a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

風景の臍【概念】

風景には臍がある、歩いていると一定の間隔でカタルシスを感じる場所に行き当たるような自然の仕組みが、地形には施されている、それを風景の臍と私は呼んでいる。


風景の臍という言葉は、私の、風景に対する褒め言葉である、歩いていて幸福を感じる瞬間、煌めきを感じる瞬間、それは自分自身の体調などの理由よりも風景の臍に自分が足を踏み入れた事なのだと私は思うのだ。

 

風景には二種類ある、目に見える表面上の地形の高低差や周囲の色、もう一種類は湿度や、目に見えない高低差や流れである。
臍の場の場合、景色の美しさと、目に見えない高さ、暖かさを感じる。

 

一方、実際は坂の上にあるのに、その場所にいざ立ってみると身体が沈んでゆくような感覚があったりする場所を谷と密かに呼んで注意している。
なぜなら谷の場に私の育った団地はあり、その団地の一室で父は頻繁に癇癪を起こしていたし、隣り合うように建てられた都営住宅は自殺の名所だからだ。

 

谷の場が、人を豹変させるのではないかと思うときが多々あった、人間は自分が思うよりもずっと周囲の環境に支配されている。

もし私たち一家が別の場所を住処としていたら、父は癇癪を起こさなかったのではないだろうか、性的暴行もここまで起こらなかったのではないだろうか、加害側の人間も、他の場では落ち着いていられたのかも知れない等と、私は思う。

 

私は何気ない場所を歩くのが好きである、道一本逸れただけで、目に見えない高低差に変化が生じたりする、この種の話は書いている本人の感覚の話でしかないので、本人しか理解できない感覚だと思うかも知れないが、意外なことに友人と一緒に歩くと、互いに感覚を共有出来たりする。

 

景色の話をしながら、怖がったり楽しくなったりしながら、ただ歩いているその瞬間に、自分が地面と一体化するのを感じるのである。
その瞬間に私は地面から生えてきた水の塊のような状態になるのだ、意志というものが、ほとんどただの小さい音のようなものでしかないという確信が私を貫く時、私が自分という個ではなくなり、地面と溶け合うその時に、私は自分が、風景の臍に足を踏み入れた事を知るのである。

 

こんもりと茂った里山のすぐ下を、高速道路がうねるように走っている、だからこそ雑木林は一層人の手から離れた未知の場と化す。

私は東京都下の人間なので、人工物と自然との対比、この両者の力加減の五分五分な状態にこそ、和やかさを感じるのだ、哀愁と言っても良いかもしれない、暮れなずむ薄紫の空の彼方に、どこかへと続く道路の頼りない灯りと、すぐそばの真っ暗な木々の山、無人の家屋、そういった景色に愛着があるのだ。

 

まさに一身上の都合で、この10年ほど都内の西から東へと住処を転々としてきたが、たまに友人に会いに西へ赴くと、谷の場の多さに驚く時がある。

つまり哀愁を感じつつも全く気を抜けないのが東京の西部である、鬱蒼とした里山には愛おしさと恐ろしさの両方を感じるのだ。

 

「高速道路のすぐ向こうのあの雑木林の中にさ、誰かが、何十年も誰にも知られずに住んでいてもさ、おかしくないよね」

 

そんな話を歩きながら友人に振るときがある、木に埋もれて過ごす事、景色と同化して過ごす事を私は、畏怖の念とも恐れとも言えぬ独特の気持ちで…憧れているのだ、日本は山の国である、人が思う以上に未開の地はそこここに存在するのだ、人間から離れてしまいたいと強く感じる時があるのだ、もしかすると山奥で人知れず暮らす老婆に、私は成るのかも知れない、それが私にとって喜びなのか自我の忘却なのかはわからない、恐ろしいものにほど惹かれるのである。

 

東京都下は地形の起伏に富んだ場所である、実際の高低差に於いては谷の底でも、安定した温かい場所も存在する。
私が今住むのは風景の臍である、このあたり一帯が臍なのである、だから鳥が集まるのだ、鳥の集まる場所は大抵良い場所であると私は確信している。

 

鳥は人間の感覚の先を行く存在である、風景の谷や臍がいまいちピンと来なくとも、鳥の有無でその場所の吉凶を判断すればよいのだと、村のまじない老婆といった体で、私は一人ほくそ笑むのである。

 

都心部へ行くと目が回る、単純に地形を把握しにくいのだ、実際鳥もそんなに居ないので私には都心部は、風景の臍とは言い難い。

 

ちなみに、私が東京都出身だと思われたことは、一度も無い。