a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

ごめんなさいとは何故だか言えません

 

こないだね、夢の中であの人に会ったの、あの人は大泣きして私の真正面に座していた、涙が、雨粒みたいにポツポツと私の膝に降ってきたっけ。
私はあの人の涙をぼうっと見つめながら思った、ああ、聖母の両目から紅茶が流れてるみたいって。
血の涙みたいって。
あの人は紅色の声で言った、それは糸になって私に巻き付いていたけれどすぐに剥がれ落ちてしまった。
床にはあの人の言葉の残骸が、紅色の糸くずとなって渦を巻いていた、その渦は確かにこう告げていた。

 

「あなたの言う全ては善きこと…その中には私の涙も入っているんだからね!悲しみも入っているんだからね!私は他に頼る術が無いのに…私にはあの鳥だけなのに」

 

私は動揺してあの人を見た、あの人は膝を抱えてさらに泣き出していた、私が駆け寄って肩を抱いても逆鱗に触れるだけだから私は息を飲んで、ただあの人を泣かせている自分と、それを見ている自分とを感じていた。
クロノス的な意味での時間でいうならそれは一ヶ月ほど前のことだった、あの人を泣かせてしまう、その夢を見てひどく胸騒ぎがしたのは一ヶ月前だった。
そして昨日、私の大切な鳥が元気を無くしている様子だった。

 

「僕はたまに自分が自分で無いような気がするよ…昔やりたいと思っていた創作、浜辺で燃やした電話帳、夏になると僕は自分自身に忠実であることを実感するためによく旅に出たんだ」
鳥はそう言って嘴をただ開けて空気を吸った、羽を開いて暑さを凌いでいる様子だった、鳥はその場所から動く気配が無かった。
鳥はひょっとして死にかかってるんじゃないか、私はふとそう思った。
鳥のため…というこの言葉には大いに語弊がある、真に自分に忠実になったとき、それが作品になったときに鳥が元気づくことを私は知っていた。
私は容赦なく照りつける太陽が無遠慮に差し込む天窓を見た、鳥もそこに居るような気がした、天窓から鳥が窓枠ごと落ちてきたら私は受け止めようと思った。

 

鳥の抱えている影や、あるいは抱えることの出来ない空虚さも、私が抱えてやる。
その為にはなんといっても私が自分自身の身に降りてきた光に忠実に行動せねばならない、よし、待ってろ、私の鳥、あんたを助けてやる。
…と、至極勝手に私は思って絵筆を取った、その絵筆で描いては上から塗りつぶした、最早憧れの人のことは考えていなかった。
この決意はクロノス的な意味での時間で言うなら昨日の朝私の身に起こり、それから24時間経たないうちに…きっと半日過ぎるか過ぎないかのうちに、遂に爆発が起きた。

 
クロノス的な意味での時間と、カイロス的な意味での時間が今朝方、相まみえたらしく、小規模な爆発が起こり、鳥は吹き飛ばされて天窓からここへ落ちてきた、涙まみれになって鳥は身もだえていた。
鳥の伴侶であるあの人は涙を堪えて仕事をしているのだろうか。

 

私、悪いことをしたのだろうか。
私の喜びは悪いことなのだろうか。

 

鳥は葉を咥えながら言う。
「僕にはいつでも構ってくれる女たちがいるんだ、ここ10年、女が居なかった試しなんてないんだ、女たちが居なかった時期なんて無いんだ、偶然君だっただけだよ」
あの人は全てを見たらしい、鳥が毎回譲らなかった睦み合う動画も、全て見たらしい。
膝を抱えて泣いたろうなと私は思った、一方で私自身が鳥にお世話になり、健康を取り戻したようなところがあるので、それについては開き直って、実に美味しい鶏肉だったと頭を下げたいような気分でもあった。

 

「でもね、もう君に会わないっていう選択肢は僕には無いんだ、それは彼女もわかってる、全部のやり取りを見たから…だから離れようかって」
だから今朝方3時間話し合った上、規定の用紙に記入して、印も押して、あとはそれを彼女がいかに処理するかにかかっているという。

 

つまり私は鳥の巣をぶっ壊したのだ、鳥の伴侶を突き、鳥の雛である神無月くんをも巣から落っことしたのだ。
「あやさん、君と付き合って、ただで済むなんてはじめから思ってなかったよ」

 

友人の顔がよぎった、子供の居る巣を乱すようなことはするなと散々言ってた…もう絶交かも知れない…何故か友人の顔ばかり浮かんで、一体誰に対して謝りたいのか自分でもよくわからなかったし、実は謝りたいのかどうかも未だにわからなかった。
「神無月には会えるよ、だから離婚しても近所に住んでちょくちょく顔出すよ、彼女はあの場所に住みたいみたいだから…僕が慰謝料払っていれば住めるから」

 

あの人を嫌いではないし、嫉妬すらしていない、神無月くんも好きだし、鳥は大切な存在だった、もちろん鶏肉としても。
誰に悪さをしたいわけでもない、出来る事ならあの人の側へ行って、鳥のことをあれこれ話したいし、何か援助出来るならしたい気もした…それこそが逆鱗に触れるとわかってもいた。

