a.o個人ブログ

詩や創作文章、祈りについての考察を個人的に公開しています。

《創作》カラスの森


少年はカラスを捕まえていた。
寺院までの道のりは長かった、それまでに何羽捕まえられるか少年は楽しんでいた。
寺院に併設された広大な敷地の内ほとんどが、庭園になっていた。
その庭園から見えないように、数の増えすぎたカラスは捕らえられ、網の張られた簡易小屋に入れられ、処分される日を待っていた。
少年は少年で口減らしのために幼少期から寺院に預けられていた、カラスを処分するのが彼の役目だった、彼はその役目を楽しんでいた。

 

少年は僧達が身に纏う緋色の布をお下がりとしてもらい受けていたため、外見上は見習い僧のように見えたし、立場としても確かに見習い僧であった。
しかし少年は何一つ信じてはいなかった、少年が信じているものはただ一つ、影だった。
影は至る所に居た、真昼にもかかわらず少年の口からも出でて何か喋ったりした。
その声は少年にしか聞こえず、常に少年を悩ませていたと同時に強烈な快楽も与えていた。
少年は影を信じ、手放そうとしなかった、少年は頻繁に影と交わり、射精し、快楽の中でカラスを殺していた…よって少年は孤独であった。

 

少年は広大な庭園を何周もした、庭園をぐるりと囲むように茂る裏山のカラスの森、その奥の洞窟にも度々足を踏み入れ、カラスを捕った。
確かにカラスは増えすぎていた、カラスは野放図に散らばり、近隣の畑を荒らしていた。
寺院では梟を奉っていた、梟の雛をカラスは襲った、そのような教義上の問題もあり、カラスを捕らえるのは寺院の役目であった。
さらに寺院の中で誰かがカラスを捕らねばならなかった、少年は網に入れたカラスがばたつくのも構わず、その場で殺す事はせずに小屋まで運んだ。

 

カラス小屋では数日おきに一度、僧が来て経文を唱える割り振りだった、それで少年とカラスのカルマが消化されるという事だった。
カラスたちは経文があげられるともう自分たちの命の少ないことを自覚していたので、仲間達に伝言をするのに必死だった。
小屋に入れられたカラスは死を悟っていたため、交尾もせず、それでも伝言のために、僅かばかりの食物と水とを口に含み、一様にカラスの森をじっと見ていた。
餌を与えるのもまた少年の役目であった。

 

経文が僧によって唱えられ、僧が立ち去り人間が誰も居なくなったのを見計らって、少年はカラス小屋に入った。
曇天であった、カラスたちは静まりかえっていた、少年は堪えきれないといった体で腹の底から笑っていた。
影が身体の奥底から湧き上がり、陰茎が痛いほど勃起するのを少年は感じた。

 

少年は影と同一になり、信じがたいほどの素早さで一羽のカラスを掴んだ、カラスはもがいた。
少年はカラスの羽を毟り、翼を食いちぎった、カラスは鳴いた。
「助けて」
少年は影と一体化したのを感じた、そうするとカラスの言葉は鮮明になった。
「苦しい」
少年はカラスの悲鳴を聞くのが何より高揚した、陰茎の先から体液が少しずつ出て僧衣に滲んでいた。
「酷い、こわい、カラスの森に帰りたい、もうやめて」
怒り、のようなものに心が飲まれたとき…大量の水に心がどっぷりと浸かって青黒い気持ちのただ中にいるとき…影の気配はいよいよ濃くなり少年に話しかけた。

 

「気持ち良いか、お前、近親殺しの末裔、殺しが一番気持ち良いよな、そうだよな、そうだろ」
影は続けた。
「心配するなよ、このカラスたちだって俺に飲み込まれるんだ、俺と交わるんだよ、それでふわふわの梟の雛を殺すんだ、こいつらだって殺しが一番気持ち良いのを知ってるんだ」
影は続けた。
「梟だってそうだよ、近親殺しの末裔、梟も殺しが一番だってわかってやってるんだ、構うことはない、やっちまえ」

 

その声は少年の口から独特に震えながら出でた。
少年はカラスをなぶり殺すのに夢中で、自分の喉元が震えており、最早言葉であるのか叫びであるのか判別のつかない不快な声を出しているということに、構っていられなかった。
カラスたちは小屋の中で羽をばたつかせながらも逃げまどった、しかし少年の素早さは尋常ではなく、少年は笑いながらカラスを一羽ずついたぶりながら殺していった。

 

