a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

醜さへの寛容

 

蓋付きのゴミ箱の上に飯を置いて食っている奴が居た、しかも女だよ、信じらんねえ、無様だ、きたねえ、食べ物様は時に人間本体よりも崇高な存在なんだぞ、そもそもそこは通路だから邪魔だ、という独特の階級思考と暴力思考に私は一瞬で身体ごと飲まれた。

 

そのゴミ箱ごと、私は傷む股関節を無視して豪快に蹴り上げる、私の中の理想を保つための粛正行為を、私は想像した。
散らばるゴミ、ゴミ箱は安いプラスチック製だからばりんと音を立てて割れるかもしれない、床に転がるコンビニ弁当、蒼白になって硬直する醜いフロント係の女。
…ということは実際にはしない、ただ、私は自分の癇癪衝動を抑えきれない時がある、自分が醜いときなんかもそうだ、額から目頭にかけて電流が走ったようになる、いつか本当に「醜かったからかっとなって」自分が誰かに暴力を振るうんじゃないかと心配になる時がある、私の自殺衝動なんかもこれに近い、悲しんで静かに死ぬというよりかは怒りと諦めの発作として死ぬだろうなということを半ば体感している。

 

私は掃除婦で、彼女はフロント係としてここへやってきたばかり、仕事はほとんど重ならない、契約会社も別だ、だから赤の他人に限りなく近いが…物理的距離も近い、彼女とのこれまでたった数回の接触のその全てに、私は苛ついた、私は自分よりも醜い奴や自分よりも不出来な人間が許せないのである。
私はいつもビリだった、運動も勉強もビリだった、当然友達作りも…だからこそ私は徹底的に他人への関与を諦めていた、女の子の友達に縋ったりもしなかった、義務教育とは諦めを学ぶ場だった、自分よりも醜い人を私は見たことがなかった、父にも日々そう言われていた。

 

だからこそ私は正義感が強かった、そういう子供だった、誰かの勢力に加わったら…という事を仮定していないので、そもそも自分が惨めで醜いのを承知していたので、誰彼構わず意見出来た、非常に大人しかったのに誰かがいじめられていたら止めに入った、私の行為の意味は教師はもとより、周囲の自分と同じ歳の子供達にも意味不明に映ったようだった。

 

私は不思議といじめられなかった、私は失うものがないので、単に一人で居るだけだった、勿論私の立場を見て「あんな風にだけはなりたくない」と怯える同級の少女たちは沢山居ただろう、だから私は、人間が何故群れるのかいまいち理解できないまま大人になってしまった。
(このブログを読んでいても、私を痛い奴だなあと思う人は居ると思う、しかし私は自分がこう見られたいという像が欠落しているので、それをかまわないと思っている、これは決して客観性というものを楽観視しているのではなく…もっと正直に言うと、集団というものへの単なる諦めの結果である…)

 

私が一番理解出来なかったのは、いじめる側の心理だった、何故獲物を見つけて蔑むのか、何故汚いものに余計な干渉をするのか理解出来なかった。
しかし理解してしまった、ああ、これかあと思った、例えば冒頭のシーンが、どこかの寂れた街の馬鹿ばかり集まる学校かなにかで、暴力が集団に及ぼす影響の強い場所だったなら、私は構わずに彼女の弁当ごと蹴り上げたに違いない、股関節が痛くてもだ。
それを周りに吹聴したかもしれない、ゴミ箱を机代わりにして弁当食ってたよあのブス、という風に周りの人に面白おかしく話し、自分の発作的な怒りをなんとかして笑いに変換したい衝動に突き動かされ、自分を正当化するため、暴力発作をも正当化するため、集団で彼女をいじめたと思う。

 

自分の感じる醜さを、私は許せない、いじめが生物学的にも絶えることはないとされているのは、私自身よくわかる、自分よりも足手まといを見ると苛々するのだ、生物は優秀なものを崇めるように出来ている、これは非常に残酷で、大抵の場合私は自分こそが要らない人間なのだと痛感するのだ。
身体の不自由な奴、私みたいな集団に属せない人間、年寄り、こういう命は不必要なもので、淘汰されるべきという思想が私にも根付いている、これを動物的思考と言ってもいいかもしれない、自殺する奴や、一昔前まで行われていた楢山参りは、本人が謙虚だからという理由からではなく、独自の美学に基づいて行われている死の儀式だと私は思う。

 

