a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

パラノイア気質とユーモア

 

「北海道まで列車で旅をしたんだ、網走刑務所が見たくて、列車に乗っていたとき…周りの人間全てがじいっとこっちを見ているような気がして、目を閉じても視線を感じるんだよ、あれは怖かったなあ、ずっと視線を感じるんだ、人間全てが敵に感じたよ…感じたなんてもんじゃない…真理だと直感したというか…家に帰ってからしばらくしてもあれが続いて、周りじゅう宇宙人みたいに思えて、何か現実感が無くてな…中学出たらいつの間にか消えてたけど」

 

ああ典型的な、統合失調症思春期型だなあと思ったので父にそのまま告げた、父は渋い顔をしていた。
「あれがずっと続いたらと思うと…怖気が走るよ、本当に止んでよかった…ああいう病気はきついだろうね、ずっと恐怖心や猜疑心に苛まれるなんてな」
父は結構、見えない存在に肩を叩かれたり囁かれたりしている人なのだ、根源的には、自分の精神の内部に宿る自発的な光源を見つけにくい人である、だからいつも母を頼っている、だからこそ自分自身では信仰心が持てない事も理解している。
父のパラノイア気質は現在も内在している、だがこういう事に関して考えるとき、父の本性が病質的である、というのではなく父の一面が病質的であると考えるようにしている、相手が誰でもだ。

 

「隣の部屋の奴がさ…ピアノを弾いてるんだよ…ああ、話したことあるよ、すごく善いご家族なんだ、女の子と男の子の子供が居る…けどな、男の子の方を、俺は観たことがないんだ、ピアノは、多分その男の子が弾いてるんだよ…全然上達しないんだ、いつまで経ってもお馬の親子を拙く引き続けてるんだ…なんかそれが妙に怖くてさ、しかも大音量なんだよ…男の子には障害があるんじゃないかと思ってる、外には出さないみたいんだ、だから…言えないだろ、タブーに触れちゃいけないだろ、その男の子が大きくなったらと思うと、恐ろしいよ、俺、殺されるんじゃないかって…」

 

いや、父ちゃん、アンタも同様に恐ろしいで、話したらええやん、ピアノの音の件も、えらいすんませんて頭下げて穏やかに相談したらええやん、親御さんは確かにその男の子を隠してるのかもしれんが、障害もちでも良い子かもしれへん、それに殺されるったって父ちゃん、アンタもうええ歳やろ、さっきまで自分で死ぬ計画立てとる話しとった人間が何でこの段階で死ぬの怖がるんや、と私は軽口を叩いたが、鳥肌が立っていた、父の話に飲まれそうになったのだ。

 

…その時まさにピアノの音が聞えたからだ…

 

というのは冗談で、隣室は静まりかえっていた、でも実際その時にピアノの、妙に拙い永遠の繰り返しが聞えてきたら私も自分自身のパラノイア気質が芽を吹き、怖い!!!なんだかわからんが怖い!!!世間から隔絶された薄気味悪い男の子に殺されるかもしれん!!!という状態に陥るだろうと思った。

 

「集合住宅は、頭がおかしくなるなあ、だって知らないもんなあ、誰が住んでいるか、どんな人間が住んでいるか」

 

私は自分が社宅で体験した孤独感を父に話した、私も集合住宅自体が、人間のコントロールし得る猜疑心のパラメータを超えさせる負の働きを生じさせてしまう居住施設だと思っている。
だからこそ、隣接する住民とはやや強制的にでも顔を合わせなければならない、精神衛生上そのような法的基準を設けてやらねばならない、人間は人間が思うよりもずっと簡単な仕組みで動いているに過ぎないので、どのような他者が居るのか互いに知っていること、ただそれだけがもたらす平穏を、積極的に作らねば、精神病は増える一方だと思っている。

 

私が幼少期に猜疑心に苛まれなかったのは、自分のパラノイア気質に打ち勝てたのは、ひとえに教団のおかげである。
教団の人間は団地に散らばっていた、同じ棟にも存在した、彼等とのネットワークで、私は自分が「宇宙人の中に放り込まれた」と思わずに済んだのだ。
教団が善い悪いではなく、人間関係を強制的に繋ぐシステムに私は感謝している、教団に合わなくなって退団したとき、本当に全ての「他者を知る」機会が失われたように感じたし、これは半ば事実であると思った。
宗教というと、思想が一致しなければ集合出来ない…だから現在「パラノイア気質が芽吹いて」しまっている人は、教団自体が魔の巣窟のように感じ、恐ろしいと思う。

