a.oブログ

詩や創作文章を公開しています。

正夢探し

その世界は常に存在していて、扉さえ開ければすぐに到達出来る。

2013年に見た夢だ、正確な年をようやく思い出した。

 

・・・

 

夢のなか、木漏れ日に照らされ、私は歩いている。
夢で風を感じるときというのはかなり心地よい状態の時だ。
砂砂利から石畳、程よく整備されたアスファルトへと道が独自に変化した。
古い教会のような建物に私は入る、広い庭が真昼の日差しを受け、緑が鮮やかに輝いているのを視野の外側で私は認識する。
内部は静かな音楽が流れ、窓からは草の香りがした、私は誰に促されるでもなく、目の前の木製の机に向かって座った。
手のひらを見つめていると、アンモナイトの化石が出現した。
それを日の光にかざすと、なんとも言えぬ幸福感に包まれた。
このアンモナイトの化石を、共に見ている人も居た、優しい視線を感じた。
建物の中には10人から20人ほど、人の居る様子があった。
会話しているらしい人々もいた。
不思議と何の違和感も閉塞感もなく、調和していた。
自分の快楽や美、心地よさが、他者とも調和出来るということを夢の中で体感した。
性的な要素は一切無いが、私にとっての快楽の根源、至福の状態、到達した状態、のように感じた。

 

夢の中に時間の流れがあるのだとしたら…
あの建物に居る人たちは、日が傾き、やがて夜になっても…
今度はロウソクを灯しながら、静かに星の美しさを語り合うのだろう。
中には家へ帰る者もあるかもしれない、あの静かな街を出て、石畳を越えて、砂利道を突っ切り…
いつの間にか現実に目覚め、夢の中で会った事も、夢の中のあの建物へいつでも行けるということをも、忘れている人も居るのかも知れない。

 

・・・

 

目が覚めたとき、私は多少の切なさを感じた。
夢の中で確信的なひらめきがあった、自分の美を信じて良いのだということを私は直感していた。

 

しかしどうしてよいのかわからなかった、現実的に芸術面での話が出来る人を、私は友人以外に知らなかったし、友人は外面は明るいが、性分としては精神的引きこもりの性質が強いので、いくらこの手の話がしたいからとはいえ、頻繁に連絡を取ること自体が躊躇われた。

 

2011年、津波のあったあの年に、私はセックスに溺れていた。
セックスに溺れるという表現になるのは、セックスでしかわかり合えない相手と過ごしていたからだ。

 

その相手と別れてから、品行方正に生きると決意していた、M氏は私に対しては性的に不能だが、少しでもM氏に沿うような人間になろうと決意した。
しかしもう手詰まりだった、何か自分の支えが欲しかった、仲間が欲しかった。

 

そんな折、この夢を見た。

 

私は自分の外側に、現実世界に、この夢の断片がありはしないものかと、探すようになった、はたから見たら馬鹿げているだろうが、私は本気だった。
何でもよかった、街並み、自然風景、あの調和した世界の断片、居場所のようなものを私は探した。

 

何か軸があれば、私は品行方正に生きられる、私のセックスというものは悪である。
私がセックスをするということは、誰かの関係や何かを壊しているのと同義であり、しかも自分自身の孤独が癒えることも無い、どうしたらよいのか必死で、正体不明の何か、夢が現実に繋がる要素を見つけようとしていた。

私が仮に独身であれ、私が恋愛をすると、必ず何かしら軋む感じがあった、それほど、私の性の面というのは元来何かが歪んでいるのだ、だからもうそのような物事を避けたかった、そしてあの夢にも、性の面の無い快楽が現れていた、それを探したかった。

 

夢で教会が出てきたのを元に、現実の教会へ足を伸ばしてみることにした、信仰があれば品行方正に生きられるかも知れない、そんな気がした。

 

既に生理は止まっていた、欲情する事自体が恥のような気がしていた、暴行された事があるというのに欲情するということ自体、不自然でグロテスクな気がした。

私は自分が醜く、直視するのが耐えがたかった、それを乗り越えるには祈りが必要な気がした。
誰かに自分のこういった面を見せるのは失礼な気がした、恋をする相手というのは、自分の美しい面を好きなだけであって、底なし沼のようなおぞましい部分は見たくもない、駄々をこねないで欲しい、それが他者というものだと私は思っていた。

 

何故教会なのかというともう一つ理由がある。

 

私があの教団を11歳で辞めたとき、理由はマリア像だった、何かの図鑑に載っていたその像の美しさに見とれていた。
偶像崇拝の最たるものだと母にも言われたが、私には、美醜がこうも、その人の視点により変化する現象であるという、その手本ともいうべき出来事だった。

 

価値観というものが…一枚の紙に書かれた文章の上では、その価値観がその用紙に於いては軸であるが、上からはらりと舞い降ちたもう一枚の紙に於いては、また別の美が、別の軸が存在するのだということ…幾億千枚ものそれぞれの用紙に、それぞれの理論や美が記されていて、そのどれもが許されているという私の夢想。
この夢想を体感するには聖母マリアのおわしますカトリック教会へ、一度は通ってみたいと思っていたのだ。

 

