a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

緑色の巨大な手【私的概念】

真夜中に、寝ている私の身体を触る大きな緑色の手を、私は眠りながら感じた。

 

いつも感じるのは枕の先、頭の先の壁から順々に、足の先にあるクローゼットの小部屋へと通り抜ける無数の人影だけだった。
その人影たちの事は特に気にしないで居られた、彼らは寝ている私には興味を示さず、三次元上を超えた世界での交差点を行き来しているに過ぎないのだから。

 

「ここは通り道なのか…どうやら私は彼らにとっての大通りの真ん中で、寝転がっているらしいな」

そうつぶやくのはいつも私自身が眠りに落ちてからである。

私には眠るときに大体の場合違和感がある、身体は眠っているのにますます目は覚めるような気がするからだ。

私には黒い影としか認識できない彼らには、彼ら自身の時間割があるらしかった、彼らは立ち止まることなく何らかの目的地へ移行している、それだけが私の視覚でとらえられるすべてだった。

 

以前私の住処であった一つの部屋はもっとずっと厄介で、寝る部屋は対流が起こらないので空気のすべてが淀んでおり、その代わり玄関から部屋の中心部であるリビングの端までを、物凄い勢いで何かの力が通り抜けていた、なのでリビングで食事をしていても私はその力に圧されていた、つまり私自身は自分の住処で休まることができなかったのだが、この手の苦痛を他人に伝えるのは難しい。

 

そして、その以前住んでいた部屋で一度、思わぬ対面をした、力の交通量の多い玄関先で、赤いストライプのTシャツと白いスニーカーを見た、彼も私を予期せず見てしまった、互いに動揺して声を上げた瞬間、多分彼と私との時間にズレが生じ、互いに互いの視界から消えたのだった。

夏がそこに来ていたように感じた、季節は真冬の早朝、暗すぎる時間帯だった、夏を身に纏った彼はそこに来ていた、そして行ってしまった、ちょっとだけこの世の摂理を思い出したらしい、彼の戸惑う空気を私は感じた、間違えて他人の部屋へ入ってしまったことを詫びたいような、にもかかわらず他人の生活を見ることが出来たということを、それ自体を喜んで、人間の営む時間帯そのものを懐かしんでいるようだった、話さえ出来たのならきっと良い奴だっただろうと私は思った…生きている間でさえ、日本語でさえ、我々同士という間柄でさえ、なかなか話もしないのに私はよくわからない存在の彼には親しみを覚えたのだった。

 

現在住む家の、眠る部屋に付属しているクローゼット小部屋のドアは、就寝時には閉めるようにしている、あそこを開けていたら向こう側の人々も時として無遠慮になるかもしれないということ、交通量の増える事への危惧からそうしている。
幸いにも私の枕元の方角の窓は、天井に近い部分に横長に小さく存在しているので、のべつ幕なしに影達が押し寄せることは今のところ無い。

眠っていると川の流れに乗っているようだ、私自身が船になる、そしていつしか私自身が川そのものになる、私は水となる、私はたった一つの水滴となる、そして土に吸い込まれてゆく。

 

その水滴の集合体が、うっすらと真緑色をした、巨大な手であるように感じた、それは私の身体を撫で、隣で眠る人体をも撫で、影達を撫で…というよりも自らの手の中を通過させていた。
その手の中には時間や命が混在しているような気がした、そして私の身体を眠っている間に回復させているようだった。


気付くと手はさらに巨大になり窓から見える様子もすべて緑がかって見えた、暗い夜空すらも緑だった、眠る鳥も草も山肌の木々も家々も道路も、すべてその手の中に納められていた、こうして皆が皆、機械も土も水も、本も、紙も、食器も、歳をとってゆくのだと私は理解した。

眠っている間に人は歳を重ねるのだ、あの緑色の手によって、同時に新たな命を吹き込まれているのだ、そうやって新たに生きれば生きるほどに老いてゆき、肉体が動かなくなったら私はきっとあの手の一部となるのだろうと私は直感した。

 

そして緑色の手となって数多の夜をたゆたい、誰かの中へ潜り込むのだ、そして時として殺され、また生まれるのだ。


明日の私は今日の私ではない、あの緑の手によって、新たな視点が常に補充されてゆく、常に追加されてゆく、それはもしかすると昨日死んだ誰かなのかもしれない、何かなのかもしれない、わからない時間や命が、数多の水滴が私を生かすというのなら…

 

私が生ききるのは今日一日であり、私が自分であると言えるのはただ今日の視点に於いてのみであり、その他のことすべてが、他者であると思っていたすべてが、その実自分自身となり得るのだろう。

 

こういった色つきの事象には、少なくとも私にとって、意味がある、つまり私の人生にも意味がある、生命そのものには意味がある…このような出来事が起こるたびに私は、このような奇妙な夜が訪れるたびに私は、何故だか元気づけられてゆくのだ。