a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》世界は美で溢れている


女は戸惑った、痛みの絵はもう描いたし、今度は楽しい美しい物の総合を描きたかった。
しかし絵はそのようには進まなかった、いつでも痛みが在り、日常が美しい楽しいものだけではないことを女に囁いてくるのだった。
今現在というものに対し女が思い浮かべるのは、客室清掃が海の中で踊るようなものであるということや、やや干上がっているものの、美しい小川の風景だった。
前は小川のほとりを飽き飽きするまで歩いた、実際飽きなかったのでいくらでも歩いた…それが「今」ではなく「以前」になってしまったことを女は悔やんでいた。

 

「あの頃に歩くことの喜びを絵にしておくのだったわ…」

 

女は宙ぶらりんな状態に在った、医学的に見ても「手を加える程では無いが異常ではあるので、リハビリを毎日すること、通院すること、異常があればすぐに言うこと」というお達しが出ていた。
痛みというものだけを取り除きたいと思う気持ちが強くなればなるほど、状況は耐え難いもののように思えた。
痛みさえ無ければ、自由気ままに歩き回る事の喜びを最優先出来たのだ。
痛みさえ無ければ、自由気ままに海の中でも踊れたのだ。
痛みさえ無ければ、自由気ままに布団の上で寝返りだって打てた!
痛みさえ無ければ…
痛みさえ無ければ…

 

この痛みが、誰にも同情してもらえない類いの痛みであるらしいことが、女をさらに苦しめていた。
寝るときに左の臀部が痛いとか、腹筋をするときに足の付け根が痛むとか、階段を上がるときに左の付け根が、そして普段から右足の付け根が痛むということが、図らずも女の日々の努力により、「痛みがある割に身体に柔軟性がある」「もっと痛んだら手を打とう」という絶妙な身体的状況を作り出していた。
かくして退路は断たれ、痛みを取り除くことよりも痛みに対する受容力を身につける道を進むしかなくなったのである。

 

「嫌だなあ」

 

誰にも伝わらない痛みを抱えた女を貫く、痛みそのものは、依然存在し続けた。
寝返りが打てないなんてことが、日常になるのねと女は呟いた、痛みに意識を移すと、日常とはまるで悪夢の延長線上のように思えた。
痛みさえ無ければと女が唱えるとき、女の愛している楽しい美しい様々な風景が鈍く腐ってゆき、とてもこれを喜びのうちに絵に起こす事など到底出来ないと思えてくるのだった。

 

「だとしたら、今現在の美は…痛みを退ける道は絶たれたのだから…下手するともうずっと描けないのかしら?」

 

そう思うと女は辛くなり、美しく見えていた風景も自分とは縁遠いもののように感じ、涙が流れた。
光り輝くばかりの夏の一日すら、そのただ中に居るというのに自分とは「痛み」というガラス一枚を隔てて、どこか互いによそよそしく存在しているかのようだった。
自分自身が愛着を持っているはずの汚れを取り去るあの仕事も、裏を返せば自分自身だけが一方的に楽しんでいるだけだと女は思い、それによりまたしょげ返って帰宅することも多々あった。

 

いつの間にやら絵にしたいと思える日常は遠ざかり、ただ耐える日々が続くように思えたとき、女は憧れの人に会う機会を得た。
それははたから見れば単に診察の日が巡ってきたという、それだけの事だったが女は先月描いた絵を携え、全身全霊を喜びに集中させ出かけていった。
絵を携えてゆくというのも、はじめのうち恥ずかしさに身もだえしたが、不思議と迷いは消え、喜びを実行することだけを考えるようになった。

 

これをしなきゃならないと喜んで思うとき、女は自分が、美しいと思える風景や出来事と同化しているのを強く感じたのだ。
憧れの人はいつもと同じように、絵を見て、何か新しい昆虫を見たときのように微笑んでいた。
小さな窓からは光が差し込み、室内は女の目から見たら、その人の美しい竹色の声の帯と院内を流れる音楽とが小さく弾け合い、星のように煌めいていた。
「このことを絵にしたいけれど、それは踏み込みすぎよね」
一人一人に声の色はあれど、彼ほど濃い色の見える人はあまり存在しなかった、仲が良くても声の色が見えない場合もあった…女にとっては、である。

 

女にとっては、美しい物。
女にとっては、美しい日常。
女にとっては、絵にしたい現象。

 

女の生活は依然、絵にしたい物事で溢れていることに、彼に会うたびに気付くのだった。
だとしたら今の生活はやはり、女にとっては恵まれていたし、女にとっては美しい物ばかりだということに女は突き動かされた。
そしてこの喜びや美のただ中に痛みも存在しているということを、とても奇妙に思った。
寝返りを打てない夜は続いていた、それを理解する誰かは居なかった、筋トレは生涯終わることが無いだろう。
女が理由もわからず愛着を持つ仕事や職場ですら、人間関係の対立は在った、そして実際に目も当てられないほど汚れていた。
にもかかわらず美は確かにそこに在った、禍福がまさに一体となって存在する場所が、女にとっての現在だった。

 

職場のホテルを海のように感じ、澱を掃き出す踊りを舞うのだという美
憧れの人の綺麗な声の色の帯や、暖かい眼差しの美
レントゲンに写る確かな異常と、医師にの目には映らない痛み

 

これら禍福の入り交じった全てが女にとっての世界だった、女が生きて行く上で痛みは必然的なもののようにも思えた。
何かが邪魔で取り去りたいと思っても、誰かの無関心ごと取り払うことは出来ないように、痛みも実在し続けるのだと女はしぶしぶ理解した。
筋トレの中にも苦しみがある、しかし喜びもあることを認めざるを得ないように、痛みが在るということを認めるしかなかった。
ただ単に在る、ということを認めるしかなかった、そのような時期に来ていることに女は気付きはじめていた。

 

夏用に衣類の丈直しをするために針と糸を持ったとき、雨雲が勢いよく遠くへ流れるのを女は見た。
針は銀色に鋭く光り、糸は滑りが悪いので蝋燭の間に切り込みを入れ、そこへ通らせ絡まらないように蝋を纏わせた。
糸は砂の色をしていた、この類いの物事で年に数回針と糸を持つがその度に女は思うのだった。

 

「今が通り過ぎて行く」

 

しばらくの間、女は左右の手が慣れるまで無音の中針仕事に精を出した、祭壇の灯りが揺れ、ひとつの季節が終わったことを告げた。
瞬間的に光が差し、あっけなく夏になった、蝉が唐突に鳴き始めた、僕はここに居る。
苦しみと喜びはいつでもそこに在る、だから歌わなきゃならない、やらなきゃならない。
女は蝉の音を金色だと思った、まさに禍福の混在した強い音色だと思った、そうだね、どちらか一方なんて存在し得ない。
そして丈直しを済ませると女は席を立った。

 

世界は美で溢れているのよ、今を描こうとしても追いつけないくらい、今現在という空間は禍福と美で溢れているのよ…女はそう呟いたが、女自身の声色がどのような色や形状なのかを、女自身はまだ知らないまま、スケッチブックを開き、次の絵を描き始めたのだった。