大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

この仕事に就いた理由【仕事】


私の仕事は客室清掃だが、最近「どうしてそれをやってるの」という質問を受ける。

 

例えば、以前は図書館で働いていたがその質問は受けなかった、なぜなら「本が好きだから」という動機が見えるからである。
私の友人は児童施設で働いているが、やはり同種の質問はされないようだ、子供と接するのが楽しい、その意思がわかりやすいからである。

 

どちらの職種も果てしなく給料が低い、これは事実なのでそのままに書く。
この手の仕事に就いていても一人暮らしなどは出来ない、皆が皆実家や配偶者と暮らす状態で働きに来ている。
それでも「好きだから」ということが働く燃料となっているので、不思議と社会的立場は守られているように感じた。

 

さて、私が清掃業に就いた一番の理由は「肌」である。

 

私は元来酷いニキビ顔で、自分より酷い状態の人は人生でまだ一人しか遭遇したことがない、というレベルの酷さを経験してきた。
ここまで酷いと、接客の最中に利用者に心配されることもあったし、女性ばかりの職場だとゆるやかに気を遣われたりもする。


そして、汚い肌を、隠すのも仕事の内…という意識もある意味では正しいので、私は「肌が酷いことを隠さねばならない」という二重の苦しみがあった。

生理的には肌のかゆみや顔全体の「痛み」が辛く、心理的には「このような自分を少しでも隠さねばならない」という負い目があった。

 

要するに「病」である、私は病が理由で清掃業を選んだと言っても良い。

 

肌のことは、子供時代のアトピーも含め約30年間悩んだ、苦労した、努力というものが最早何の力も持たないほどに、病の威力に私の個体は負けていた。
ほとんどそのことだけを考えて日々を過ごしていたのかもしれない。

 

引っ越しを機に、私は接客の世界から去ろうと決めた、人前に出る職種は自分の個体には向いていないと悟ったのだ。
幸い私は住処は確保している、ただ少し稼いで奨学金を返すことと仕送り、これを出来る分だけ働ければ良かったのだ。

 

となると「自分の身体にとって楽な職種」「楽な環境」という要素で仕事を探すようになる。

 

人前に出ない、ということが大前提で、それならば仮に肌の状態が危うくなっても、それが精神的苦痛には至らない、ただの身体的苦痛でとどめることができる。
そして少人数な環境も重要な要素だ、多人数居るとそのぶん肌への嫌悪感をあらわにする人の居る確率も増えるからである、これは実体験である。

 

というように、万事が万事この調子で、私は客室清掃の職を見つけたのだ。

 

にもかかわらず、これは「病」という理由で見つけた「身体的、精神的な健康状態のため」の「楽」な仕事であるということそのものへの、負い目を感じている。

 

誰に?
と感じるかもしれない、誰にでもない、社会に対してかもしれない。
普段は忘却している。

 

そして思い出すのだ、人から仕事について聞かれるたびにこの負い目と私は対面している。
もしかすると、無職の人もこういった負い目を感じるのかもしれないとふと思う。

 

現在肌状態はすっかり改善した、たぶんこれが本来の肌なのだと思う、それについては非常に嬉しい。

 

なので余計、肌が理由で…と言い出すと本当に妄想の世界の住人だと思われてしまう点も否めない。

伝わりにくさ、この点に於いて私は躓いている、現状を変える気は無い、それは肌のためだ、健康のために健康に生きている、手段が目的と化している。

 

これをもっとうまく伝えられたらきっと、堂々巡りから抜け出せるのだろう。


「病」と「仕事」この二つは私には表裏一体なのだ、ただそれだけのことを、私はこうも負い目に感じている。