a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

《創作》鈍色の鉄球

 

大きな鉄球を抱えてるみたい、と女は思った、仰向けのまま、朝まで姿勢を崩さずに横たわるのは独特の試練だった。
これが定住するってことね、と女は思った、定住は避けるべきだと彼女の親は口酸っぱく言っていた、その分の税を払うことになるぞ、と。
税ってお金ということではなかったのね、と女は思った、姿勢を崩さぬまま寝入ろうとしたが、鈍色に光る大きな鉄球を抱えているようで寝るに寝れずに居た。

 

でも今が青春なの、と女は思った、仰向けのまま、朝まで姿勢を崩さずに横たわると背中がうっ血することを知った、寝たきりの老人を体感している最中に、女は恋をしていた。
恋ではなく初恋なの、こんな気持ちははじめて、と女は強く思った、背中や臀部に力を込め、それから一切の力を抜いた、これが今出来うる唯一の、女の寝返りだった。
下腹部や胸部を圧する重力は夜空から来るのかしら、と女は思った、彼女の両親も夜空から来たのかも知れなかった、何一つ明らかにされないまま、死ぬに死ねないまま、寝るに寝れないまま、それなのに朝が来るのだと女は思った。

 

朝が来たら私は私だろうか、と女は思った、広がる田畑と川面を、今まさに聞えてくる水音に女は耳を傾け、梟が鳴いている事に女は気がついた。
梟は死んだらまた梟に生まれ変わるのかしら。
小さな川辺に舞い降りる青鷺は、以前居た個体とは違う、それを、一つの個体が生まれ変わってまた青鷺に転じたのだと言う人もいるけれど…。
だったらどうして、こんなに世の中に生き物が沢山在るのに、何故また青鷺になったのかしら、あるいはやっぱり…あの青鷺の中には、別の魂が入っているのかしら。
梟は尚も鳴いていた、唐突に、女は、梟が呼んでいるのは自分だと気がついた。

 

女は起き上がった、ベッドから足を降ろす、と同時に小さいが鋭い痛みが走った、これが税ってやつねと女は呟いた。
水を張っただけの田んぼの水面に、月明かりがそのままに見えた、女の居る窓辺ではその光がレースのカーテンのように映し出されていた。
もう一人の自分が田んぼの水面の向こう側から覗いているように、女には感じられた。
梟の声に呼応するために女は歌った、小さく、誰にも聞かれないように、梟にだけ聞えるように。

 

もう二度と生まれ変わらない、と女は歌った。
だっておかしいじゃない、生まれ変わってまた人間になるわけがないじゃない、梟が梟になるわけがないのよ、青鷺も青鷺には宿らない、魂はどこかへ行ってしまう、散ってしまうのかもしれない、だから私はあなたにだけ今、話しかけているの、と女は歌った。
今しかないのだから、あなたしか居ないのだから、と女は歌った。

 

梟は言った、遠くから、梟が話すのを女は聞いた。
君の抱える鉄球を水面に落としてください。
そしたら水面の中の君は鉄球に叩き潰されるでしょう。
そうすれば魂は滅する、鉄球は水面の中でもう一つの月となる、そうやって君は月世界の住人となる。

 

女は、自分が両手で鈍色に光る鉄球を抱えている事に気がついた。
梟の声は女には赤い小さな丸、それが引き延ばされ楕円に変化したもののように感じられた、女は赤い楕円そのものを信じた、赤い楕円はこの世に存在し、それが闇夜を自分めがけて直撃する事を、その主観的事実を、ただ信じた。
赤い楕円は女の身体を通過し、遙か遠くへと伸びていった、音は、一度発されたら二度と回収できない、一度発された音はこの宇宙を飛び続けるんだという言葉を女は思い出した。
その途端女の手から鉄球が転がり落ちた。

 

鈍色の鉄球は、勢いよく水面に落ちた、鈍色の水音がした、いくつもの鈍色の玉が散る音がした。

 

重い、と女は思った。
女はベッドに横たわっていた、上から大きな鉄球が落ちてきたようだった、両腕でそれを抱き留めた、自分が汗をかいているのを女は感じた。
なんとか一命を取り留めたようだわ、と女は思った。
定住をするとそこに自分が居続けるぶんだけ、自分の質量が重くなると聞いたわ、と女は思った。
これは例え話じゃなくて、ほんとうのことだったのねと女はため息をついた。

 

だとしたら私は、だとしたらこの世は、もう月世界なのだわ、幾つもの魂が折り重なって作り上げられた場所なのだわ、と女は理解した。
私は二度と生まれ変わらない、けれど私はいつまでもここに存在し続ける、と女は理解した。
梟は死んでも梟のままなのだわ、青鷺は青鷺に転生し続ける、と同時に梟はもう同じ梟ではなく、青鷺も青鷺という種が居るだけで同じ個体には二度と巡り会えないのだわ、と女は理解した。

 

だとしたら私には、今の私は、やはり初恋をしている最中で、同時に寝たきりを体感している最中なのだわ、と女は思った。
女の内部で何かが変化し、鈍色の鉄球はその瞬間砕け散り、いくつもの赤い楕円の音となって女を通過し、そのまま地球の裏側へと進んでいった。

 

明け方、女は静かに寝息をたて、同時に、もうすぐ目覚めることを確信していた。