 

では思想上の一致無しに、他者と知り合える機会は無いのか。

 

父のパラノイア気質が芽吹きそうになったのは列車である、私は人間とはある一定の空間を保てないと、精神衛生上のバランスを失うような気がする。
その、ある一定の空間というのは集合住宅一部屋分では到底足りない、狭小住宅でも足りない、家一軒くらい必要なのではないかと感じる。
家が土地に対して100パーセントで建っていたら非常に苦しく感じるように、人間も個体の周囲に空間が必要なのだ。
そして空間自体を見て、どのような人が存在するのかが識別できると、知ると、何故か猜疑心が薄まるのだ。
家の色やセンスでどういう人間かある程度わかるため、私は最近恐怖心を感じないなと思った、知らないことが恐怖なのだ、知れば恐怖は和らぐのだ。

 

制服文化も、猜疑心を煽る一因である気がする、スーツも。
何故か、現代日本は感覚的に人の恐怖心を芽生えさせてしまう要素が強い。
誰がどんな人か、どういうセンスの持ち主か、ということが「一目でわかる」と言うこと、ただそれだけが非常に大切なのだと私は感じる、あくまで精神衛生上、これは重要なのだと思う。

 

差があること、互いに考えている事が異なること、思想や真理が異なること、それは自然なことなのだ…それをひた隠しにすることが不自然なのだ。

 

単一民族だからそうなるのだろうか?農耕民族だから?
でも単一民族であれ農耕民族であれ、個人は、昔から個人なのだ、個人の考えが他者と完全に一致するということ自体、そもそもあり得ない。
そのことへの諦めと、改めて他者を知る事への「違う」という批難ではなく、驚きを、求める文化が必要である気がする。

 

統合失調症を患い、死んでしまったKちゃんも「マンションの住民から監視され、私自身が皆に怖がられて嫌われている、だから部屋の外へ出にくい」と苦しんでいた。
病気ということに関しても、精神病だから狂っているのかというとそうではなく、生産的活動を行っていないから批難するのかというとそうでもなく、その人自身を知る努力をしないといけないと思った、非常に難しい事だし、私自身が隣人の目覚まし時計騒音で隣人殺しをしでかしそうになったので偉そうなことは言いにくいが、それでも当時の私がもう少し努力できた事もあるだろうと思う。
隣人に話をしにゆく努力だ、隣人に自分を知ってもらう努力だ、それを私は怠ったかなと思う、隣人が変化することではなく、自分が隣人を知ることで自分の感覚を…許容範囲を広げることは可能だったかなと思う…感情面では難しいが、それでも努力は出来たと思う。

 

一番難しいのは、パラノイア気質の人間ほど、パラノイア気質を怖がるという事である、敵だと認識してしまう事である。

 

その実、精神病患者を恐れているのは父のような危うい人間なのだ、勿論私も同様である、だから父と落ち着いて話せるときには私たちは非常に理解し合えるが、ひとたび癇癪を起こすと殺し合いにまで発展するほど…互いを恐れている。
人間は根本的に兄弟であるという認識は、先天的要因も大きいと思う、他者を怖がらないかどうかはその人の気質に因る部分も大きいだろう。
他者の為に、他者を助ける事で自分も助かるという認識が根付いて居る人は大抵優秀である、優秀な人が皆優しいとは言わないが、優秀であるということ自体、他者への柔軟性があるということに他ならない。

 

コレクティブハウスという居住施設がある、最近この存在を知った。
一見普通のマンション、でも異なるのは共同空間が充実していること、皆で食事する場所や、遊戯室が設けられ、食事の会や催しが開催され、住民らが自ら参加し、互いの認識を深めながら生活するという点に魅力がある。
タバコの煙や音も、知り合いなら許せてしまうものである。
きっと、大変なこともあるだろう、休日も食事会の支度を行う事になるのだ、他者と知り合うということは自分の時間を削る事でもある、実際ここに住むのは柔軟性のある人ばかりのような気がした、私のような人間には無理だ、と匙を投げたくなった…住む予定はないが、良い場所だと思う一方自分のキャパを超えていると感じたのも事実。
…ただ、私は、確かに人と知り合う努力を怠ってきた、騒音に耐えきれなかったのも自分自身の許容範囲を広げる努力をしなかった事がひとつの原因である。

