a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

☆Kちゃんのスチームケース【精神】

黄緑色のスチームケースを、Kちゃんという友人からもらった。
スチームケースというのはシリコンで出来ている料理用品である、中に少しの水と一緒に野菜を入れてレンジで温めるとあら不思議、すぐに美味しい温野菜になる、そんな日々の生活にあるとちょっと便利な物を、Kちゃんはくれたのだ、もう大体10年ほど前の話だ。

 

黄緑は葉の萌え出でる色、食べ物の色、生命の色、Kちゃんが私に選んでくれた色。

 

「私は両親には頼れない、むしろあの二人が餓死してないか心配しなきゃならない、でも私は今一緒に暮らしている彼氏と別れそう、私行くあてが無いよ」

公園でため息をついた私に、Kちゃんは言った。

「もし、ほんとうに行くところがなくなってしまったら、私と、私の叔父さんのところへ一緒に行こうよ、一緒に住もうよ、歳をとってからでもいいよ」

優しいなあと思った、こんなことが言えるのだなと私はKちゃんに感心した。
Kちゃんが発した言葉は、表面的に見ると何の現実性も無かった、それは私もわかっていた、だが彼女が本心を述べてくれたというそのことに私は感謝していたのだ。

 

そのすぐ後に私はM氏と出会い形式上入籍することとなり現在に至る。
スチームケースはささやかなお祝いの品、と彼女が、その時にお菓子等と一緒にくれた物だ。

Kちゃんとは職場で知り合った、職場、というこの文字の中に、鳴り止まない電話音や、怒号、誰かが何か叩き付けて割れる音、「俺は明日から出社しないから連絡先教えて」という…誰でもいい誰かのヤケクソなナンパの台詞、そういった煩さすべてが組み込まれていた。
当時西新宿へ私は通っていた、Kちゃんはすぐに会社を辞めてしまった。

 

Kちゃんは大人しかった、私から見て大人しいというのだから相当静かな女の子だったのだ、常に勉強していた。

宅建の資格やらなにやら、勉強するということが彼女にとっての趣味だった、資格をとったから病院の受付で働くことが出来ると言っていたが、資格を取ることがKちゃんの目的である事は傍目にも明らかだった。
彼女は引きこもっていた。

 

引きこもっている理由を聞いてみた。

Kちゃんは言う。
「うちのマンションは盗聴されてるよ、しかもそれを玄関ホールで主婦の人たちが言いふらしてるの」
私は笑った。
「Kちゃん、結婚したら私たちも自動的に主婦の人になるよ、それってほんとうにKちゃんのこと言ってるの?」
しかしKちゃんはじっと一点を見つめていた。
「あいつらが今も聞いているの」
Kちゃんはそう言って固まってしまうことが度々あった。

私もKちゃんにどれほど信用されていたのかはわからない。
だが私は何であれKちゃんが好きだった、大人しいKちゃんが私は好きだった、今やおかしいのに頭の良いKちゃんが面白かった、それをKちゃんは理解していたように思う。

 

Kちゃんが唐突に太りだしてから私はようやく心配になった。
すると彼女は鞄から「私どうやら精神障害者になったらしいの、統合失調症」と言って暗い色の手帳を取り出して見せてくれた。
「薬の副作用で太るらしいよ、けど、どうでもいいんだ、私には女である必要なんてないでしょ」とKちゃんは続けた、私は黙っていた。

身体が重くなったということよりももっと、彼女の身体を何かが支配していて、それが彼女の動作をさらに鈍くさせているようだった。
何かが彼女の視野を奪って瞳を暗くさせているようだった。
Kちゃんは元々足が弱いのでスニーカーのような靴しか履くことが出来なかった、だがジーパンは足の付け根の形が丸出しになるのが嫌だという理由で履くのを拒んでいた。結局緩やかなワンピースと、老齢の女性が履くクッション入りの靴を履いていた。

