a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

私は卵を産みました

 
絵は予想より早く完成した、完成は静かで、今回の宇宙にはこれ以上の設定は重ねてはならない、そんなメッセージが視野に現れる。
言語としてではなく、白い世界が広がるのだ、白い階段を私は上がりきったのを知るのだ。

 

まだ気づくべき事がある気がした、髪の毛が数本だけ引っ張られているように感じた。

 

不意に、ああ、これは私は、出産をしたような気分だなと思った。
「私は卵を産みました、絵は卵です、私はこれからも、卵をいっぱい産みます」
私はそう連絡した、根本的には誰宛でもよいのかもしれない、神様宛だったのかもしれない。
そのとき、体内で…心の中で…何かとても幸福な色が広がった。

これは何色だろう?

 

今まで、私は母性を抑えていたのだ。
実際に子供を産まない人生ならば、母性に関する感情や欲求を抑えねばならない、表に表さないようにしなければならない。
見苦しいから、叶わないものにへばりついているようで醜いから、出してはならない。
本当に子供を産むことも、経済状況と私の性格から、親からも止められていたのだし、こういったことは閉じねばらない。
人様に見せてはならない。
そう思っていたのだ、私がそう決めていたのだ。

 

私は母性本能が強い。
では子供を産むのかというと、そうではないのだ。
相反するように破壊衝動も強い、自己肯定感がこの種の本能には不可欠だ、自己肯定感がなければ、本当に子供を育てることなど不可能なのだ。
ただ、本能が消えることは無い。

 

私は作成した絵はいつも捨てていた、というか完成させられなかった。
自分の泥がついたような絵は、美しくもなく、いつもボコボコにして可燃ゴミに投げ入れていた。
唯一残っていたのはデータ保存していたイラスト類だけ、それも一時期のものだけ。

 

私の絵を、好きな人と嫌いな人が居る。
私の絵は私本人と共に供される場合、大抵は受けがよいが、それでも見るだけで疲れるという人も居るのだ。
それが父だった。

 

絵を描いているときは言語野が閉じている。
私は本当に無口な子供だった、無口で動かない子供だった、そのくせすぐ泣いた。
その態度が、その態度の中に、父本人が見たくないもの、父本人のコンプレックスが内在していたのだ。
汚い汚いと言われていると、そのうち本当に汚く見えてくるものである、私は自分の絵が汚かった、今でもぐらぐら揺れている、美醜は同一だから。

 

でも描かずにおれない衝動だけはくすぶり続けていた。
そうやって何重にも、創造するということに関する欲求は封がされ、それでも質量のある衝動となって私を襲う…

絵の根源は癇癪であると私が認識していたのも無理からぬ事なのだ。
暴力衝動も強いので、確かに癇癪も、絵の一部である。

 

でも…今朝、私は「絵は卵です、私は卵をいっぱい産みます」と、宇宙へ宛てて連絡したそのとき、絵の根本は母性本能であるということが、私にとっての内的真実であると気がついたのだ。

 

母性本能こそが私のタブーだったのだ。

 

私は卵を産むよと口にしたとき、どうしてか、涙が止まらなくなった。

 

そのまま仕事に行き、ベッドカバーを引き剥がしながら私は堪えきれず密かに泣いた。
なぜ泣いているのかもわからなかった、涙は昨夜誰かの寝たシーツに滴り落ち、床にも落ちた、床の分の涙はそのまま部屋に残る。
でも…哀しみの涙ではないような気がした、悦びの涙のような気がした、だから大丈夫だと思った、涙がいくら染みこんでもこの部屋は綺麗だと思った。

 

無意味な創造を、無意味な母性を、いつも、自分自身で卑下していた。
客観的に見て不必要なものを、いつも抑えようとしていた。

自分の母性を、私は人生ではじめて許したのだと思う。
産むという言葉も、表面上の身体的な意味では追いつかないほど、暗く優しい、樹齢33の自分自身の洞の奥底から、響いてきたように感じた。

 

絵は、絵のイメージは、実在しない。
トラウマや父からの罵倒ももう実在しない。
貧困も最早実在しない、でも自分の不出来さや、貧困の恐怖だけはいつまでも実感し続ける。
そういうものと、絵の快楽は同一なのだ。

 

妄想や過去、直感、そいったものから、美や説得力までもを引き出すのが絵の快楽だ。
そして絵は、描き上げれば実在する。
ただ絵を描くという行為そのものが、時間をかけて妄想と対話するということとほとんど同一であるので、客観的に見て無駄である、無意味であると、私自身すら思っていた。

 

そして私の母性も、実際の身体面よりも強く、この妄想の世界に深く根付いている類いのものであった。
だから余計、不必要な贅肉のように、醜く、何よりも発露してはならないものであるという認識だった。

 

実際に子供を産むならともかく、妄想に臍の緒のつながっている母性を、自分自身で許してはならないと思っていた。
整合性がとれない、実体のある赤ん坊を産む気も無いのに、妙な勢いで生い茂る気持ちだけの母性を、隠そうと思っていた。

 

身体的に本当に子供を産んだら、私はきっと父のように、子供の中に自分の醜さを見いだして、ボコボコに殴るだろう、ゴミ袋に入れて放置するかもしれない。
殺すかもしれない、私は虐待する人間の気持ちがよくわかる、自分を肯定出来ないのだ、そしてそれは最早大人になってから対処するには手遅れなのだ。

 

だから余計に、私は母性本能を持て余していた、矛盾するからと封印していた。

 

でも絵を描き上げたとき、私は産みだした悦びを確かに得た。

母性本能を、身体とは矛盾するこの悦びを、そのまま発露しても許される気がした。
私は卵をこれからも産むよ、これからも絵を描くよ、卵は、呼応があったときに孵化するんだ。
これからもいっぱい卵を産みます、この言葉を私は自分に許した。

 

絵を目の当たりにする人は…先生は、ともすると私を、哀れむかも知れない。
でも私は、絵を描き上げたときも、今も、すごく嬉しかったよと心の内で返そうと思う。
絵の完成が卵なら、どうりで制作中に性衝動を感じるはずだ、どこから直感がやってくるのかようやく見えてきたのだ。

 

この類いの母性本能を、性衝動を、許してくれたのはあの人。
私はずっと、母性本能を許したいと思っていたよ、卵を産みたいと思っていたよ、こういう瞬間を待っていたよ。
だから私は宇宙に向けてまた言うよ、これからも卵をいっぱい産みます、絵は卵です、私は卵をいっぱい産みます。

 

母性本能で絵を描きます。
それが私の絵です。
私の卵です。

 

心の中の景色が明らかに変わったよ、これは何色だろう?

とてもあったかい色だよ、幸福の色だよ、卵の色だよ。