大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

呪いの言葉に打ち勝ちたい【私的概念】

思えば小学校に上がる前、保育園時代からすでに周囲からは「理解度」という点で遅れをとっていた私だ、皆がレクリエーションで楽しむ間、その法則性を理解できずに一人で泣いて過ごしてばかりいた、同じ歳はもとより、自分よりも年下の子たちですら自分よりもずっと賢いほどだった。

 

そのくせ幼い頃の記憶だけは鮮明だ、生まれ月ごとに園児たちが砂の広場を駆け抜けてゆく、しかし自分にはわからなかった、5月生まれがどこに並べばよいのかも、なぜ皆が笑って走ってゆくのかも、この手の催しの何がそんなに人を楽しい気持ちにさせるのかもさっぱり理解できなかった。

 

「あれいさん、泣いているのね、5月うまれさんは緑色のポンポンのところに並べばよかったの。今度からそうしようね」

先生は園児である私から見ても若かった、長い髪を結ったり解いたりするやわらかな仕草を覚えている、私のことを「さん」付けで呼んでくれていた、彼女の際立つ美しさは幼い目にも理解できた。

私は絵を描くのだけが好きなことで、喋ることも食べることにも楽しさを見いだせずに居た、しかし彼女は私の特性を見て、言ってくれたのだ。

 

「絵が上手いね、すごいね、みんなみてごらん…あれいちゃんのことは、あれいさんって呼ぼうかな、だって先生よりも絵が上手だもん」

私が自尊心というものを自覚したのはたぶんそのときが人生で初めてのように思う。

 

その頃から、家に帰ると叱咤がはじまるのだった、こぼしたり吐いたりする頻度が多かったのだ…何と比べてだろう?
多分、父の思う娘という存在に比べて、父の思う子供という存在に比べてだろう。

 

学校にあがってからしばらくすると、案の定勉強についてゆけなくなった、でも現にこうして文章を書いているのだからひらがなや漢字は吸収できたのではないかと思うが…特に酷かったのが算数である、運動は無論、できなかった。

 

低学年で躓いた私は家族の中で、父の叱責の的となった、私には妹が居るが、彼女が殴られるのを私は見たことが無い。

週に一度、父が休みの日や、休みの日が穏やかならばふとした平日に、私は父の勘に障ることをして打たれるか、かわりに家の襖に穴が開いたり変化をみせないカビだらけの壁がきしんだ音をたてたりしていた。

そして父は言うようになった、こういう空気は当事者たちしか知り得ない陰鬱なものだ。

 

「お前は知能が低い」

 

このような場面が週に何度か続き、高学年になるごとに頻度が増し、中学にあがってもそれは変わらなかった、当たり前だ、私の頭は変化しなかったのだから。

 

「お前は知能が低い」

 

この呪詛が父の口から出て、団地の狭い部屋が彼の暴力によって軋むたびに、普段は明るい母が「やめて」と懇願した、「私に似たんだから仕方が無いでしょう」私は母のこの言葉を聞くたびに辛くなった。

 

そして思った、父を殺そう、頭が良かったことなど無いのだ、だから頭が良くなることもないのだ、もうそれしか無いような気がした。

 

私が行動に移したのは、父の飲むワインの中にトイレ用やらパイプ用やらの洗剤、そして漂白剤を混ぜるという姑息なものだった。
死なずとも具合が悪くなればよかった、私の苦しみをお前にも与えてやると思った、しかし父は顔色ひとつ変えずにそれを飲み、なんだか酸っぱいといってある日流しに捨てた。

 

私は慌てた、というより家では日常的に慌てていた、休まることが無かった。
すでに本を読むことも禁止されていた…といっても当時はそれほど読めていなかった…私が家でぼうっとする時間は、父により徹底的に削られていた、にもかかわらず私は成績がその実ほぼ学年最下位で、馬鹿と罵られるほどに愚鈍になっていった。

 

私が少年で父が母だったなら、互いの性別が真逆であったのなら多分、現実の私は父に触りたくない一心で毒物で苦しめたかったが…私が少年だったのなら母である父を、撲殺しただろうなと思う、中学の内に殺したと思う。

 


私が今他人に何を恥じるのか、というと自分が父の呪いの言葉に一方的に根負けしたという点だ、保育園の先生の甘い言葉にしろ、結局外部から言われた言葉に自分の根幹を見たに過ぎない。

 

自分で決めた自分の軸、芯というものが私には無かったのだ、私は英雄では無かった、私は三下でしかないのだという類いの…ちんけな、しかし世の中に深く蔓延している絶望である。

自尊心というものを、褒められて意識したのも確かだが、私の中で、自分自身でそれを信じて育もうとしなかったのだ。

他者からの言葉で人生が変わったと嘆く人の弱さがどうしても鼻につくのはこのせいだ。

 

今更ながら私は強くなりたいと思っている、言葉に負けるというのは自分に芯が無いからだ、客観的な自己像で自分がどのように偉いのかを決めている時点で、それは世の成功主義者たちと何ら変わりないのだ、私が高い地位に就いたら、弱い私は他者を見下すだろう。

 

本当の自尊心というものを私は育みたい、そうすれば殺人に手を染めることも無い、現状他者を殺したことはないが、自尊心がないとそのうち自分を殺すことになるだろう、その道のりだけは避けたい。

 

なぜかはわからない、その直感は自分という個体を超えたところからささやく声、一筋の夜空からの光、自分の憧れの誰かが感動して流す美しい涙…神が宿るという言葉が現実味を帯びるときにこそ、強く自分を貫く直感ゆえのことである。

 

ただこの直感のために私は生きている。
ただこの直感のために私は生かされている。
この直感のために私は動く、この直感を守り切るというただその意思が、私の、今のところ他者から何を言われてもぶれない意思のようなものである。

 

唯一それだけを感じている、私は甘い言葉や辛辣な言葉に身を委ねるのをやめたい、父に勝ちたい、父を殺さずに父に勝ちたいと今は思っている。