そして薬を飲み始めてからは、ひどくゆっくりと動くようになった。

 

私は、彼女が辛そうだということが何よりも悲しかった。
彼女が、自分の身体をもう脱ぎ捨てたいのでは無いかと幾度となく思った。
もう身体を捨て去りたいのでは無いかと思った。
Kちゃんは思考だけの存在で居る方がよほど、果てしなく素早く動けるだろうから…それは彼女の学習好きを見ていれば否が応でもわかることだった。

Kちゃんが死んだという知らせが、春の日の朝、彼女の母親から入った、もう数年前の話だ。

 

私は入籍してから家族用の社宅に住むようになった。
M氏の勤める会社の社宅である。
とは言え会社の規模が大きいので知り合いは誰も居なかった、その巨大なマンションの玄関ホールには私と同世代の、子供を連れた母親がわんさか群れており、私が挨拶しても大抵の場合返事は無かった。

子連れは子連れしか人間だと思わないらしかった、その社宅には20代から30代後半までの人間しか居なかった、その場所では30代は高齢だった、そして20代は実年齢よりも若者扱いされていた、私には異常な場所であった。

マンションという不自然な村が、人を脆くさせるのかもしれなかった。

 

私はKちゃんの真意を知った。

3次元上を生きてゆく場合どうしても感じる「物理的距離と心理的距離のあり得ないほどの落差」を、疎外感を、Kちゃんもまた感じており、それを誰かに心底打ち明けたかったのだとその時に知った。

 

私は狂わなかった、狂わなかったからこそ隣人の、数時間鳴り止まない目覚ましの音に発狂しかかっていた。
態度のでかい、同性であって完全に異質な、同年代の母親たちが何故だか無性に憎かった、誰も私を人とは思っていない様子だった、自分の住処で挨拶の反応が無いということが、こんなにも苦しいとは思わなかった、情けなさだけが私を支配していた。

 

しかしこの叫びを誰よりもそばで聞いてくれるであろうKちゃんは、居なかった。
もう肉体という衣服を脱ぎ捨てて思考の果てへ行ってしまった。
一緒に住んでくれるって言ったのに、Kちゃん。
今はきっと信じられないほど身軽なKちゃん、あなたが羨ましい。
結局いつも居場所のあったあなたが羨ましい、と私は幾度も彼女にすがり、そして罵った、つまり私は狂っていた。

 

狂っているかいないかに境界線は無い。
しかし病気かどうかの境界線は、見る人が見れば「ある」のだろう。
Kちゃんが果たしてその第三者の目による判定で「助かった」のか否かは私からはわからない。
Kちゃんは3月の朝に、布団の中で冷たくなっていたらしい。
Kちゃんはいつも「瞬間的に死ねる方法」を考えていた、しかし電車への飛び込みは親族にJR社員が居るから出来ないと遠慮していた、まともだなあと私は思ったものだった。

 

Kちゃんのことを両親はやんわりと心配しているようだった。
Kちゃん一人をいつまで養いきれるのかを、彼女本人が気にしていた。
両親はもう歳だからと彼女はしきりに言っていた。
私は、Kちゃんは大量に薬を飲んだのだと推測している。
本当に大量に、そして肥満の為呼吸が出来ず、自然に嘔吐も出来ず、思惑通り死んだのだろう。
Kちゃんに肥満をもたらしたのは他ならぬ精神医療の薬である、あれを飲み始めてからブクブクとしてきたのを私は見ていたからだ。

 

30代までしかいない村から無事引っ越して、引っ越し先の近隣住民から人間扱いされるのを自覚している私は、今でも、黄緑色のスチームケースで野菜を温めている。

 

黄緑は萌え出でる新しい命の色、私は死んでしまったKちゃんからもらった料理用品で、命を食べている、命を繋いでいる、温かい命で身体を満たしている。

 

Kちゃんのことを私は幾度となく書くだろう、生きている限り。