大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

ひとりごと(暴力)

 

暴力は必要だと思ってるの、矛盾を愛するには暴力は必要、おかしい?

 

男の暴力性を、私は忌み嫌ってたよ、父親がさあ、暴れてたの家で、そしてよく髪を掴まれて引きずり回されていたよ、あの団地で。
だって学年最下位の出来損ないのくせに、努力しようともせず、内面をただひたすら…作品を仕上げるというのではなく…放出させているだけの娘はさ、はっきり言って穀潰しじゃない?

そりゃ体罰加えるのも当たり前と言えば当たり前。

 

ただね、父親も自分の矛盾を消化出来ずに居たクチじゃないかな、社会的な理念というやつが、どうにも肌に合わずに、いつのまにか、自分の決定打無しに繁殖してしまってて、何が何やらわからないうちに人生が進んで、何が何やらわからない絵を家の壁に描き殴られていて、だから他者を殴らずにはおれなかったんだよねえ…。

 

え?
いや、そんな奴そばに居て欲しくないよ、早く死ねと今でも思ってるよ?
私が父親に拘るのが滑稽?
だよねえ、そうだよねえ、二十歳の頃に家を出たんだよ、まあ出戻ったりしていたけれど、そういやその時にも両親はセックスしてたねえ。

 

両親はさ、男女としては凸凹が合致していたよ、そんな二人が寄り添って生活している様はまさに夫婦だった、オナニーするくらいなら目の前の凸凹に自身を合わせた方がずっと気持ち良い、だからセックスする、セックスしているときに身体が本当に完成すると、互いに思っているようだったよ。


思いやりで抱いたりなんてしない人たちだよ、母は心底父に惚れていた、母は少し馬鹿だから仕方ない、だからこそ母が賢いのを私は知っている、嘘は生命の燃料を無駄遣いするだけだってこと、体現してくれていたから。

セックスのときの父は、優しい様子だった、まあそういう奴なんだろうね、ナイーブだという自分を許せるのは母とセックスしているときだけだったのかもしれない。

 

あの団地の部屋にはいつでもサザンオールスターズが流れててねえ…

それを雑音にあえぎ声を消していると思いたい様子だった、サザンの曲は食事中や何気ない午後、正月、つまり常に流れていたから、あれを聞くと私、両親がセックスしてるのを思い出すんだよ、でもそんなに嫌な思い出じゃないんだ、父親が優しそうな表情を見せる、唯一の時間だったからね。


私は二人を観て、いつか、自分の事を、自分の矛盾を許してくれる誰かを夢想して、オナニーしていたよ、今思えば5歳くらいにはもう達してた気がするけれど…私の子供時代は長かった、だって今でも続いてるんだもん、おかしいよねえ。

 

絵を描くなんて事は、単なる放出、排泄みたいなもんよ、このブログと一緒。

放出を、誰の視線も関係なしに『完成』させたいという欲求が湧く人こそが、本物のアーティストだと思うよ。
誰かに見せるため、伝えるため、社会的な成功、技工の達成、そういう些末な事に作品の完成が向いている限り、それは単なる創作好き、放出好き。
だってそうでしょ?
何かを発散させたい欲求なんだよ創作なんてものは、それは運動好き、カラオケ好き、話し好き、浣腸好き、それらと一緒、アーティストなんかじゃない。

 

両親はね、サザンを聴くとトランス状態に入るらしかった、うっとりしていた、いつでもあの音曲でうっとりできる体質らしかった、つまり彼らは鑑賞者だった、骨の髄まで。
だから発露させるしかない苦しみ、などはわかるはずがないんだよ。

私が世の中への反抗のような心理状態に…ごくごく幼い頃から陥っていて、それが絵に向かっているに過ぎないと考えている様子だった、だから止めさせた方がいいのではないかと、時に母すらも思っていた様子だった、それほどに彼らにとって汚い絵を、私は描いていたからね。

 

私は寡黙な少女だった、多分老婆になっても寡黙な少女のままだろうよ。
これが世界各国共通の認識なのかわからないが…寡黙さというのは従順さと履き違えられることがよくある。

私の容姿と、寡黙さが、対面する人に勝手に、言うことを聞く、性的な面でも自ら男にしゃぶりつくというよりかは、男の欲求に戸惑いつつ受け入れるというイメージを与えるらしかった、これは昔から、この落差のために付き合い始めてから逃げ出した奴等も居るなあ、笑えるよね。
けどまあ、女は鋭いからねえ、私の外見と内面の誤差を見破るんだよ、不気味がられる事も多々あった、嫌われることもあったな…。

 

この不気味さが、私を周囲から浮かせ、私は、どういうわけだか幼児性愛者の餌食になってしまった、ああ無情。

 

家に帰っても、父親が怒るから絵が思うように描けない、外は怖い、そのどちらにも暴力があったよ。

暴力の無い世界を夢想して私は暴力場面満載の小説を書いて、その世界に逃避していた、あ、長くなるからこれはまた別の機会に話すね。

 

最近男と寝るようになってから、私は暴力の思い出を、苦しみの思い出を、生きているうちに、乗り越えたいと思うようになったんだ。

 

私は髪を引っ張られ泣いていた、それにめげてしまった、挫けちゃったよ…すっかり負けたんだ、意地も根性もないから、怖くて描けなくなったんだ、父の目を気にして絵を描けなくなるなんて事に、陥ってしまった、わかってるんだ、私はアーティストではない、でも私は絵を描きたい。

 

髪を引っ張られ、動けないようにされ、尻を叩かれ、時に罵倒され、踏みつけられ、泣いて懇願しても許してもらえないその時に、私は、それをしてくれている男の、肌を合わせている男の睾丸に涙を流しながらしゃぶりつき、それから一方的に膣にペニスを突き刺され、達するんだよ、その時に相手の男の存在や暴力を、心底愛するのだと、もうわかっているんだよ。

 

だって暴力を、身体が泣いても、それでも欲するとき、心身がバラバラになるそのとき、自分が最大に矛盾する瞬間、私は、父の怒鳴り声を無視して、我欲のためだけに、自分の理念のためだけに、また壁に絵を描き始めることが出来るって理解しているから。

 

だから、矛盾を感じさせてよ、ねえ、どうかお願い、そして私はその人こそを、可愛がり、子供のようにあやすだろう。

 

暴力は悪だという風潮が強いよねえ、でもねえ、私は真逆だと思うんだよ、暴力は男の持っている最大の慈愛だよ、あれこそが自己矛盾を肯定する要だよ。
だから暴力性を無視したり抑圧してはいけない。
それでは誰も救われない。
私は救われない。

 

私に暴力を振るえるのは、内面を発露させることで何かが昇華すると理解している男、きっと鏡を合わせたように…それを体感できる、寡黙な少年だろうね。

 

寡黙な少年に私は虐げられ、許しを請いたい、それでも許されないその時に、私は自分の矛盾を許せるんだよ。
殺されたいと口にするその時に、殺すぞと言われるその時に、首を絞められながら私は達するんだよ、私は私自身を許せるんだよ。

 

その時に私は生き返るんだ、その度に私は死んで、生き返るんだ、そして父親に打ち勝って絵を描くんだ、それを寡黙な少年と、私は語り合いたいねえ。

 

暴力は慈愛で、生き返るための鍵、矛盾を許すために必要な力、これが最近の私の、思っていること。