大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

ホームレス状態の人と私(自分のこと)



昼下がり、あの駅にゆくバスに乗る、私は先頭に立って待っていたので停車したバスの内部へと、気持ちの赴くままに歩みを進めた。
スニーカーを履いていると自分の動きが速やかに感じる、あのちょっと奥まった席へ、そう思って吸い込まれるように一段沈んだ席に座した。

 

と、異臭がすることに気づく、ああ、いつもこうなのだ、なぜか居場所の確保に於いては私の鼻は馬鹿になる。


ひとまず身を隠せる場所へ、人から逃れる場所へと自分を運んでゆくのに精一杯なのだ。

後ろの席に座る人物がどのような風貌だったのか全く見ても、嗅いでもいなかった。

ほどなく席は埋まった、このようなとき私はどんなに空いていてもなぜか動けない、動くことが自分への裏切りのように感じるからだ。

 

ふと思う、ホームレス状態の人は誰かから…世の中から逃れたいのだろうか…なぜかこの考えは確信めいていて、それならば私がホームレス状態の人と乗り物の座席とりや、待ち合わせ場所での立ち位置にて行動が一致するのも頷ける。

 

私自身、実家でも早く出て行けと子供時代から言われ続け、20歳過ぎ頃に家を出たのも遅すぎるほどだった、行く先は彼氏の家である。
彼氏との別れは死活問題で、実際その後長い間【住所】を証明するものが無かった。

一人暮らしは返すものの多い私には家賃が高すぎた、私は男と暮らすことで家賃が折半になるという甘い汁を吸って生き延びていた。

その為、奨学金も返してこれたし(まだ全額返済しきれていないが…)、親へも送金できたのだ、しかしその代わりに私は「自分の身の置き所のなさ」に常に苛まれていた。

 

その頃からの癖なのだろうか…?
私は、実際に自分の住まう区画と、自分の戸籍上の住所…両親の住まう団地である、その両親もさらに狭い部屋へ引っ越したため、本当の自分の住所を証明するものが、20代の約5年ほど、手元に無かった。

 

この時味わった寄る辺ない気持ちは…何なのだろうか、社会的な居場所のなさが心身に染みてくる惨めさだった、貧しいことが恐ろしいことであると身をもって知ってしまった、あの飲まれる感覚は一体何なのだろうか?

 

元をただせば父が転職を繰り返したあたりから、実家の存続自体が危うくなっていた、しかし貯金もあったし生活保護に頼るという道はなかったのだろう、父は職場でも上手くいっていなかった、そのことが自分の家すらも失うことにつながるのだ、子供心に思った「世の中は恐ろしい」。

家賃を払えなければ家自体がなくなる、どこにも居場所がなくなる、そのような恐怖を感じながら私は育った。

 

そのせいか家賃についてはめっぽうケチなのである、そのくせ強欲なので家という物質、場所を私は渇望していた。

誰からも殴られない、誰からも自分の行動を…まどろむというような静の行為も含めて、指図を受けない静かな環境は私の欲する最大のものだった。

 

今、家に住んでいる、私は家が欲しいという人と結婚し住所を手に入れた、手に入れたというよりも自分がこの場所に吸い込まれる感覚なのだ、土地を手に入れると言うことは土地に属すると言うことなのだと知った。

 

この今ですら、私の行動は家の無い人々と同調してしまうのである、染みついた心細さや野性的本能は簡単な事では消えないらしい。

だからこそ私は、彼らといったん隣り合わせてしまうと、そこを動けないのである…多分そこに自分自身を見てしまうからだ。
別に相手は気にしないだろう、しかし相手を人間で無いというように、立ち去ることがこんなにも難しいのだ。

 

…垢のでかたも、匂いも、本来誰もが同じようなものなのだ、誰もが家を失ったらこうなるのだ、なのになぜ、がめつさの無いものほど蔑まれるのだろうか?

 

欲深い私はたまに後ろめたくなるのだ、家族で暮らした団地よりずっと広い場所でたった二人で暮らしていると言うこと、実質一人で過ごす時間が膨大であること、家の造形にこだわったこと、この家が美しいことそのものに…恐怖を感じるときもある。

 

家に居るときには「この家に住まうからこそ出来る事を私にさせてください、私の身体的、精神的な可動域を広げさせてください」と誰にともなく念じている、ほとんど毎日だ。

そしてバスの中、なんとなく身体は動かず、せめて今私は立ち退かない、というような妙な気持ちでホームレス状態の人々の近くに座したままで居る。

 

流れる景色、落ち葉の舞い上がる歩道、真昼の陽光、狡猾な私は、手も差し伸べずに同族を、それが懺悔にでもなるかのように座したままただ静かに見やるだけなのである。