大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

詣でられない【精神面での恋】

神社というものは昔から私には外界の、触れられぬ場所だった、神聖すぎるとかいうのではなくて属している世界が異なるためであった。
きっと神道の世界に属しているという認識があれば、一人でも私は神社へと向かい、手を合わせただろう。

 

とても似た感覚で、私は文章を褒めてくれた人生で初めての人と対面出来ずに居る。
文書を読ませるという目的でその人と知り合ったわけでも、その人が私の創作を応援するという名目で私と会ったわけでも無い、彼は近所の医者である。
その人へ文章を書き宛てていたとき、私にはまだ自分に正直になるという生き方がわからなかった、いわゆる世の善悪基準や自己嫌悪にのみ飲まれていたので、どこまで正直になっても当時は…結局他者を責めることに終始していた。

 

私は5年以上男と触れ合っていなかったし、この種の我慢を一生続けてゆくつもりで居た、その為の相談だった、幼少期に心身に侵入してきた魔物と格闘している状態を私はその人にさらけ出した、だからこそ創作についての話も面と向かって出来たのだ、その人に告白すらした。

その時期が終わり、私は男を探すことにした、何かしら自分が装っている気がしたのでそれを取り去りたかった、というよりも生きている間にまたセックスがしたかった、単に好みの男に触れていたかった。
その考えを突き詰めるほど、自分が全く良い人間ではなく、被害者でもなく、被害者面をするでもなく、そして悪人でも無いことに気付いた。

 

宗教を、やめた11歳のときみたいだ…と私は思った。

 

宗教の話をすると「普通教」の信徒たちは一目散に逃げてゆく、その後ろ姿は実に滑稽だ、彼らもまた自分の神域を詣でているに過ぎないのだから。
自分の神に背くまいと振る舞う彼らは、もちろん悪人でも無いし、善人でも無いが、保守的になればなるほど自らもまた強固な信徒であると周囲に露呈しているのだ。

 

私にとっての神域は、創作することである。
その神域を、その医者には詣でてもらったのだ、しかし私は自分が、全く善人ではなく、悪人でもないこの状態を彼にもうさらけ出す事は出来ないと思う。
なぜなら私の社には、彼への気持ちやら、他の男への感触やら、自分が醜いと思うものやら、そういう混ぜてはいけないものがごっちゃになって束ねて奉られているからである。

 

それは彼の神殿を汚す行為のように感じた、そして、私自身が普通教になっているのだ、患者だったらもう創作の話はやめたらと、私自身に内在する保守信徒たちがささやくのだ。


私は歯止めがきかない、彼に創作の話をしたら、どこまでも話し込んでしまう、どこまでも彼に打ち明けるだろう、何もかも読ませるだろう、それを堪えながら話をするなんて器用なことが、私には出来ない、私は彼の文章に惚れているからだ。

それでもいいよとか、彼は気にしてないとか、端からの助言はいくらでも出るだろう、しかし私はもう彼に読ませられるものを書くことは出来ないのだ、セックスがどうの、というわけでもなく…自分に正直になるということが、相手を汚す事だと今しがた私は気付いた。

 

彼に対面するとき、私はなんとなく目を伏せてしまう、その人は創作についてちらっと聞いてくるが私は「全然」とか「全く」と答える。
「あのときは相談しすぎてしまい、すみませんでした」という自分の言葉が虚しく空間に響くとき、私は知るのだ、私がこうして彼を無視することもまた、彼の神域を素通りする行為もまた、汚す行為なのだということに。

 

恋という感情はどうにもならない、私はもう、彼の目を見て話すことが出来ない、小綺麗な服装、小綺麗な男女に囲まれた彼はもう私とは別の宗派だ。

 

だから詣でられない、私はどこにも詣でられない、目というのは扉である、扉をとてもじゃないが開けない。

少し以前には待ち遠しかったひと月が、今ではふた月でも頻度が多すぎるように感じる、それほどまでに私は彼から隠れたい、彼を蔑むことも避けたいし彼に見せられるものはとうとう何も無いという意識に苛まれている、素敵な人だから惚れたのだ、素敵でなければ今まで通り話せただろう、心の神域を、自分の社が彼にとって汚いものでも私は扉を開け広げただろう、他の男との戯れすら、見せてしまっただろう。

 

空想の中で彼と対面する、その人は綺麗な黄緑色の折り紙をハサミを使って、線の引いてあるところに沿って滑らかに切ってゆく。
どうしてそんなに境界線を引くのが上手いのか舌を巻く、私は朱色の折り紙を、気付くとぐちゃぐちゃに握り締めてちぎっている。
おそらくこれが彼の一番の才能だろう、人との距離の取り方の巧みさ、これが一番秀でている部分かもしれないと私はどこか妬ましく思う。
私にもそのハサミをくれたらいいのにと、泣きながら私はつぶやく。

 

私のつぶやきはおそらく、彼にも届いているだろう、隠す事は出来ないのだ、私の周りには今、朱色の紙吹雪が舞っている、それを、私の言葉に反応できた彼が、気付かぬはずがないのだから、私の神域を臆することなく詣でた彼が、この色紙に気付かぬはずがないのだから。