a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

冬の朝日の赤さと恐怖【精神】


桜の木が灰色の膜を纏いはじめたら冬が始まるのだ。
家の影になるその場所、私自身の身体が温められるこの家の、その影に霜が降りるときに私はじっと目をこらす、まだ夜明け前。

 

冬の朝日は鋭いのだ、あれは大きな目玉である。
私が冬の日の出を明確に認識したのは今から6年ほど前、一時的に住処を移した時だった。

凍ると降りられなくなる階段を上がって2階に私は身を寄せていた、小さなベランダとキッチン、風呂とトイレ、隣人の携帯が鳴ってもすぐにわかる薄い壁とで仕切られた世界に私は縮こまっていた。

 

私は、そのベランダが真っ赤に染まるただその現象におびえた、自分でも訳がわからなかった、ベランダ自体が巨大なまぶたで、卵黄のような朝日は怒りに満ちた眼光だった。
朝が来るたび、私は泣いた、恐怖によってである。

 

なるべく部屋の隅に隠れようとした、キッチンのそばの…今は机として使っている木製の重厚なテーブル、その部屋には似つかわしくない私の趣味、私の拠り所、そこに私は丸くなって泣きながら震えた、自分がこのような状態に陥るなどとは…これほどまでに理由の無い恐怖におびえる日々が来るとは思っていなかった、涙は流れるが恥辱であった、私自身がこれを他者に説明できないことがなんとも苦しかった。

 

苦しみとは、誰にも理解されないものほど厄介である、そして苦しみとは、本来誰にも理解されないものであると私は床に座したまま、テーブルの脚を手で握ったまま思った。
部屋中に朝日が差していた、その当時、本当に一時期私は何故だか朝には尿が出なくなっていた、どういうわけだか身体の循環も狂っていた、自分が恐怖に飲まれていることを私は知っていた、だがどうにもできないということも知っていた。

 

ただ一つ、唯一残された道は逃げることだった、あの朝日から、あの部屋から。

しかし真冬の太陽だけは追ってきたのだった、次の部屋にも、元居た部屋にも、この家にも。

 

真っ暗な朝、目玉が現れる、私はとにかく恐ろしくそれから逃れようとする、しかし逃れられないともうわかった、私は光から目をそらすことにした。


理性的に考えるとどうやら光の強度や色合い、そして住処により症状が変化することから…住んでいる窓からどの色合いが強く出るか、どの色合いが部屋を染めるかが問題のようだと気付いた。

 

多分、強い赤い光が「こちらにめがけて差し込んでくる」という現象に、暴力性を感じるらしい、夕日もそこまで好きでは無いが霧散する光なので暴力性は感じないのだ…私の脳みそはそう認識するように出来ているらしい、出来ていると言うよりも残念ながら最早出来損ないである、冬の早朝のたびにこれでは生きてゆくのもままならない。

 

この家に越してから朝の太陽を直視しないように、という行動がようやく出来るようになった、こうして言葉にすると苦しみというものは…きりが無いのである、私はこれを薬でどうにかしようとは思わない。
薬というものは理由にしか効かない、誰かへの理由、恐怖を感じていることを感じにくくするのは…本当に自分のためだろうかと私は思うようになった。

 

薬は他のすべての機能を鈍化させる、朝の一時が私には苦手なのだ、それなのに1日中、冬の間中ぼんやりと…恐怖に飲まれて過ごすのはまっぴらだ。

恐怖といものは避けようとすればするほどに、その実恐怖自体がその人の軸となってしまうのだ、それが恐怖の、恐怖たるゆえんである。

だから恐怖に飲まれることを避けるには、自分自身の意志を持つことであると私は思う、つまり自分が今恐怖に飲まれているということを、それさえ認識できれば、その視点さえあれば、そういう俯瞰した視点さえあれば、その場では身体的に恐怖におびえていても、それは恐怖に飲まれたとは言えないのだ、そのような状態を維持するには書くことが実は一番有効である、話というものは…よほどの場合出ない限り、その場で理解したりする人と、理解する瞬間を共有することは…出来ないのだ、特に一方がおびえている場合は。

 

だから精神薬は、恐怖を抑えるために飲む場合、その実恐怖を大きくしているのだと私は思う。

 

どうして冬の朝日が怖いのかわからない。
どうして冬の朝日は鋭いのか、私にはわからない。
どうして私がこんな風に生まれついているのか、私にはもとより誰にもわからない、私にはそれが…あの目玉にはすべての答えを提示されそうで、怖いのだ、問いは問いのまま、しかし時に答えが返ってくるのだ、本当に予期せぬ形で…美と非常に似て非なるもの、恐怖という答えが、私にささやく朝もあるのだ。

 

時に恐怖は美しいものだったりする、特に恐怖に飲まれていない状態の視点に於いては。


私が出来る事というのは、こうして書き連ねることである、恐怖に飲まれることではなく恐怖を表明することである、自分自身へ恐怖を認識させ、心身を動かすのだという意志を私に注いでゆく、精神の安定には何よりも意志の力が必要だからだ。

 

真冬の朝日から私は静かに目をそらす、私自身の暖まる家、その家の影の方角を私は見ることにする、霜は優しいのだ、少なくとも私には霜は優しい、私が死ぬ朝にも、きっと霜は降りているだろう、そうであったらいいと私は思い、この思考にこそ私は自分自身の救いを見いだすのだ、そんな朝である。