というわけで当時、四谷の教会へ行き、講話を受けた、4月から1年かけて信徒となるべく宗教講話を受けるのである、これを受けないと洗礼も受けられない、組織の一員にはなれない。
…しかし3回ほどしか通わなかった、老神父の穏やかな声も、聖書の読み方も、私の頭には一切入らず、睡魔に負けたのだった。
私は授業と呼ばれるものを、眠らずに受け切れた事が今までの人生で一度も無い。
勉強が出来ないのも、理解度はおろか、そもそも寝ているからである…眠りについてどう立ち向かったらよいのか皆目わからぬというのが正直な気持ちだ。

 

寝ている人を失礼だと見なす人も居るかも知れないが…寝る側としては、自分からこうして書き出したりするのは好きなのだ、自分から何かやるなら寝ないのだ、昼の間は起きていられるのだ、もちろんその自発的な行いが、誰かの役に立つかというと残念ながら答えは否である、それも自覚している。
本当に自分が恥ずかしいが、こうした講話で寝ないで居る耐性はどうやったら身につくのか心底知りたい、知りたいが、それを身につけるための講話ですら眠るだろう…駄目な奴は何をやっても駄目なのである。

 

話を戻そう、自分の寝息が、四谷の閑静な一室に響き、これから信仰を貫こうとする方々の邪魔をしているなと感じ、その場を後にした、呼ばれていないとはこういう事だと身に染み、その後一切通っていない。

 

…ではあの夢の断片はどう探せば良いのだろう?
私のおぞましい部分や、セックスや恋に関する私の持つ傍若無人さを、どう扱ったらよいのだろう?
何を軸に私はこれからを乗り越えてけばよいのだろう?

私の美を、手のひらのアンモナイトの化石は、一体どこに在るのだろう?
この世には無いのだろうか、あの新緑の静かな街、調和した午後も、この世には存在しないのだろうか?

 

そうだよ、あれはただの夢、そう語りかける思考の囁きも確かにあった、当時住んでいた街を私は好きではなかった、住んでいた場所も、周囲の人も。

 

途方に暮れた私はその頃からPCにへばりつくようになった、何をしていたのかというと、グーグルマップをひたすら見ていたのだ、本当に毎日。
グーグルマップで行けるところなら、モンゴルでも日本でもサンフランシスコでもサンパウロでも何でも、何処でも、目視し続けた。
その場所と、自分の当時の住処とが、本当に三次元上で繋がっているのを絶望とも感嘆とも言えぬ気分で私は見つめていた。
しばらくは世界の遠くを見て、それからだんだん近づくということをやった、横浜と多摩とか、地理的にも近くで、あの夢の場所が存在しないものかと私は半ば苦しい気持ちで探すようになった。

 

グーグルマップ上で見て心地よさそうな場所でも、行ってみると空気の違う場所はかなりあった、車のスピードが住宅街でも強引なほど速いとか、路上から発生源不明の悪臭がするとかそういうことだ、それだけで惚れた気持ちが萎れてゆくものだ。

 

原則的には土地と人間との区別は私にはあまり無いのかもしれない。

 

この手の小規模な探索にM氏は付き合ってくれた。
友人とも散策しながら歩く、友人と私との付き合い方は基本的には散策遊びである、たまに勘違いしている人が居るが友人と私は恋人関係ではない、10年以上散策遊びと芸術とで互いに繋がっている仲である。

 

私は元来住処を探していた、どこかに自分が惚れることの出来る、そして惚れている自分を包み込んでくれる度量のある土地があるはずだという…約束の地への願望が強いのだ。
それとあの夢とがいつの間にか強く繋がるようになっていた。

 

扉を開ければそこにいつでもある世界、それが芸術の世界だという話を最近聞き、ようやくあの夢が正夢だったのを知った。

 

この夢を見た時期を含め、5年ほど光の無い苦しい時空間で過ごした。

 

その時期のことは辛く、しかし辛いと書き連ねるには私は恵まれているので、だからこそ吐露することもやはり憚られるので、割愛(うむ、全然愛でている訳では無いが、書き連ねたい気もする部分なのでこの言葉を使用)する。

 

 

今私は約束の地に居る、その土地の一部となっている、木漏れ日の道を抜け、居心地のよい木造の建物をいくつか知っている、そのうちの一つに座している。
手のひらからアンモナイトの化石が生じる日もあれば、そうでない日もある。
静かな音楽、心地よい人間関係。

 

まだこの世に、私が惚れ込むものや、居場所と呼ばれるものは生じるのかも知れない、まだまだですよという変人さんの声も響く。
性の面を直視すると決めた事も、私には近道だった、現世では未消化なまま私は死ぬのかも知れないが、それでもあの夢の場所はあそこに在り続け、こうして私はいつでもあの扉を開けて、中に入る事が出来るのだと、もう、わかっているから。

 

友人と友人で居続けている事や、先生に出会えたこと、変人さんを探し当てたこと、春の小川は美しく、それらが私には嬉しい。

 

私は夢を覚えていて、それを大事に、内部の宝石のように扱っている、こうして文章化すると夢が結晶化するのだ。


誰かの見た夢は、どこかで、現実として立ち現れているのかも知れない。
誰かの見た美しい夢は、悲しみをも包み込むのかも知れない。
誰かの見た確信の宿る夢は、現実の軸にすらなるのかも知れない。

 

美が実在すると教えてください、毎夜見る夢よ、白鷺の背にふわりと飛び乗り、画面上で世界を一周して家へ辿り着く私の、自宅という確かな場所の、その鍵であってください。

 

陽光が心地よいので、私は、アンモナイトの化石を手に、眠ろうとしている。