私には憧れの人がいる、憧れの人と心の奥底で話すときがある、彼の事を先生と呼んでいる。
実際に対面する彼ではなく、本質的な存在としての彼と、私はまだ話している、心の中で。
「先生、私は醜い人を蹴り飛ばしたくなりました、だって汚かったんです、怒りが抑えきれませんでした」
存在としての彼は黙っていた、本質的な存在としての彼は決して優しくは無い、あまりに幼稚な人にはため息でしか反応しない、私の心の中の存在である先生は言う、空想の先生は言う、しかし現実の先生もこう言うだろうと私にはわかる。

 

「そういう加虐する心理を、悪事を…仮に思考の上ですら正当化するのなら、大熊さん、いじめも差別も戦争も終わらないだろうね、君とはもう少しましな話が出来ると思っていたけど」

 

私は現実には、ゴミ箱弁当をしていた女を侮蔑のこもったまなざしで見据えた、一瞬だけ。
そして素早く通り過ぎた、それだけである、その直後から彼女は私の挨拶には無反応になった、ゴミ箱弁当女はどうやらいじめられ慣れているらしい、と私は悟った。

 

彼女にしてみれば私は「加虐をしてくる人間」に仕分けされたのだろう、そういう種類の人間には関わらない、というその態度が、何か一貫している様子で、ああこれはいじめられ慣れてるんだなと瞬時にわかった、要するに余計むかつくことをしてしまう女らしい、余計醜くなるように振る舞ってしまう女らしい。
彼女とはこれからも顔を合わせるので、挨拶がないと、私の業務テリトリーが狭まるので非常に厄介だ、なのでまた、他の人にやったように挨拶に無反応な連中には多少高圧的に、笑顔で、挨拶を、返事が返ってくるまで行うという行為を私はするだろう。

 

ちょっと話が逸れるが、この仕事では、掃除婦は挨拶を無視されるのが半ば普通の状態であることも明記せねばならない、それに対し諦める空気をこちら側が出すことは、こちら側の人格ごと見下すことを許可する行為になりかねないということなので、私が独特に高圧的になるのも掃除婦というひとつの集団にとっては、私が繰り出す挨拶というものそものが、仕事上のやり取りをする上で確かな利益になっているという事実も書いておかねばならない。

 

しかし、話の軸はそこではない、私が乗り越えねばならない物事、それは、他人の醜さに寛容になることである。

 

今回の(精神面での)出来事は、私が他者に不寛容だから起こった反応であって、彼女個人がゴミ箱弁当をしていたからとか、職業的な階級差とかいう事は論点ではない、私が「自分よりも醜い人に対してどういう思考、振る舞いをするか」が問題なのだ。

 

私は父に何故怒られるのか、何故父の癪に障るのか、何故私がただそこに居るだけで邪魔者扱いされるのか長年理解出来なかった。
いつも父に怯えていた、いまでもM氏の帰宅時の、ドアを開けるその音にビクっとなる日もある、この怯えは拭い去れない。
私は父へ毎日挨拶するのだが、怯えているので余計苛つかせるだけである、私の顔は歪み、斜視は余計酷い斜視となり、150センチの身体をさらに小さく丸めて父からの侮蔑の視線に耐えるしか無かった、無視などしようものなら鉄拳が飛んでくることを身をもって知っていた。

 

父があの時…というか父がずっと耐えていた苛立ちを私は理解しはじめた、お父さん、やっぱり私もあなたの娘なんだ、私もね、あんな汚い食べ方をする女が仮に自分の子供だったとしたら、目が合う毎に手をあげただろうね、どんなに小さくてもボコボコにしただろうね、お父さん。

 

突き詰めると加虐的な心理すら、軸には歪んだ美学があるのだということもわかる、ナチスのやったように、正当な民族が存在するという思考も突き詰めると単なる主観的な美学である、と私は思う。
私自身の内部にすら、このような加虐的な思想の切れ端はいくらでも見つかるのだ、世の中に存在する醜さは排除せよ、という思考が私を取り巻いているのだ。

 

被差別的な血族に属している子と、大昔に付き合って居た、「俺は在日だから」と彼は事あるごとに言っていて、ある日それこそが彼の美学だと気付き、それから私は彼を秘かに羨ましく思っていた、個人では終始しない集団性のある美学が、彼に根付いているからだった、思考的な意味でのねぐらがあることへの羨望である。

 

