a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》病気手帳

 ーーーーー第一幕ーーーーー

 

その時代、国民には病気手帳というものが配布されていた。


病気を持たない国民は一人も居なかった、科学者当人も医師当人も含め全ての人間が何らかの病に冒されて生まれてきているという驚くべき事実(それを意識と呼ぶ者も稀に居た)に、国民は文字通り飲まれたのだった、その国の国民は全て、最後の一人に至るまで病に冒されていた。
病気手帳は病気の区分ごとに色分けされている…が、往々にして一人の人間が様々な病気を抱えているものである、そのような人間はレインボーカラーの病気手帳を恭しく首から下げていた。
国民たちはそれぞれがそれぞれの立場を理解し合うという教育を施されて数世代経っていた。
自己紹介の際は何はともあれ自分がどのような病気かをまず、開示するのである。

 

「私のカラーは紫です、ええ、精神の病なんです、でもここに緑色もあるでしょう…これは身体の病を示す色なのです…ああ、そうそう私の名前は○○です、趣味?そんな陽気なことがこの紫色の私に出来るでしょうか、仕事?そんな生産的なことがこの緑色の私に出来るとお思いでしょうか…まったく、あなたは無理解な方ですね、あなたは一体どんな病なのかしら、人の痛みもわからないなんて、もしかして人の痛みがわからないという無慈悲の病なのかしら?」といった具合に。

 

病気手帳は自己紹介の場のみならず、その国に於いては公共機関でも頻繁に使用された。
例えば、見た目にはそれとわからないが立つのが困難である場合病気手帳を目の前の相手にかざして席を譲ってもらう。
しかし場合によっては双方の病気手帳が同じような苦しみを示す色であるため、余計に小競り合いが生じるといった…一種滑稽な状態に陥る要因ともなった。

 

病気手帳の根本理念は「他者理解と自己優先」という、実に矛盾した代物だった。
病気手帳のページをめくると、度合いにより数値が上がるようになっている。
100点が最高数値、そのため1点代の病気手帳は何の「価値」も無いとされた…価値とはつまり、相手から理解してもらえ自己を優先するというその度合いの事であった。
病気手帳の交換や横流しといった闇取引には思い刑罰が処された。

 

さて、この制度が始まって以来、【反病気主義】あるいは【魂原理主義】、通称「NO」と呼ばれる者たちが地下活動を行っていた。(もっとも本人たちは魂原理主義の名称を好んだ)

 

その時代のその国の基本概念は、まず病気という区分があり、その中に自分自身が宿っているという塩梅だった。
最早数世代前から続く文化だったため、国民の多くはすっかりその理念に馴染んでいた、稀にそれを疑問視する人間が居たが、そのような人間は先に述べた横領罪をする人間よりもさらに無慈悲な輩とされていた。
横領罪の人間たちはまだ「病気手帳に価値がある」という思想の持ち主と見なされるからである。

 

反病気主義の者たちは病気手帳を持参しない、カーストの外側に自ら赴くというのが彼等の思想と実践だった。
ただ、病気手帳を持参しない事自体については(病院を含め一切の公共機関を利用できないという規定はあったものの)実は具体的な罰則はなかった、それ自体を厭う人々が圧倒的多数だったためだ…病気手帳を常に持参しないなんて「気が違っている」と見なされるだけだったからだ…この枠組みから外れようとしない人間が大多数を占めていたのだ。

 

反病気主義者のモットーというものを客観的に述べるなら…本人が病気を抱えていても、病気により本人の立場(これは実に多岐に渡るため割愛する)が変化するのを「求めない」というただそれだけの意思表明だった。

 

NO!というのが彼等の意思表示だった、社会のルールに対してNO!というのが彼等の意志だった。

 

NO!と書かれた物(これも多岐に渡るため割愛する)を持って3人以上で集会を開いた場合、それだけで逮捕される決まりは存在していた。
彼等の主観的主張は「魂は病気に束縛されない」「魂は病気に左右されない」だった、一見どこか牧歌的、観念的な主張ではあったが、言い換えれば国の総意に反対しているという点で、この思想自体が危険なカルトと見なされていた。
「人の痛みを理解しようとしないカルト」
それが反病気主義者のおかれた立場だった。

 

国民の大多数は定期的に病院へと繰り出した、そこで新たな病名を授かった場合手帳には新たな色が加わった。
病気手帳がレインボーカラーに近づけば近づくほど本人には神聖が宿ると誰もが無意識的に思っており、極彩色の病気手帳を持つ者を誠意を込めて「レインボーチルドレン」と人々は呼んで崇めていた。
病気とは…反病気主義者を除いて…魂の色だった、病院に定期的に通って自分の魂の色やその区分を見定め、魂のレベルを上げるために病気手帳の色が増えて行くという教えがあり、それは独特に仏教思想と融合し、実質無宗教を掲げるその国で、既に土着仏教の様相を呈していた。

 