 

わかっていた、もし憧れの人と私がつがいになれていたとして、そして憧れの人が浮気していたら許さないだろう、その浮気相手に情けをかけられたらもっと自分を恥じるだろう。
しかし私は全く、謝るという気持ちが湧かなかった、ただとてつもなく…自分の幸福(もとい、健康)が誰かを不幸にするという原理に対して、絶望していた。

 

鳥は腕の中で言った、鳥は震えていた。
「君は10年経っても会いたい人なんだよ、ママ、セックスが無くても会いたいんだ」
鳥の巣は革新的な風潮の鳥たちが集まる場所なので、たとえ籍を外したとしても、父親を部外者扱いはしないだろう。
また飯を作りに行くこともあるのだろう、皆にそれを振る舞う事もあるのだろう。

 

…ただ神無月くんは…母親の変化に…気付かないわけがないのだ…

 

私は少しの間影に飲まれていた、そして唐突に憧れの人に全てを打ち明けたい衝動に駆られた。
小学校時代の正義感の強い自分が、先生に打ち明けて許してもらおうよ!と持ちかけてきたのだった。

 

私は言った、先生は許してはくれないよ、先生はね、ああ見えて女の浮気には厳しい古風な人なの。
私は言った、先生は口では許したって言ってくれるけど、それでも許してはくれないよ、絶対許してくれないよ、一生汚れのままだよ。
私は言った、私だって先生のそんな告白、きっと許せないよ、甘えないでよって思うだけだよ…だって…

 

だって、それが異性を好きだという気持ちだから、それが恋というものだから、それが憧れというものの正体だから。
だから先生が、この顛末を話した私を不潔だと思ったとして、それすら、私にとっては善いことなの、私を暗に女として認識しているということなの。
なぜかというとね…私を本当に許すような立場の男の人はね…父親しか居ないんだよ…私は先生にお父さんになってほしいなんて、言いたくないから。

 

先生にお父さんになってほしいって…危うく言うところだった。

 

M氏は許すだろう、過去に私が男と家を出たとき、それでも許して待っていたM氏。
一言も私の事や、あろうことか相手の男すら咎めなかったM氏。
それでもただの一度も私を抱かなかったM氏。
それなのに私を離そうとはしないM氏。
世話を焼いてくれるM氏。

私の優しい父親、私がずっと欲しかった優しい父親。

私は誰にも言わないと決めた。
優しい父親であるM氏にも言わない、慰謝料の話になったら私が働いて払う。
だって私がやった事だから、墓場(無いけど)まで持ってくって決めたから。

 

フェアじゃないって?
そうだよフェアじゃないよ、当たり前じゃない?
人生がフェアであるべきなんて思っているなら目を覚ました方がいいんだ。
家に直談判に来たっていい、払ってというなら払うし、会いたいというなら会うし、絵を破壊したいというならどうぞと言って今年の豊作をそのまま差し出す所存。

 

憧れの人である先生にも言わない。
先生は勿論こんな場所見てないし、知らないし、そして私も言わない。
言葉に出して対面している人に投げかけるっていうのはさ…理解してっていう事でしょ。
悪い(らしい)事をしておいてそれを第三者である先生に言葉にして報告するなんてさ、理解してっていうエゴじゃない?
私は結構ナルシストなんでね、憧れの人の前でかっこ悪いことしたくないのよ。

 

私は先生を父親だなんて思ってないしね。
私だって先生に娘扱いなんてされたくもないし。

 

夢の中で見たあの人はちっとも嫌な感じじゃなかった、膝に落ちてきた涙だってすくい取ってしまえるくらい。
当たり前だよね、だって、鳥を大事に思っている同士なんだから。
でもねえ…褌で結婚写真がキマるような男はさ、そりゃイイ肉体なんだからそれを使いたくなるって。
ビキニ姿の美女と結婚したってすぐにその女に浮気されるのと一緒、素晴らしい肉体の持ち主は概ねそうだよ。
いつも駆り立てられてる、枝葉を広げようとしている。

 

…ちょっと論点が逸れている、わかってる、問題はそこじゃない、浮気しやすい人間の話ではない。
その褌男が私に会い続けたいと妻に打ち明けたから、籍を外すまでになっているということ。
神無月くんも巻き込まれているということ。
でもどうして?
どうして誰かの喜びは誰かの苦しみを引き起こすの?
それが苦しいよ。

 

私は紅色の絵の具を溶かして容器に入れている。
夜の闇を待って、誰もの喜びが喜びになりますようにと願い、今夜教会に忍び込み、聖母の目元を濡らすだろう。

 

ごめんなさいとは何故だか言えません、ごめんなさい。
そんな私の代わりに泣いてください、どうかあの人の代わりに泣いてください。
鳥の代わりに鳴いてください、神無月くんをその腕に抱いて守ってやってください。
鳥の抱いた女たち全てが癒やされますように。
私の罪が癒やされますように。
あの人が安らかに、生きて行けますように…。