在日というのが何だかわからない、身障者というのもなんだかわからない、私も乳児検診で漏れさえしなければ身障者だったかもしれないのだ(漏れるなんてことが起こりうるのだね、それ自体はラッキーな経験だったかもしれない)、そのカテゴリーに属しているという意識が、私の軸にすらなり得た、美学にすらなり得た、障害や差別が美学にすらなり得た。
…私は正直な気持ちを書くことをモットーとしている、これを読んだ被差別側だという意識の人が傷つくとか、どうだこうだとか、他者の視点で書くのは無意味だと思っている、何故なら…嘘になってしまうからだ、書いていることが思いやりばかりだと嘘にしかならないからだ、私はそれこそを悲しいと思っている。

 

芸術の分野でも、自分だけのカテゴリー、理念、美学を自分の為だけに突き進む人が多く居る、彼等の技術がどんなに優れていても、彼等は私から見るとたんなる凄い人でしかない、どんな凄い絵だろうが詩だろうが、さして美しくはないのだ、こうしたことをあえて書くのも、私こそがそういう自分至上主義な人間でしか無いと、今回の事で痛感しているからである。

 

話を戻そう、私が感動するのは「自分よりも醜い、劣る人」を、「助けたい」という意識が根底にある人だ、そういう稀な人は、本当に美しい。

 

手の届かない精神性を帯びているように感じる人が、私の憧れの人である先生の他にもう一人居る、とある女性詩人である(たぶん女性、私はその人の事をほとんど知らない、詩や文章以外のその人を知らない)。
こういう想いに、憧れる気持ちには男女差は無関係なのだと私は知った、私は何の気なしに詩の投稿サイトに昨年末、少し投稿したが…たぶんこれは彼女を発見するための行為だったのだとわかった。

 

現実の人々を空想上で華美にしているだけなのではないかと感じる人も居るだろう、そうかもしれない、けれど本質的には構わないのだと今は思う。
私は自分の美しいと思う行為や、人格や、芸術の在り方を、先生や彼女を通して発見したのだ。

 

こうした敬愛の気持ちや、美の理想は、自己完結的であってもよい、直感は個人でしか感じられないと私は思っている。

 

彼女の場合は、言葉というものをほとんど解体している、日本語が彼女の手によってばらばらにされ、彼女は独自のアクセサリーでも作るみたいに自由に組み替えて煌めきを発している…彼女が普通の人ならば、彼女は満足しただろう、自分の技巧を高めるだけで満足しただろう。
彼女の発する言葉や、イベントという行為の中に、何か利他的なものを感じるのだ、彼女からしたら自分よりも下手な(だって、実際彼女ほど言語に長けている人はそこまで居ないように感じる)人を芸術に於いて助けたいとか、共有したいと思えるのか、どうしたらそんなに美しくなれるのか、私は彼女に聞きたい。

 

自分だけで何かを突き詰めてゆくことや、一つの集団やイデオロギーに傾倒することは実は非常にたやすい、一番難しいのは、美というものが本質的には相互作用であると、真に体感し、だからこそそれを広める行為を実際に行う事なのだと思う。
他者を見下さずに、である。

 

私は本当に乳児検診で股関節脱臼の件が漏れてよかったと思っている、下手に身障者のカテゴリーに入れられて区分されていたら、自分の人格形成が多分いつまでたっても「私は身障者だから」で止まっていただろうから(まあ痛みはあるが歩けているので身障者にはならないだろうが、異常のある事は確かなので仮に、の話である)。
これはカテゴライズが悪いのではなくて、身障者が悪いのでは無くて、何を隠そう私自身がそういう奴に過ぎないから、カテゴリーやイデオロギーに甘えてしまう奴だから、である。

 

カテゴリーを超え、他者の為になることに、自分の芸術性が注がれていること、自分の芸術性の昇華が他者の為になっていること、自分よりも劣る人のため、世の中や宇宙のためになっていること…これが現在行動として既に出来ている彼女や先生が万能だとは言わない、彼等には彼等なりの残酷さがある、それでも、彼等の他者への行為は残酷さを打ち消すほど、強い力を帯びている。

 

変人さんもそうだな、フンドシ一丁で結婚写真を撮るくらいだから、下半身の抑えがきかない性質も丸出しである、でも、基本的に彼もまた、芸術が相互作用であると知っている、だから芸術家を発掘し、育てるためにギャラリーを立ち上げたりしたのだ。
友人も…あんなに沢山の子供達…要するに自分よりも劣る存在を助けたいと願っている、この友人の願いは独特で、対面していると空気まで揺れるのを感じる。

 

つまり私こそが、許されている側なのだ、いつも他人から許されて過ごしている。
私は他者を許せるだろうか?醜さを許せるだろうか?敬愛や平和は、本質的な部分での相互作用だと、本当に理解できるだろうか?

 

私は美しくなりたい。