a.o独白ブログ

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コスプレ的ファッション【攻殻機動隊】

攻殻機動隊、というアニメがある、見たことの無い方に簡潔に説明すると近未来SF刑事モノのアニメである。


30代に入るまで漠然と「ネトウヨ御用達の軍事系アニメでしょ」と思っていた、恥ずかしながらこの感覚だった、私は残り映画3本のみを(見終えてしまうのがもったいないという理由から)残してすべてのシリーズ、1週目を見終わった、見終えてしまったということそのものや、ここまで「危うい」と感じさせるメディア表現に脱帽、そしてこの手のアニメ作品は今後出るだろうかという絶望感もあいまって完膚なき虚脱状態に陥った、それがもとで高熱の風邪まで引いた。

 

…実はアニメそのものの話がしたいのではない、私のファッションについての話である。


このアニメを観ていて思った、ただ一言強烈に思った…「かっこいい!!!」…ということで女主人公を真似たくなった私は考えた、いかに自分の個性を活かす方法でこのかっこよさを取り入れるか悩んだ。

実際には悩んではいない、このアニメを見終えるやいなや試しに通販で安くなっていた革ジャンを買った、私自身が一番はじめに観たシリーズの女主人公が着用しているジャケットの形が自分に合うような気がした、色までは真似できなかった、何故なら女主人公と私とでは似合う色の系統が異なるからだ。

 

私は昔からあまり洋服に興味が湧かない、自分自身の身体をそこまで好きでは無いこと、自分自身への嫌悪感も根強いこと(アレルギーでの肌荒れが酷かった事が主な身体的コンプレックスだった)そういった要因から自分自身を見るという機会を避けてきた。

そして身体的にも骨太なこと、手や足が大きめなこと、にもかかわらず背が低いこと…によりはっきり言っていわゆる少女的な「かわいい」格好が恐ろしいほど似合わないと感じたため、雑誌や女性向けの洋服店でも「服に対して心がときめく」ということが非常に少なかった。

 

だが服に対してときめくことが無いわけではなく、いいなと思う物もちらほら存在した、見ていて「欲しい!」とひらめく品々は大抵男物でがっかりしたものだ。

そしてもう一点、確かに女性向けでも「かっこいい」「アウトドア風」な洋服展開は存在する、存在はするのだが色展開が少なく、黒や青、紫、グレー、オフホワイトといった完全な寒色系の服ばかりなのだ、私はこの手の色が驚くほど似合わない。

 

自分の欲しい「かっこいい」「太って見えない」「くすんだ色」「暖色系」「女もの」という要素を満たしたブランドというのが、あくまで私のようなただのオタク女が服を探す上ではほとんど存在しないと言っても過言では無い、それほどに私は服選びが苦手である。

私の身体的欠点は、ヒールのパンプスが履きにくい形状の足であること…これが洋服選びの幅を大きく狭めている身体的要因である。
しかし自分の内面像というものを漠然と考えたときに、ふんわりした服装や上品な女性らしさというもの…この像を心理的に自分と結びつけられないのだ、これが精神的要因となって私という人間を狭めている。

 

ここに善悪は無い、私が「女らしい」格好をしたいと思って着用する服は女というよりも「売女、オカマ」的な雰囲気を醸し出している、多分私の思う女というもののイメージが性成熟という段階で止まっているのだろう、これについては素直に恥ずかしい気がしている。

そして元来そこまで自分を凝視したいわけでもない私は、以上の理由から一種の諦念で、もう洋服という存在はある程度無視しようと決めていたのである。

 

しかし攻殻機動隊というアニメのかっこよさに感化され、私は自分の身体の特性を活かして、できる限り「かっこいい」と感じた格好をしたいと思ったのである、この欲求は意外なほど強かった、30代を過ぎて突然訪れた思春期みたいなもので自分でも戸惑っている。

 

自分の特性を隠す事は二の次である、というかそれは考えるだけ無駄のような気がするのだ、例えば眉毛が濃いのもそのままにする、黒髪なら黒髪そのままを活かす、この手法が思いのほか自分の身体を好きになる効果が実感として強い…あと10年早くこの原理に気づいていれば10年分楽しめたのだ、こういうことには早い段階で気づくべきであった、肉体を纏っているのなら肉体を活かすべきであった、好きになるべきであった。

 

さて、アニメをファッションのお手本にして購入した革ジャンを着てこの秋からすでに冬となった現在、予想以上に楽しく過ごしている、似合うとわかるからだ、そして自分がかっこいいと思ったものを自分の一部として認識しているのが嬉しいのだ。

近所の医者に「大熊さん、いいねえ~革ジャン、かっこいいね!」と…まるではじめてのバイト代ではじめてお洒落をしている男子高校生(あるいは中学生)あたりを褒めるような雰囲気で…褒められた、その他の人にもなんとなく好評だ…少年を褒めるような意味合いで好評だ。

 

何はともあれお洒落は楽しい、意外なほど楽しいと私自身が実感している、ああ~いいね、服っていいね、と思っているのだ…そんな折りにちょうど服飾デザイナーと知り合った、しかし言えるはずも無かった「自分のファッションのお手本はアニメである」などと言えるはずも無かった。

 

しかし言ってみたい気もする、このお洒落の達人を相手に「攻殻機動隊っていうアニメがあってね…」と語りかけたい気もする、それはすごくシュールで面白い気がするのだ、まさかガチのコスプレ女と歩いているとまでは思っていないだろう、ここでウケてくれるか大滑りするかまさに賭け事的な高揚感がある。

 

ちなみに、この手の冗談で普通にウケてくれる男の存在は本当にありがたい、実はこの種の話はどちらかというと引く男が多い印象だ。
私とお洒落デザイナーの性別が逆で、私が同性である男に対してこの手の話を「相手はお洒落の達人なのに俺は攻殻機動隊がファッションのお手本なのだ」と語って聴かせる場合、大抵ウケてくれると思う。

 

しかし男は女に夢想する生き物である、その性質上女の私がこの話で笑いを取ろうとしても単なる自虐にしか感じられず、あまつさえ「大熊さんはもっと自分を大切にしたほうが…」と要らぬアドバイスまでもらうのがオチである。

 

賭け事は苦手である、私はオカマ的な女装をしながら男に会うわけである、自分の本音と振る舞いとがまだズレているのを強く感じるのである、自分自身への違和感を無くしたいと願いつつも相手からの願望を演じきりたいのである、そして帰宅した私は攻殻機動隊を観てカタルシスの渦に飲まれるのである、攻殻機動隊とはそのようなアニメで、日本の名作であり、革ジャンは二次元と三次元とを繋ぐ偉大な架け橋である、つまりファッションとは自己実現の第一歩であると強く感じている今日この頃である。

 

現在私がファッションで悩んでいるのはこの手の話を誰にすべきかという点に於いてのみである。