a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》小さな影

鈍色の小さな影が一体居た。

 

人型をした影の民には固有名詞は無く、それぞれが散り散りばらばらに人工物から湧き出でて移動しながら存在していた。
いつのまにか生じたこの小さな影も、磁力に引っ張られて次の行く宛てを漠然と決め、ゆっくりと移動して過ごしていた。
小さな影は金属質を含む洞窟や、ありとあらゆる電化製品や鉄筋コンクリートのそばをふらふらと歩いていたが、強い陽光や悠々と茂る大木、山奥の巨岩、土や湧き水…そのような鮮やかな自然物質に触れたりその場所に長くいると、たちまちに弾けて消え去る身の上だということだけは影の民独自の本能で理解していたので近寄らなかった。
影の民共通の見解では「人工物の中に宿る、人間から発せられた無意識の言語」が自分たちの正体だということだった。

 

「だから俺たちの声は人間には幾重にも連なって聞こえるらしい」
先輩の影はこう言って笑った、その笑い声は鈍色の粒となってコンクリートの壁に谺した、蛍光灯の明かりが非常階段を静かに照らしていた。
「じゃあ僕らも元を正せば人間だということでしょうか?」
小さな影は先輩の影にそう聞いた、夜風を避けるように階段の隅に身体を寄せ先輩の影は静かに言った。
「人間は人間が大嫌いなんだよ、人間は元来増えることを望んではいないんだ、無論俺たちのことも好いちゃいないさ、俺たちは人間の無意識そのもの…奴らにとっちゃ一番恐ろしいのさ」
小さな影は首を傾げた。
「同族の無意識が一番恐ろしい…天変地異よりも?別の生き物からの襲撃よりも?死よりも?それにもまして人間は人間の無意識を一番恐れているのですか?」
先輩の影は笑った、その笑い声に引き寄せられて別の影たちも二人のそばに集まりだした、影はそのようにして勢いよく集まったり散ったりする習性があった。

 

「孤独が一番堪えるのさ」

 

「一人でいるって事がですか?」
「一人で過ごしているって事とは少し違うだろうな、同族に全く理解されないって事が一番堪えるのさ、奴らは詰まるところ四六時中それに怯えている、だから俺たちの声が生じて、谺して、鼓膜を揺さぶり、時に命まで絶つのさ」
どうしてそこまでを、ただの人型の影である彼が理解しているのか小さな影は不思議だったが、すぐに思い至った。
「やっぱり僕らも…元を正せば人間だということでしょうか…」
「そうさ、そして人間たちはあいにく結構な馬鹿なのさ、言葉が反響する人工物の中に身を置いているから俺たちの声が恐ろしく聞こえて、それなのに人工物の中から一生出ようともしないのさ、人間たちは母親の胎内にいつまでも居たいらしいな、それこそが不自然なのに」
先輩の影は笑った、夜風が強く吹いた。

 

「…人間たちは人間が怖いのに…人工物にまみれて暮らしている、歩く道も舗装して人工物に乗って移動して人工物の中で眠って人工物の中で繁殖して人工物の中で死んで行く、自然物に触れれば孤独を忘れられるのに、あえて人工物のなかで…孤独に怯えながら過ごしている…僕らは何のために存在しているのでしょうか?」

 

小さな影は影の民特有の泣き方で泣いていた、小さな影の身体は薄くなり霧散しかかっていた。
「泣くなよ、元々俺たちは洞窟の民って呼ばれてたんだ、洞窟にも磁場があるだろう、そこで言霊が俺たちに力を与えてくれた…俺たちは神様だったんだよ…奴らはもう俺たちを忘れたんだ…お前、そのままだと消えるぞ」

 

小さな影は返事もせず、泣きながら非常階段を降り、歩道に出て歩いた、人工物や金属質の場所だけ白黒に見えた、そこだけが影の民たちの歩くことの出来る彩度の無い世界だった。
小さな影はそのまままっすぐ川のほとりまで歩いた、梟の鳴き声が聞こえた、小さな影は土を踏みしめたが既に足に力が入らなかった、地面は緑色に発光していた。

 

「夜の緑の光…」
影の民にとっての毒の光に、小さな影は進んで飲まれた。
その時、小さな影の秘めていた言葉という言葉が夜の緑の光の中に弾け、鈍色の露となり…辺りは言葉の無い静けさに満ちたのだった。