a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

カラス【詩】

ゴンゴンと窓を叩く音がする、朝、今まさに出かけるというその瞬間に私を呼び止める声がする、どこからだ?
いつもと音の方角が異なる気がする、そう、いつも来るのだ、どこか紫がかった黒い翼、キョロキョロとあたりを覗うせわしない動作、ああ、あの子だと私は思う。

 

朝日を浴びて彼が庭先に立っている、彼のことは小さい頃から知っている、向こうも私を知っているとみた、私の顔を見るやいなや嬉しそうに声を上げている。

ブラインドをさっと引き上げると、一見びっくりしたふうで逃げてゆく、自分の姿が人間に丸見えになるのは好まないらしい、私はとあるカラスと仲良くしている。

去年この家屋に越してきて、そのときまだあの個体は雛鳥だった、母親カラスと一緒に周囲を探索している様子だった、田んぼの水を飲もうとして溺れかけたり、川に入ろうとしたり、人間の歩く道を普通に歩く様子を何度も見たものだ。
私や夫にも怖がらずに近寄っては、母親に注意されていた、もとい母親は私たち人間に警戒して声を発していた。

 

「あの子ガラス今日いたよ」

 

という会話が私たち人間の間でなされる、そして休日の朝には屋根をつつく音で目が覚める、ああ来ているのだなと思う。

屋根のアンテナから私の出て行くのを見ているときもある、そして時折窓をつついては声をあげ、私を呼ぶのだ、この「俺、あんたのこと知ってるよ!」というただそれだけのために関わろうとする姿勢が、私にはなんとも可愛い。

 

特に餌や何かをあげたりは一切していない、単に彼は昼間私の在不在を確かめにこの家に来るのだ。

私には、大きくなった子ガラスが最早どの個体かは目視だけでは見分けがつかない。

だが、カラスの声というものを少し聞き分けられるようになった、何回も繰り返し規則正しく鳴く場合何かを警戒している様子だ、グルグルと喉を震わせている場合は甘えている…のだが、一人でグルグル言っている場合も多々ある、カラスは自分が可愛いらしいと私は思った、猫に似ているらしい。

 

そして明確に判別できる声がある、私自身を呼んでいる元、子ガラスの声だ。
窓もつつくので結構大きい音がする、さらに2回から4回呼び鳴きする、大抵1階の庭先に居る、私とだるまさんが転んだごっこをしたいらしいのだ。

窓辺に近寄る私の姿は彼からすでに見えている、彼は安全な場所に居て私を見ている、私がブラインドを引き上げると喜び勇んで飛んでゆくのだ。
ただそれがために家へやってくるというのがなんとも可愛いのだ。

 

ちなみに、私とまったく同じ立場にあっても、カラスが気味悪く感じる人も居るだろう。
私は動物との距離感というものはこのくらいがちょうど良いと思っている、下手な上下関係など不要だ、親子であり恋人である…というような病んだ関係も美しいとは思わない、動物は動物の美しさを放っていて欲しいと私は思う。

 

友情でもなく恋愛でもなく、親子でもなく、憎しみも無く、ただ顔見知りということを楽しむカラスとの関係は、独特の幸福感をもたらしてくれる。

 

人間様のテリトリーに勝手に侵入し、ゴミをあさるという行為からカラスは不吉の象徴のように嫌われているが、カラスは天空から垂れ下がる黒い糸のように私には感じる。


その糸は天からの言葉を震動によって伝える妙なる仕掛けが施されている、カラスの声に耳を傾けるということは、天からの糸電話に耳を傾けるということだ。

 

他の鳥は主に水平に移動するが、カラスの飛び方は多分その黒いシルエットから、垂直移動しているように私には見えるのだ、不思議な飛び方をするなと思う。

 

カラスの声を私は聴いている、天からの黒い糸を私は、ブラインドの紐に置き換えてその時に引っ張るのだ。
その時カラスは、紛れもなく、笑っている。
私にはこのカラスの微笑みが、不吉ではなく、小さな星の煌めきのように、小さな吉兆に感じるのだ。

 

天から垂れ下がる黒く点在する糸たちよ、糸たちよ、どうか私に触れていてくれ、いつでも私を、人間だらけの狭い視界から解き放っておくれ。
私に言葉を教えておくれ、これからも私に語りかけておくれ、可愛い黒い鳥たち、ただの顔見知りの鳥たちよ。

私はお前達に救われているよ、黒く煌めく天の鳥、天からの糸よ。