大熊あれいブログ

絵画やイラスト、詩や独白文章を公開しています。不定期です。

醜い人の残酷さ【世の中】

 

美しい人は残酷だ。
美醜は善悪では無い、ただの内面的事実として、ほとんどすべてのものを覆う強い概念である。

 

美しい人は理由もなしに行動している、私を見ないで、これ以上何も言わないでほしいと思う。
そのような人と対面しているだけで、あるいは見ているただそれだけで、自分が醜いのを嫌と言うほど知らされるからである。

自分の思うままに進んできた人特有の、強い気配と意思のある挙措。
私は、去年会った美しい人と、まさにその点が耐えがたいというだけで、次の約束を引き延ばし引き延ばし、ついに顔を合わせるのをやめた。

 

では醜い人は残酷ではないのだろうか?
今年に入ってから、私は理由ばかり言う全く美しくない人と知り合った。

 

「自分は貧乏から抜け出せないんだ」
「自分は弱いから、精神の病だとされているから、健常者じゃ無いんだ」
「自分の生まれた境遇ってものがある、なぜか人からいじめられるんだ、人の悪意を僕は感じる」

 

私は、はじめのうち彼と居るのが楽だった、ただの友情関係である、それなのに鼻につくようになった。
しかし嫌いなわけでは無いのだ、彼のことを知るのは単純に面白い、他者を知るというのはそれだけで完成した娯楽、彼の語る苦境にもカタルシスを感じていた、楽しかったのだ。

 

しばらくすると彼は「ほんとうは音楽をつくりたい」と言った。
その次に、「でも時間が無いから」「僕のようなマイノリティ(大多数の価値観には合わない少数派)のことを、誰か偉い人、発言力のある人が表現してくれたら嬉しい」と続けた。

まだ夏だった、真昼の路地を歩いていたはずなのに身体の芯からぞっとした、汗で濡れた彼の額を、私は汚いと思った。

 

まさに私の中にある、創作への欲求と、他者への甘えをまざまざと見せつけられて、私は返事ができなかった。

 

「死にたいって結構思うよ」
どこかの家から漂う蚊取り線香の匂い、アスファルトに落ちる黒い影、私は日傘で自分の身を守るようにして立ち止まった。
彼の言う言葉は真実であると私にはわかった。

 

私は自殺する人が被害者だとは思わない、被害者という状態を好むだけだと感じる、なぜなら私がそうであるから。
もしかすると代々受け継いできた、他者から危害を加えられたり隷属させられることが、それに耐えることが生きることだという遺伝子上の意思なのかもしれない…とも思う、そのような遺伝子性の強い者から死んでゆくのかもしれない。

 

そのような人が、善意の持ち主かというとそうでもない。
死ぬ奴は取り立てて良い奴ではない、自分の思うように自分の細胞まで総動員させるという状態を意識的に封じている、だから他者に対してもほとんどの意識を封じている、つまり残酷でも無いが全くもって優しくもないのだ。

 

死にたい人間の一番の改善点は、善人であろうとせずに好きなことを好きなようにやる、その場合の言い訳を一切しないということではないかと思う。

女がほしいなら女を買う、あさる、酒が飲みたいなら飲む、あるいは音楽をつくりたいなら思うままに作る、ということである。
もてないから女を買ったのだ、セックスレスだから男を求めたのだと言わず、創作をしないことへの理由も特に列挙しないことが「生命を生ききる」一番の近道のような気がしてならない。

 

行動に、何の理由もつけない。
これらの行動に至らないことにも、一切の理由をつけない。

 

私は、…殺人や強姦も、まさにこの原理で起こり続けると思っている。
それを最早悪とは思わない、ただそれを止めたいという欲求もまた理由無き欲求である。

 

欲求をそれぞれに見据えることを考えると、欲求の中でもまさに一番の理由無き強き欲求は、その実「他者を助けたい」というものではなかろうか?


自分の生命や何らかの活動が、他者(人間だけではない、自然や物質的な面でも)の助け、あるいは補助し合う関係(これも対人間に於ける物事を超えた部分で)でありたいという欲求、これはかなり強いものだと思う。


この種の「相互補助したい」という本能をないがしろにしてはならないと私は思う、これがあらゆる犯罪抑止となる直感が私にはある。


つまり、逆説的だが…自分の欲求を個人が本当に追求すると、殺人や強姦は減らすことができるのではないだろうかと私は考える。

 

私が達したい状態、というのは美しい状態である。
私が達したい状態は、脅威に対し冷静で居ることである。
私が達したい状態こそが、トラウマを乗り越えるということなのではないかと私は考える。

 

ちなみに私は、醜い彼に対しては発破をかけたが…うまく伝わったかどうかはわからない。
なぜなら私も人には誤解される質だからだ、きっと彼には今頃、なんという残酷な醜女だと思われている頃であろう。