大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

☆私はあの人のことを尊敬している(自分のこと)

駅から少し道をそれた場所にその人は居る。


その人のことを先生と呼んでいる、職業上でもその呼び方は正しいのだが私は「師である」という意味合いを込めて彼をそう呼んでいる。
やわらかな空間にその人は居る、空間演出に一役買っているのは音楽である、そして建物の構造上の面白さである。

ということはその人本人だけではなく、その空間も含めてのその人なのではないのか、お洒落なモノに弱いだけなのではないか、どこまでをその人個人と認識しているのだろうか…それについては別の記事に書こう、どこまでが本人かの認識についての話は今は置いておく。

 

私は今まで自分の悩みや、苦しんだ事や、苦しみそのものについてを誰にも話してはこなかった。

なぜならこれらを理解するには「私と同様の悩み、苦しみの過去、現在も根強く続く苦しみ」を体感している人、同様の経験のある人にしか自分の気持ちはわからないと思い込んでいたからだ。

さらに付け加えると、自分と同じ考えでなければ理解し合えないという厄介な確信も持っていた。

 

それらを壊してくれる要因となったのが先生との対話である。

対話といっても実際には私の書いた文章を、1年半に渡り先生がほとんど毎月静かに読んでくれたというだけである。

ただそこには、裁かれているという感じが一切無かった、不思議だった、よくあるように医師が患者を無意識のうちに見下す感覚も無かった。

その人の言う「これは僕個人の感想なんだけど…」という言葉にも、職業上の純粋さをアピールするようなパフォーマンス的な部分が不思議なほど見当たらなかった。

 

はじめのうち、彼があまりにも「子供を持ったらいいのに」としつこいので、心の内で「この生産至上主義者め」という侮蔑とも…子供に関する事を確信をもって言うことの出来る彼本人への憧れともつかぬモヤモヤとした感情を私は抱いていた。

しばらく経つと、私が彼に対し心を開いたのが文章を読んでいて手に取るようにわかったのだろう、彼はしきりに自分に娘が居ることを口にするようになった、私は恥ずかしかった…自分が彼のことを好きなのが晒されているような気分だった、なので思い切って言ってしまおうかとも思った。

 

「はじめて見たときからあなたが好きだった、でもあなたの、他者との間にヒエラルキーの差を感じさせない態度、考えが異なっていても話を聞き続ける姿勢、自分の信念を尊重することと他者の信念を尊重することがちょうど天秤のように…美しい状態になっている人を私ははじめて見た、私は男としてあなたを好きと言うよりもずっと、あなたを尊敬している」

 

たまりかねた私は彼にこのような内容の文章を書いて送った、あれこれ書き記した最後に、付け加えるように「もう隠すことは無い」という気持ちで書いた。
先生に対して抱く念というものを、なんと呼んだらいいのかわからない、神学校の恩師?敬愛する存在?
一方で自分のこの念も、相手からしてみればとんでもなく迷惑なのではないか、端から見れば甚だ滑稽なのではないかと悩んだ、しかしそれは結局自分のプライドの問題でしかないように私には思えた、この手の話を隠すのはたやすいが、今を逃したら誰に対しても今回の一生で「想いを吐露する」という体験は出来ないだろうという直感のほうが勝っていた。

だから、後悔はしていない、生まれて初めて告白という行為の醍醐味をも知った、いささか一方的すぎる満足の仕方だがこのことについても感謝している、こんな経験は他の人では出来なかっただろう。

 

もともと肌の酷さを改善したくて行った診療所である、肌が滑らかさを帯びてきた時期、まだ文章の相談がはじまる以前に彼は言った。

「大熊さん、綺麗だよ」

私はなんとなく馬鹿らしくなってその時は薄ら笑いだけ浮かべていた、子供を産めと言うばかり、肌が綺麗になれば夫に振り向いてもらえると言わんばかりだなこの子供教の医者は、という斜に構えた気持ちが強かった、私の、双方を貶したような表情に彼はまた言った。

「綺麗だよ」

何かその言葉には独特の力が宿っていた、私はその時の空気を今でも思い出す、狭いが小綺麗な室内にはお香の匂いと、小窓から差し込む西日が橙色の織物のように鮮やかだった…身体が痺れるようだった、唐突に泣きたくなったので私はそそくさとその場から退出した。

 

路地には昨夜の雪が残っていた、電信柱の向こう側には青々とした冬晴れの空が広がっていた、建物上部や街路樹から冷たい雨水が時折降ってきた、自分の住む駅についたら我慢するように言われていたお菓子をしこたま買ってやる、世界は美しかったが自分は醜いようだった。

家に着いたら、きっと私は泣くだろうと思った…ことによると布団の中で翌朝まで泣くだろう、なぜ?

 

彼に何か言ってやりたかった、自分はこういう理由でこのような人生を歩んでいる、自分の業というものへの理不尽さを彼に見せてやりたい気持ちだった、しかしそれはほとんど一般的には何の利益にも成らない事だろうと直感していた。

何のためにもならないことを、私はしようとしている、彼が振り向くことも無い、自分の生活が変わることも無い、賞賛されることも無いことを自分はやろうとしている…そのことに対する涙のような気がした、しかしやらねばならないような胸を締め付ける感覚だった。

 

先生とのこのやりとりで、人に「何の利益や賞賛も求めずに物事を伝える」ことを知った、愚痴への同調すら無かった。

文章を人に見せたのはそのときが初めてだ、先生に何か、私の内部に軸があるというようなことを言ってもらえた、「書き続けて、書いたものをまた読ませて欲しいよ、僕は読みたいと思っているから」先生の言葉に私は「はい」と返事をする。

でももう先生に対して文章を書くことは無いだろう、彼が私の文章を読むことももう無いだろう、なぜなら私は先生のことをも書いてしまいたいから。

 

私は彼とは思想も価値観も違うが、彼の「思想の異なる人への偏見の無い態度」には感服している、そういう人物に私はなりたいと思っている、そう思わせてくれたということを私は尊敬しているのだ、私はあの人のことを尊敬している、今でも。