散文の自画像 

創作魂を持つ大熊という人間が、散文で日々の自画像を綴る文章ブログです。

精神世界 思想 祈り

宿命的裏切り、命の罪悪感

金銭感覚はある一定の水準で止まる、自分の一番の窮地で止まる、月額13万が私の給与でそこから家賃と奨学金とを差し引いていた頃のまま、私の価値基準は止まっている命の価値基準も。当然食い詰めた私は「実家」に帰ったわけだが、実家とはいえ両親が切り詰め…

悪人正機と悪魔ロベルト(悪魔ロバート)の物語

悪魔ロベルトの物語 (悪魔ロバート 英:ロバート、仏:ロベール) ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 中世の西洋、とある大貴族の奥方が不妊に悩み、神様に子供が授かるよう来る日も来る日も神に祈っていた。しかし子供は授からなかった、奥方は打ちひしがれ、縋るような想いである日…

キリスト教概念と仏教概念の融合

仏教思想とキリスト教概念は融合可能である、ということについて考えている。 ①仏教的個人視点「カルマが生じる」ミクロ視点→②キリスト的視点「カルマを含めて目視可能な他者=私」というミクロとマクロの両方を共有する視点→③キリスト教的根源同一の視点=神の…

カルマ思想と魂同一論 自己と他者、善行と悪行の融合

融合するカルマ 魂同一論 本日は仏教国なのでカルマ思想に浸かっている…さて、では私が小学校時代に襲われたのはカルマだろうか?昔は新興宗教系仏教徒だったため、100%カルマのせいだと思っていた。特に創価学会でカルマがどうのこうのという話は特段出な…

祈りの作用

私は数多の魂のために祈ります、苦しみを御母に捧げます、喜びを御母に捧げます。私の苦しみが祈りにより昇華されますように。私が傷つけた人が、誰よりも先に癒やされますように…それはM氏かもしれない、鶴の人の奥方かもしれない、私が気にも留めないよう…

絶え間ない祈りと宗教観、ロザリオや数珠に含まれる時間感覚

絶え間ない祈りについてこれは祈りに関する「個人的な思想」である。目の前を通り過ぎる物事、人、大小のアクシデント、仕事に当てはめるならば内職で取りかかる目の前の本の一冊一冊、清掃時代だったら一部屋一部屋、接客時代の私がこの祈りを実践するとし…

私の神様

個人的体感のうちに生きているとどうしても団体の決まり事というものの中に神秘を見いだしにくくなる。祈りというものは関係性だと説かれても、私は自分の個人的な関係性のほうを重要視してしまう。 関係性の外側へ行ってしまう人間は果たして救われるのだろ…

遍く世々の御母

遍く世々の御母よ 私はあなたを聖母マリアとは呼び難い。聖母マリアと呼ぶには、私はあまりにもあなたを知らなさすぎるしとりたて、カトリックの教義そのものに愛着があるわけでもない。それでも原始母的な存在に私は触れ、果たして、何処までが許されている…