a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》ギター


洞窟の中は湿っていた、女はそれとなく洞窟内の岩肌に手をついたが、何かが這うような気配を感じ手を引っ込めた。

 

「呼ばれている」

 

嫌な予感は拭えなかった。
カラスが一回鳴いた、大丈夫という意味だ。
外のカラスが二回鳴いた、まだ大丈夫という意味だ。
木々の遠くからカラスが三回鳴いた、この場所なら大丈夫という意味だ。
カラスの呼応に女も答えたかったが、それに対する声を女は持たなかったので無言のまま洞窟内に進んだ。

 

カラスが四回鳴いた、注意した方がよいという意味だ。
カラスが木々のさらに遠くから五回鳴いた、その通り、もっと注意すべきだとカラスは呼応していた。
洞窟を取り囲む裏山の端からカラスが六回鳴いた、まずいぞ、カラスはそう言っていた。

 

だが女には聞えなかった、土の洞の中は音という音を全て吸い込んだ、女の吐息も、彼女の母親の弾くギターの音も。
何かが揺れているのが女には見えた。
女は灯りをつけて確かめたかった、嫌な予感を拭いたかったというよりも、もう何もかもをこの目で見てしまいたかった。

 

女は母親が弾く曲を覚えていた、母親の作る曲はどれも陽だまりの匂いがした。
「都会に出てきてからもギターを手放さなかったよ」
そう母親は言って、低い声で歌いながらベランダでギターを弾いていた。

 

「さっきまで踊っていたのに」
女は小さく呟いた、音楽の中、踊る両親を見たのはついこの前だったような気がした。
女は、自分が不出来だったために、両親がいつのまにか踊るのをやめたように感じた。
記憶は澱が溜っていて、明らかに掃除が必要だった、切り絵の様に踊る両親が見えた。

 

足下に折りたたみ式の脚立が二台、転がっていた、そのアルミニウムの物体が暗闇の中光っていた、笑っているようだと女は思った。

 

影は揺れていた、彼女は両親の名を呼んだ。
だが影は答えず、揺れているだけだった、女の両親は首を吊っていた。
女の両親だったタンパク質や脂肪といった肉体が、首を傾げた状態で静かに抱き合うように、口づけをするように揺れていた。
口元には帯のようなものが巻かれていた、手は後ろ手に縛られ、二人は同時に脚立を蹴って首を吊ったらしかった。

 

脚立のすぐそばに、ギターが置かれていた、母親のギターは一部始終を見ていたのだ。
女が生まれる前、彼女の母親が少女だった頃、都会へ出てきて踊り始めた頃、そして踊りが終わり、死んだその瞬間まで全てを見ていたのだ。
ギターの弦はとっくの昔に切れていた。

 

女は弦の切れたギターだけを手に、洞窟を出た、外は午後の日差しが降り注ぎ、アスファルトで舗装された道に出ると陽だまりの匂いがした。
女は誰か呼びたかった、だが誰を呼んでよいのかさっぱりわからなかった。
女は誰かに叫びたかった、だが叫ぼうにもうまく叫べなかった、絶叫したいわけではなかった、ただ強烈に歌いたかった。

 

しかし女は歌い方も知らなければ、ギターの弾き方も、踊り方も、カラスの鳴き方さえも、知らないのだった。