 

知られることが何故怖いのだろうか、知り合うことは何故勇気が要るのだろうか。

 

私は昔から「自分の言葉が支離滅裂になるのではないか」という恐れがある。
このブログを読んでも「大熊という女が何を言っているのか意味不明だ」と感じる人も居るだろう、なんだか怖いと思った人も居ると思う。
現在これを読んでいるのは結局のところ、私のような人間を見つめる事に耐えられる、許容範囲の広い人かなと思う。
一方で私が魅力を感じるのは、日本語文法が独特に解体された言葉である。
憧れの先生しかり、とある女性詩人しかり、痴漢行為をされている女性を助けてきたとあるブロガーしかり、彼等の言葉の揺らぎに魅せられている、これには若干の恐怖心もあるだろう。
恐怖心すら、芸術的快楽になり得るのだ、日本語感覚的にはちょっと意味がわからないけどなんか今、まさに、揺れている感じがクる、というか。

 

恐怖心を乗り越える唯一の方法はユーモアを持つこと、意識してユーモアを持つこと。

 

父や私は恐怖心に流されやすい、流されてしまえばもう、病の領域にすぐ足を踏み入れてしまうだろう。
病気になった人が弱いとかではない、病気のほとんどが遺伝的要因である、でも本当に踏みとどまることが出来ないかというと、病気にならずに踏みとどまる「努力」をすることは可能であると感じるのだ。
人間が最後まで何かを選択出来るのだとしたら、ユーモアを諦めない、みたいな事だと思う。

 

私のようなひねくれ者が、コメディ演劇(お笑いではない、お笑いは笑いが主体だが…演劇は演劇が主体である、どのような悲劇的な場面でも嘲笑ではなくユーモアを持つことが出来ると感じさせてくれるのがコメディ演劇の魅力であり困難さなのだ…)が好きだと言ったら、それこそ怖気が走る人も居るだろう。
私は、自分を知ることには、正直であることが必要で、正直である事には恥をかく勇気が必要で、その先にはやはりユーモアがあると思っている。

 

さて、友人も足腰が弱い。

私と同時期に肉離れしている、しゃがむのが辛いとか骨が痛いとか、30代前半とは思えない爺婆ぶりである、この手の事を語り合える楽しさよ。

 

「もうこんな感じよ、服も着ること出来へんから、当然統一感のない部屋着姿になるやろ、んで杖ついて、足もうまく動かへんからよたよた歩くしかないやろ、んで、腰の肉離れもやっとるから連動して上半身もよう動かせん、道行く人がな…若いのに頭も身体もイカれとる…みたいな視線投げかけるんや、もうなあ笑うしかないで」
と言って不自由な様子をそれとなく再現して目をぎょろつかせている、私は笑った、友人も笑った、思い出し笑いするほどおかしかった。

 

さて、これは嗤いだろうか?それともユーモアだろうか?

 

私はユーモアであると言いたい、辛さや不自由さ、苦しみは、自虐的な嗤いにすることもできる、他者を貶めることも出来る、でもそれを重視してばかりで自分の辛さは「いつでも嘆いていなければならない」ものではないと私は思う、面白い話として笑い飛ばしてよいと思う、だからこれは勇気の要る笑いであると思う。
苦しみは恐怖を引き起こす、だから病はますます深くなる、それに加え、ユーモアが無いと虚無感しか感じなくなるのだ。

 

私は…私や父のような人間を本当の意味で救えるのは、友人のような人間ではないだろうかと思う、苦しみを笑いに変化させることの出来る人。
周囲を楽しくさせる事が、自然と行える人。

 

精神医学に欠けているものは、意味と、ユーモアである、だから友人には是非、切磋琢磨してほしい、演劇を頑張るということは果てしなく自分自身の為でしかないように思えるかもしれないが、私や父を助けて欲しい、模範となってほしい、恐怖や肉体的苦痛を笑う事が可能なのだと、これからももっと教えて欲しい。

 

というわけで、友人よ、誕生日おめでとう、笑えるおっさんになってくれ、私らパラノイア気質の人間のために、希望を与えてくれ。