a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》魂についての彼女の話


「魂って電池みたいに、ただの力として身体に入ってくるだけなんじゃないのかしら、電池を抜いた機械はただの器だけれど、電池が入るとまた視点が生じる、人間も一日眠ったら、魂は入れ替わってるんじゃないのかしら…昨日と今日の私は別の魂かもしれない、きっとそうよ」

 

魂は数珠の一粒みたいに、入れ替わり相互的に結ばれている、それがポンポンと今日はあっち明日はこっちと、移動を繰り返していると彼女は言った。
魂は一所に居ることが出来ない、魂には移動が必要だ、と彼女は言った。
「お父さんみたいに」と彼女は小さく言った。

 

僕はそれを聞かなかったことにした、踏み込むのが面倒だった、彼女の父親と移動と魂というものがどう繋がるのか興味が無いわけではなかったが、それよりも魂が電池みたいに入れ替え可能であるという思考の方が面白そうだった。
「魂は何で出来ているの?」と僕は聞いた。

 

「食べ物や空気、大気全部よ」と、彼女は、馬鹿ねと言わんばかりに答えた。
だから昨日の魂と今日の魂が違うのも当たり前であり、でも器としての視点はそうそう変化しない、ただ、本人が本人で在るという自覚は、実はかなり不確かなもので、誰も自分が自分であるなどと証明することは出来ないと彼女は言った。

 

「美容室へ行ったらね、もう30代だから着る服も考えなきゃならないから、若い頃みたいに何でも自由には着れないから不自由になりましたよねなんて言うの、美容師の人がよ、私の若い頃なんてニキビだらけで、そもそも身体は隠したい物体だったのよ、まるで私が黄金の10代20代を過ごしてきて、30代になって落ち着いた服を着るしかなくなってるみたいに言うの、お洒落が楽しいって思ったのなんて最近なのに…でも思ったの、昔の私なんて誰も証明できない、私自身も…って」

 

何だか話が逸れたような気がして僕は少し黙っていた、彼女が返答を待っている風なので一応返事をした。
「それならもういっそ、黄金の10代20代を経て今に至るって事で、いいんじゃないの?」

 

でも自分は覚えていると彼女は言った、今し方自分自身で過去は幻想に近いので証明出来ないと言ったその口で、自分の過去は絶対だと彼女は言った、僕は少し呆れた。
それから彼女はいかに自分が大変だったか、若い頃は苦しみだけしかなかったと僕に説き伏せにかかってきた、どうでもよかった。

僕は魂の話題に戻したかったので、とりあえず「今の君しか知らないけど、君は綺麗だよ」と言った、彼女は少しの間僕を見て、それから満足げに微笑んだ。

 

「魂が入れ替わっているっていう実感はあるの?」と僕は聞いた、もう美容師の話は聞きたくなかった。
「朝お祈りするの」と彼女は言った、そして部屋の隅を指さした、そこには祭壇めいたものが作られていた、しかし不思議なほど家全体の雰囲気に合っていた。
「そこにコップがあるでしょ、銀の」と彼女は指さした、簡易祭壇には水が注がれた銀器が置かれていた、その隣には小さなランプや、放射線状の筋が伸びたような…これを形容するなら太陽のような、とでも言うべきか…何とも言い難いオブジェもあった。

 

「朝、そこに手を合わせるの、祈りの言葉はないの、目を瞑って手を合わせて、コップの中に自分の卵色の祈りの…光の毛玉みたいなものが…しゅわっと、1個入っていく様子を思い浮かべるの、それが祈りなの」
と、彼女は言いかけてはっとした、それから一昨日の夕暮れにまさにこの祭壇の外で、つまり家のすぐ目の前で、倒れている人が担架で運ばれていったと話し始めた。
暗闇の中を救急車の赤いランプと、救急隊員が負傷者を照らすオレンジと青の毒々しい光が、雷のように見え、何事かと思って窓辺に近寄って一部始終を見たと言う。

 

「演劇の舞台のようだった…あるいは、別の宇宙から人が入り込んで来たかのようだった、何もかもが場違いだったの…」と彼女はその場面を思い出しながら遠くを見つめた。

結局魂が入れ替わっているという実感と、朝の祈りにおいて、光の毛玉を一個銀器に注がれた水の中に溶け入れさせるという空想とが、どう繋がるのかに至るまでにまた、話が逸れている事を僕は残念に思った。

 

「…朝の祈りと魂はどう関係してるの?」と僕は優しく聞いた、問い詰めてはならない気がした、僕は自分の性格がが年齢と共に穏やかになっているのを実感した。
と同時に、だからこそ、彼女を泣かせてみたい気もした、思い切り喧嘩をしてみたい気もした、痣が出来るほど尻を叩きたい気もした。

 

「光の毛玉が水に溶ける音を聴くの、その音が魂なのよ、音は水に溶けるの、水場には幽霊が居るって本当よね、そうそう、最近お洒落に目覚めたって言ったでしょう?」
そして彼女はまた話し始めた、お洒落は安価な古着で十分だということ、そして古着を買った際に匂いを取る方法として、湯の中に服を「泳がせる」ということ。
泳がせた服からは「魂が抜け出て」、さらにアイロンなどで熱や蒸気を加えたり、太陽光に晒すことにより「魂が空中に霧散し」、結果古着の匂いが取れるということ。


「古着はくたびれた身体に魂が染みついてるようなものよ、でも古びてるのは身体の方では無いの、魂の方なの、魂は入れ替えなくてはならないの」と彼女は言った。
魂を新しく入れるには古びた魂を抜き取ればいいと彼女は続けた。

 

「だって私、最近ようやく楽しくなってきたのよ、きっと新しい魂が身体に入ってきたから、その方法を知ったからよ、だから青春てきっと年齢ではないのね、魂が入っているかどうかなのね、今私初恋の最中なのよ」
結局魂が入れ替わっているという実感はあるのか、あるとしたらどのような実感なのか…青春が巡ってきたのは幸いなことだが、彼女の話はまたしても絶妙に逸れていた。

僕は言うべき言葉を探したが、またしてもこれしか正解は無いような気がしたのでとりあえずその言葉を発した。
「君は綺麗だよ」

 

「あなたも綺麗よ」と彼女は言った、僕は彼女の思い人その人ではなかった、女との会話に飽きたら相手に綺麗と言う僕に、彼女も同じ要領で返答したのだと僕は察した。
何に対してかはわからないが無性に腹が立った僕は、彼女の肩を軽く撫で、口づけをした、そういう動作をした。
「ここでは駄目」と彼女は言ったが僕は無視した、移動なんて糞食らえだと僕は思った。
確かに抱きしめた彼女の唇に舌を入れたとき、しゅわっと音がし、光の毛玉めいたものが見えた気がした、そして確かに、古着の匂いがした。