様々な病気を経験すること、そのこと自体に意味があり、カルマを解消しているという集団心理が働いていた。
そのような認識下に於いてはレインボーカラーの病気手帳を持つということはまさに…魂の解脱を意味していた、「うちの子はレインボーの手帳なんです」そう言って我が子の病気手帳を見せ歩く人間も多数存在した。

 

そして病院自体もまた、世俗を忘れさせるような施設だった、美しい音楽、心地よさを追求した内装、すれ違う人皆々に対し慈悲の心を示す事の出来る人材が病院には揃っており、その時代、人々の多くは病院通いを心を込め「巡礼」と呼んでいた。

 

ーーーーー第二幕ーーーーー

 

「私さあ、巡礼するのやめちゃった」
あるとき、とある女がそう言った。
風の吹きすさぶ街外れの展望台で、かすれるような小さな声でとある女は友人にそう言った、女の友人は耳に手を当て聞き返した「何?もう一回言えよ」

 

「じゅ、ん、れ、い、やめたの」
「はあ?馬鹿じゃないのお前、それじゃあ救われないぞ、魂が何色かもわからなくなるなんてまずいよ、せめて年に一回は行かなきゃ」
「…ねえ、人間て病気になるために生まれるの?」
「…はあ?馬鹿じゃないのお前、散々習ったろ、魂の成長のために病気になるんだよ、だから子供を沢山産んで、沢山の魂を成長させるってのが女の役目だろ、お前一人も産んでないよな、せっかく授かった身体を使わないなんて、魂全体の成長に…たかだか個人の意志で関与しないって決めてるなんてお前…俺は友人としてはっきり言わせてもらうがな、正直お前、ちょっと傲慢だぞ…NOの一味にでもなったのか?」

 

女はかぶりを振った。
「なってないよ、そういう原理主義者と私を一緒にしないで!…ただ、おかしいなと思ったのよ」
「何が?何がおかしい?俺の手帳を見てみろよ、頭の悪さを示す病の色、腰の痛みを示す病の色、すぐに怖じ気づく性格の病を示す色、あのな、これらはな、病気手帳制度が始まる以前は誰一人として理解してくれない病だったんだ、そんな絶対的な孤独がいいと、お前は思うのか?お前の今ある手帳を見せてみろよ、まさか手帳までもってないなんて言うなよ?」
女は友人に病気手帳を渡した、それはちょうど夕日を受け、オレンジ色に輝いていた。

 

「ほお~、結構色が揃ってるな、頭の回転が遅い病、数学が出来ないという病、強烈に頑固だという病、喜怒哀楽が激しいっていう病、次は身体面…鼻水の病、骨の病、皮膚の病にはいくつもレパートリーがあるな、お前結構精進してるじゃん」

 

女の友人は、女の病気手帳をさらにめくって続けた、空には羊雲がどこまでも続き、カラスが天から垂れ下がるかのように飛んでいた。

 

「あとは足が太い病に足が遅い病…併発してんのかあ、そして手がゴツい病、肩幅の割に胸が小さい病なぁ、ああこれキッツいな~男にがっかりされまくったろ?ごめんごめん笑ってないって!…えーと、それに伴う精神的凹み病、歯並びの病は矯正済みか、でも歯が弱くなる病に罹ってるから実質プラマイゼロだなこりゃ、お前は苦しんできたよ…ん?顔の皺の病?シミの病?」

 

もう返してよと言って女は病気手帳を友人からひったくった、一陣の秋風が吹いた。
「何お前、老齢の病に差し掛かったのか?」友人は屈託なく笑った。
「だからそれがおかしいってこと!…こないだ巡礼に行ったら言われたの、顔の皮膚が垂れてきてますねって、これは立派な病ですよって、あと髪の毛も薄いって」
「いいじゃんいいじゃん、それらの苦しみはそこに確かに在るんだから、病でいいんじゃね?お前ほんと頑固すぎ、素直に治してもらえよ、顔も髪も」

 

「だから!それがおかしいのよ、老齢の病を治す処置をするって事自体が狂ってるのよ」

 

そこでいったん女は胸元で手を合わせた、医師という言葉を口にする前には必ず行わねばならない(反病気主義者を除いて)動作をしたのだった、女は言葉を続けた。
「…あの医師が言ったの、ねえ、カルマを解消したと見なすのも…」そしてまた女は手を合わせた。
「…医師でしょ、彼等が言うには老化も病よね、私たち数世代前までは白髪で皺くちゃな人間たちで溢れていたのよ?信じられる?今では身体のたるみだけが老化を示すものだけれど…勿論細胞診察をすればすぐに老齢だってわかるわ、実際気力も体力も老齢者には無いし、下手な小細工しなくったって老齢の病くらいわかるわ、そして老齢が進み新しい器が必要な時期が来れば…」そしてまた女は手を合わせた。


「…医師に臨終を診てもらい、魂の巡礼へと進む薬を処方される、ああもう煩雑ね、この手を合わせるコレ!やらないと罰が当たりそうだし、嫌になるわ」

 

