a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

土着的思考【私的概念】


青く晴れた空に一本の白い線がぴんと張っている、風が吹いてもぶれない、涙がその線にひとしずくたれるのを想像する、決して手で触れることはできない静かな場所はすぐそこに確かに在る。
単なる電線の発するメッセージ性、これを感じ取れるのはもしかすると日本人特有の現象なのかもしれない等と歩きながら漠然と思う。

 

長年の友人と話すときにいつも強く感じるのは彼と私の認識する「人間社会」と「自然(に宿る何かを認識している状態)」の比重がちょうど半々くらいだな、ということ。

人間社会での出来事を話していても、互いに目の前の木々だったり丘陵だったり、またそういった物の中に点在する人工的な景色のアンバランスさを吟味して愛でていたりする…要するに人間関係のあれこれについては話半分な雰囲気を纏っているのである。

なので人間関係の比重が多い話などを聞いていても、聞いているつもりなのだが「あんまり興味なさそう」という態度に思われ(見破られ)たりする。

 

態度としては、この友人は非常に人に合わせるのが…それが為に他の男に嫉妬されるほどの聞き上手なので表面上は凄く「聴いている」風ではある、だが目が遠くを見ている状態なのだと思う…そして多分そのようなところこそが、子供達にウケている理由なのかなと感じる、彼は先生と呼ばれる職業に就いている。

この友人と深い話をするようになったのは成人してからである、深い話というのは人間関係だけでなくこの文章のはじめのような「ぴんと張った電線に意味を感じる」ような話、のことである、これを単なる冗談で済ませずに話として互いに理解できるのが彼なのだ。

 

土着、という言葉があるが私も友人もそれに近い存在なのではないかという気がする、自然や、自然と人間との対比に見る美しさや不釣り合いさに感動している、これはこうして言葉にしない限りほとんど誰にも届かない現象のような気がしている。
なぜならこの種の感動は言語化しにくい、言葉というものはほとんどが人間に基づく何かを表している、感動という言葉ひとつとっても、電線を見て感動したという事は伝わりにくいし、神社の鳥居を見て感動…というのも少し違う、静かな畏れ、畏怖、しかし畏れまで至らないシュールな面白さを表現する多種多様な言葉はありそうで無い。

 

友人とはほとんど外で、公園のベンチに座ってお茶を飲みながらこの種の話をする、私がその実ほとんど実生活の話をしないのを彼は不思議には思わない。
私自身、様々な苦しみもあったが結局こういった目の前の不可解な感じやら、日々変化する山からの匂いだとか、椋鳥の様子、それらすべてに感じる全体的な吉凶の雰囲気、目視しただけではわからないが体感として谷底のような住宅街やら…こういったものを感じる気持ちそのものをとても大事にしている。

 

この感覚を私は霊感とは言わない、今や霊という言葉すら人為的である、人間の霊を示す言葉になってしまっている、呪いや霊というものは本来ここまで人間に寄ったものだったろうか?
ここでいう本来、というのは仏教が入る以前の土着のイメージである。

 

立ち入り禁止の看板とうっそうと茂る木々、すぐ近所のコンビニが異界に感じる瞬間、バッタと人間の類似性、この年特有の空気、人間だけではない億千万の生物や…生きていない何かの存在を感じ取る瞬間、この類いの話はその場に居てはじめて共有できる最高に面白い素材である。

その場に居ると、これらの面白さを体感できるのだ、目さえそちらに向けていれば「今日はこの方角へ歩いて行く」といって見知らぬ道を歩くこと自体が非常に楽しい現象となるのだ。

 

ただ、この感動を表す言語が見つからない、私は土着の要素を消すことはすごくつまらないことのように感じている。
自分自身に宿る土着的要素を大切にしているのだ、この言語化しにくい部分を認識していると自分に再認識させることが、創作をする上でも重要な気がしている。


なのでこのブログには今のところ、友人に語って聴かせた話などもなんとなく載せていっている…ただ、西日を浴びながら遠くの高速の明かりを、どこか切ない気持ちで視野に入れつつ話した空気そのものは言語化できない、私の概念自体はその時話したものを文章化できるが、空気は散ってしまうものである。

私が口頭でこの手の物事を話すときというのはその瞬間に何かに感動している時である、その何かについてはとても説明しにくい、とても理解しにくい。

もっと絵が描けたら文章なんて書かなくてよいのだと思ってきた、描けないフラストレーションを私は長年日記という形で発散させてきた。
しかし説明するとなると言葉は必要である、このよくわからない感動を伝えたい気持ちがあるということを説明するにも言語は必要である、なので日記は馬鹿にはできない習慣だと思う、やっていてよかったのかもしれない。

 

このこと自体をとてもよく体現してくれたのが友人の存在だ、彼がいなければ私が日常感じている物事の大半は、言語化することができないという理由で誰にも伝えることができないと、私自身が断念していただろう。

彼には本当に感謝している、私がふとイメージする涙とは、きっと感謝の涙なのである、人間に限らず認識できない何かも含めた外界に、関与できたことへの感動そのものなのだと今は思っている。