そろそろ射精したくなり少年は僧衣を脱いだ、カラスの羽が散らばり、カラスの血や体液の匂いが辺りに充満していた、影は尚も言った。
「おい、お前、だいぶ楽しんでるようだな、でもなあ後ろに誰かいるぞ」
少年はぎょっとした、片手で陰茎を掴み、片手で最後の一羽の首を絞めているところだった、カラスは手の中で「お母さん」と言いながらもがいていた。

 

振り返るといつもの僧と、縄に繋がれた女が一人、そしてその女を始末するための死刑執行人がこちらを見ていた。
僧は少年の行いに関しては見て見ぬ振りをしていた、いかにも業務的な態度でこう言った。
「この女は嬰児殺しだ、産んだそばからどんどん殺したらしい、さっき死刑と出た、今から経文をあげる、そのあと刑を執行する、お前はそれを手伝え、首くくりの刑だ」
女は少年と目が合うと、ぼんやりしていた目を見開いていきなり言葉を発した。

 

「助けて、お母さん、カラスの森に帰りたい」

 

僧と少年は女を見た、少年は笑うのを堪えようとした、しかし同時に鳥肌が立っていた。
僧は一刻も早く立ち去りたい様子で経文を唱えはじめた。
女の声は震えていた、女の声は紛れもなく影が入り交じっていた、にもかかわらず女は、少年が握りしめている子ガラスの言葉を発していた。

 

「お母さん、お母さん、私死ぬの?でも私は汚れない、死んでも私は汚れない、私はまた飛んで行くの、カラスの森に」

 

「子殺しが何か言ってやがるな、気味悪いな」
死刑執行人は呆れていた、少年は自分の中の影が静かに身を潜めるのを感じた、まさにその為に強烈な怒りに包まれた。
快楽の怒りではなかった、怨恨に近いものを少年は今し方出会った女に感じた、何か嫌悪感が走った。
女の口からは影がほとばしっていた、少年は自分から影が奪われたように感じた。
下半身が重いのに射精する気になれず、吐き気すら感じた、全てこの女のせいだと少年は思った。

 

少年はカラス小屋から出た、僧衣を纏って出たが、掴んでいたカラスは手放してしまった、カラスは一目散に飛び去った。
少年は女に近づいた、女は薄汚れていて首には既に縄がかかっていた、目の焦点が少しずれていた。
少年は女を思いきり殴った、しかし女は倒れなかった、影は女に深く入り込んでいて少年にはもう力がそこまで出てこなかった、快楽ごと少年から消えてしまっていた。

 

「カラスの森の奥深く、洞窟には空から舞い降りた人がいたの、あの子達はまたいずれ洞窟に戻ってくる、洞窟で首を括るの、その時までカラスは待ってる」

 

女は小さく歌っていた、少年は女が笑っているのを見た、酷く不吉な印象を受けた。
これから先数十年と、毎晩思い出すような…快楽の一切無い、快楽とは真逆の、昏い水の中から女にじっと見据えられているような感覚に苛まれるだろうという予感が、少年を貫いた。
女が意図せず少年を呪ったことを、その場の全員が感じていた。

 

刑そのものはあっけなく終わった、女の遺体は小さく揺れて首が伸びていた、股からは血が出ていた。
「この手の女は生かしておいたらまた産んで殺してを繰り返しますよ」
死刑執行人は僧に対し、どこか同情的に話しかけた、僧は静かに頷くと少年を一度も見ず、足早に寺院へと引き返していった。

 

少年は死刑執行人と共に遺体の後片付けをした、女はただの肉の塊になっていた。
無言の内に、死刑執行人は少年に目配せした。
この遺体を射精の道具にしてもいいんだぞという賤業同士特有の合図だった、もう一方で呪いを解くには手荒な方法も必要だぞという土着的な意味合いでの提案でもあったが…少年は首を振ってそれを断った。


少年は女という物体に触れるのは初めてだったが、これほどおぞましいものを見たことはないと感じた。
女全般がおぞましいのではない、この女がおぞましいのだった、そしてこの女はきっと少年の血縁者、近親者だろうという直感が少年を苛立たせ、不安にした。

 

死刑執行人は遺体を袋に詰め、捨てに行った、日が暮れていた、カラスたちは森で鳴いていた。
少年は生まれて初めて、自分の身体が酷く汚れた気がした。
この汚れを取るにはどれほど生まれ変わらねばならないのか、影が息を潜めた状態の少年は静かに考え、途方に暮れた。

 

そして何度生まれ変わろうとも、自分がカラスの森の洞窟で首を括ることを、悟ったのだった。