「罰当たりなこと言うなよ、やっぱりお前NOの一員になったんじゃないのか?…おれはこの病気手帳のお陰で、児童と接する仕事を与えられたんだ、病気手帳が無かったら誰も俺には同情しなかったさ、俺は食いっぱぐれてたよ、老齢の病くらい小細工なんて言わず黙って治してもらえよ、ついでに筋肉も増量してもらってさ…数世代前の人間なんて放っておけよ…お前白髪の人間なんて見たこともない癖に」
「ええそうよ、実際には見たこともないわ…こないだ…ネットで、見ちゃったの、数世代前の映像」
「…それ禁止されてるやつじゃね?」
「多分そう…遠い国のサイトで見たから…皺くちゃになった病の人が沢山映ってた…身体が不自由になっても生き続けてた、動けない人が生きてた」

 

「…動けない奴なんて俺は見たことない…けどそれが残酷か?生まれながらにしてレインボーカラーの病気手帳を持つ人間に、稀に金色が付与されることがあるよな、ああそうだよ、名誉の死を与えられた人間だ、遺族は誉れ高き一族になるんだぞ?その手帳をどこにでも持って行ける、どこでも誰にでも理解してもらえる、生きてて他者に理解してもらえる事ほど重要な事はないぞ?お前だってわかってるんだろ?」

 

「わかってるよ…」女はうなだれて答えた。

 

「…医師に」と言って女の友人は恭しく手を合わせた。
「臨終を決めてもらって、彼等の言うように子を産み、育て、カルマを解消するために病に罹り、彼等の決定で死んで行く…それがお前は我慢ならないんだろ、自分の決定権が無いから我慢ならないんだろ、NOって事だろ!それを傲慢と言うってあんなに習ったのに」
「ねえ…死ぬって本人が決める事じゃ無いの?だとしたら老齢は病気なんかじゃない、自然な事よ、第一人口は増えすぎているのに…」

 

「働ける人口が減ったら駄目だろ!働ける人口は多いに越したことはない…確かに、寿命年齢は引き下げられたがな…俺だって怖いよ!この前までは80ちょうどで臨終だった、それが今では70ジャストだ、俺だって怖いよ…70歳までにやらなきゃならないこと…やりたいこと、けっこう沢山あるのに」
「…だからね、子供を産まなければその分、個人の寿命は延びるんじゃないのかしら?子供を産まない女が増えれば個人の寿命は延びるんじゃないのかしら?」

 

「…問題をすり替えるなよ!俺は精液を国に提供している、大体、老齢の病に冒された人間がいつまでも生きてどうする?いつまでも国から援助してもらったら破綻するぞ、第一その考え方は国に貢献する考えとは言えない」
「それじゃああんたは種馬じゃない!それを不自然だとは思わないの?確かに赤ん坊はどっかで毎日生まれてる、でも同じ分だけ老齢の病で人が殺されてるのよ!」

 

しばらくの間沈黙が流れた、展望台からは高速道路の灯りが見えた、すっかり日は暮れ、空は藍色に輝いていた。
「あんたには全部話すって決めてるの、何を考えたか全部話すって…10代の頃から…理由なんか無い、私は私で居たい、あんたの前では」
「…お前は自分が可愛いだけだろう、NOの連中とつるんだほうがいいよ、俺とは考え方が違いすぎる」

 

「考え方が違ったらもう、友情は成り立たない?」
「いや、そうは思わんよ…ただな、俺はお前の言いたいこと、全然理解出来ない、理解出来ない、理解されないってのが人間が生きる上での一番の苦しみじゃないか?この苦しみを回避するために病とカルマの考え方がこの国にはあるんだよ…皆のための事なんだ…それなのに皆のための考えを捨てるなんて、お前は無慈悲だ…慈悲を養うために病気手帳があるのに」

 

女の友人は静かに続けた。
「理念がひとつにまとまらないと人間は言葉が通じても意志が通じなくなるんだぞ?だからカルトは悪なのに…だからこの国には他者理解と自己優先、生きて行く上での病という思想があるのに…お前がNOに属さないというなら単なる無慈悲な女だよ、無慈悲の病だよお前は」

 

女は背伸びをした、遠くのほうで電車が走っていた、暗闇を光の列が走って行った、それはどこか毒性の強いムカデを思わせた。
「私たちいくつまで生きられるかしら」
「女が働き手を産んでくれたら、その分生きられるよ」
「あら、その分削られる、の間違いじゃない?」
女は笑った、女の友人もつられて笑いながら釘を刺す。
「余所では言うなよ、たかが児童担当の俺の立場では守り切れんぞ、そもそも考え方が違うんだからな」
「あんたに守ってなんて私、一言も言ってない」

 

あのなあと言いながらため息をつく女の友人と、女の持つそれぞれの病気手帳は、夜の展望台で静かに発光していた。
それが人間元来の苦しみから発光する光なのか、それに反発する人間元来の意志の光なのか、闇夜に浮かび上がる人工灯の光に照らされた事による現象でしかないのかは、この二人はもとより誰にも判別がつかないのだった。

 

ーーーーー終ーーーーー