

セスナ機の内部から、褌姿の男が現れて何かポーズを取った、心底止めて欲しかった。
確かにこれは現実の家ではない、霊の場としての女の家だった、それでも女は家を愛していた。
「鳥!鳥の中身!どうせこれも作品だって言うんでしょ!」

 

「当たり!」
褌男はそう叫ぶとセスナ機から飛び降りて庭に着地した、滑稽なのに輝いていた、滑稽であればあるほど、格好のいい男であった。
「僕はさ、霊の世界で創作して回ってるんだよあちこち、セスナ機が家に突き刺さるっていうのはさ、まさに雄雌の融合だよ、芸術ってセックスの要素があるよ」
女はため息をついた、愛する我が家が今、幻影としてだが…倒壊しかかっているというのに、妙に楽しい気分ではあった。
「セスナ機が家に突き刺さるのは芸術じゃなくて事故でしょ、あんたの言う創作ってこういう破壊行動のこと?」

 

鳥は、家の一階には白い影の抜け殻を残し、自らは褌姿のまま笑っていた、女も笑っていた、悲しみの水色の粒は光の中に消えていた、腑は痛まなくなっていた。
私は確かにこの夫婦にちょっかいを出したかもしれないけれど…女は能面を見やった。
でも実質、この夫婦にちょっかい出されてるのは私じゃない…女は褌男と庭を転げ回って笑っていた、そこにはもう何の意味もなかった、遊びのための遊びだった、その時音楽が聞こえてきた、これこそが雅歌だった、いつも鳴り響いているが魂の底から楽しんだときにだけ聞こえる音楽、それが雅歌だった。

 

「もうすぐ爆発するぞ!」
鳥は楽しげにそう言って、臆することなく、テーブルに座したままの能面の手を引いて庭に出てきた。
能面は鳥には従うのだった、鳥に手を取られたまま、能面の下から静かに歌が漏れていた、鳥の前ではこのような人なのだと女は思った。
「降霊術を閉めよう!」

 

鳥のその言葉を合図に、女は呪文を念じた、確かに片時も止むことのない楽曲が流れ、太陽は輝き、鳥は歌い、草木は踊っていた。
女は思った、なぜ自分のような人間にまで恵みが叶えられるのか、なぜ自分のような子殺しにまで恩恵が及ぶのか、女は涙を眼球の内側へ流し込みながら手を合わせた。

 

雅歌は響き続け、皮膚の内外では常に、絶えることのない婚礼の宴が繰り広げられている。

 

どれほどの時間が経ったのだろうか…女は円形のテーブルの一席に座して居た、全身が汗で濡れていた、まだ日はそこまで傾いていなかった。
「肉体労働の後にやるもんじゃないわね…」

 

物理的な意味で言えば、女の座っている場所、それはテーブルの四分の一に相当した、幸いにも鳥が能面を連れ去ってくれていたので何の気配もなくなっていた。
だが魂たちを呼び寄せ、対話した後では、物の遠近感がだいぶ曖昧になっていた。
女は、家に本当にセスナ機が落ちてきていないか確認しに庭へ出た、風はそよぎ、庭木は揺れていた、セスナ機が無いかわりに屋根はきちんと在った。
女はそこでようやく、合わせた手を下げ、降霊術を終わらせた。

 

雅歌は響き続け、皮膚の内外では常に、絶えることのない婚礼の宴が繰り広げられている。