a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

100人に一人

 

整形外科医に、階段の上り下りの時に痛む事があり、この調子で60歳までのあと20~30年過ごすのは困難だから、骨切り術(寛骨臼回転骨切り術)をやりたいと申し出る。
昨今は、若い人も人工股関節化しているようだが手術を繰り返す(入れ替えが必要なため)度に歩行成績が落ちるという話もある。
そういうわけで骨切り術かなあと思い、私の臼蓋形成不全を見抜いた目利きの整形外科医に相談してみたのだ、ついに。

 

目利き整形外科医は意外なほど私の意志を受け止め、近所に名医がいると言って紹介状を書いてくれた。
私は「冬頃やりたい…」とか「個室のある病院に入院したい…」とかごにゃごにゃ言ったのだが、「詳しい話はその名医と」と制される、当たり前だ。
「確かに角度はまずいけど…でも骨自体は綺麗でまだ変形してないから、若いし、手を加えるな!って一喝されるかもね」
そう整形外科医は言う。
もしその名医に一喝されたら…どうすればよいのだろうか…。

 

「その人は日本で5本の指に入る名医だよ、股関節の置換手術なんてものはね…普通の外科医には無理なんだよ、名医にやってもらわないと意味ないんだよ」
さらりと続けて言ってのけ、整形外科医は単に「入院するなら近所がいいでしょ」という理由も含めてその名医に宛ててメールを打ち始めてくれた。

 

「ああ…手術の相談をしてしまった、自分で決める手術の相談を、自分でしてしまった…」
私はまだ歩ける、歩行だけならまだまだ歩ける。
ただ高低差はもう弱い。
家の中ですら、毎朝30分の筋トレをしないともう痛みが出る、普通じゃない…こんなの普通ではない。

 

しかし股関節の亜脱臼、臼蓋形成不全自体は全く珍しい病気では無い、100分の1で起こる異常、まあ貧乏くじ引いたみたいなもんよ。
逆子が原因の一つにあるらしい、かくいう私も逆子であった…産まれる間際に母が逆子体操で逆子を直したらしいが、大半は羊水の中を母と同じ姿勢で泳いでいたのだ。
比率としては女が多いが、男でもなる、そして私のように30代で気付く人間もあれば、変形性関節症まで進行してから気付く場合もある。

 

私は、これは清掃の仕事が私に教えてくれたのかなと思っている。
清掃の仕事は性に合っているが、股関節から大腿骨を膝まで貫くような痛みがたまに起こるため、冬頃には辞めるしかないだろう。
で、問題になるのが次の仕事…調子が悪いと尻全体が軋むようにズレ、痛みを伴うので、おちおち探していられない、というか日常生活がままならない。

 

臼蓋形成不全は寝たきりと密接な病気で、骨に加重がかかってもそれを支えられないので骨が変形し、変形性関節症になる人が多い。
ヘルニアとも併発したりするので…というか私もヘルニア持ちである、脊椎が狭いらしい…このあたりの筋力をつけ、体重を抑え、かつ筋をやわらげておかないと動けなくなる可能性が高い。(ように思う、寝たきりの人は骨が弱い、カルシウムとか以前に生まれつき弱いのではないかと薄々思っていたがやっぱりそうなのかと合点がいった。まあ寝たきりにも心筋梗塞とか色々種類はあるが…。)

 

脊椎動物なのに脊椎やら骨が弱いなんてありえなくない?
骨のある意味なくない?

 

…という自嘲的な気持ちを抑え、整形外科医の言う名医の居る大学病院を検索したらもう、笑えるくらい悪い情報ばかりで、急激に士気が落ちる。
…これは生きて退院出来るのかな?…という情報ばかりであった。
慈悲とか恵みとか素晴らしい文字が踊っているじゃないか、大丈夫大丈夫、蹄鉄を入れに行くんだよ自分の骨で、蹄鉄をこさえるんだ、それをつけたらもう走れるようにだってなる。
とか言い聞かせても、駄馬の私はもう床に尻を付けて一切動きたくない気分である。

 

変形性関節症の掲示板を見る、きちんとした運営の居る、股関節団体の掲示板。
この異常の苦しいところは、働き盛りに発症した場合、歩けないのにほとんど何の手助けもないということ。
歩けなきゃバイトすら出来ないのに、法改正により障害者としてはなかなか認定されず、にっちもさっちもいかない人が結構居るのだなということを知る。
…それでも皆さん結構頑張ってらっしゃるのだなということを知る、苦しみ自体に価値はない、だが前向きな姿勢に私は心打たれた。

 

100人に一人だものね、歩くのが困難でも障害者として少し保護を受けるというのは難しいだろう。
でももうちょっと早くにわかっていたら、働き盛りに痛み止めを飲んで働くような事にはならなかったでしょうにと思う。
中学ぐらいで精密なレントゲン検査とか…したっけ?忘れたが、股関節はしてないような気がする。
私の場合は子宮自体が結構小さい(整形外科医談)らしい、だから相当難産だろう、脱臼する可能性もあると言われた。
私は幸いにも(?)子供を産む気は無いが、これを適齢期以前に、事実として知っておくのは人生にマイナスにはならないと思う。

 

100人に一人は骨が弱い。
1000人に一人はダウン症になる。

 

この種の統計を考えるとき、私は何故か妙に明るい気持ちになる。
私が股関節を痛めている今、誰かは痛めずに済んでいる、これが生命の事実なのだと私は直感する。
生命が男女ただ二人だけのものではなく、見知らぬ他者と密接に繋がっていて、その時の空気全てを飲み込んで産まれてきたのだという感じが私を嬉しくさせる。

 

誰かが私の代わりにダウン症をやり、
誰かが私の代わりに喘息をやり、
誰かが私の代わりに高い学力や運動能力を得る
誰かの代わりに私が小児アトピーをやり
誰かの代わりに私が臼蓋形成不全をやる

 

多分神の視点から見たときにこの物事に大した差異は無いのだろう。
痛みと快楽、痒み、万能感、手足のままならなさ…ここには差異はないのだろう。

 

勿論現実には、この身体に収まっているときには理不尽さはあるけれど、現実をさらに突き詰めると、何をやろうが大差ないのだろう。
ただただその時代の人間や他の生き物も含めた命の輪の中で、誰かが何か受け取るのだ。
この輪の中からは抜け出すことが出来ない、現時点では。

 

病院の消毒液の匂いだけでナーバスになりそうだ。
私は職場の人には、ボスには臼蓋形成不全でリハビリしていると言った。
他の人にはあまり言ってない、しんどいので冬頃には辞めることもまだ言っていない。

 

一昨日頃、手術しようと一人で決意した、昨日整形外科医に相談した、月末、名医に会う。
明日、紹介状を取りに整形外科医の元へ向かう。