a.o独白ブログ

詩や創作文章を公開しています、時に汚濁あり時に18禁あり、綺麗な場所ではございません、あしからず。

☆Kちゃんのスチームケース【精神】

黄緑色のスチームケースを、Kちゃんという友人からもらった。
スチームケースというのはシリコンで出来ている料理用品である、中に少しの水と一緒に野菜を入れてレンジで温めるとあら不思議、すぐに美味しい温野菜になる、そんな日々の生活にあるとちょっと便利な物を、Kちゃんはくれたのだ、もう大体10年ほど前の話だ。

 

黄緑は葉の萌え出でる色、食べ物の色、生命の色、Kちゃんが私に選んでくれた色。

 

「私は両親には頼れない、むしろあの二人が餓死してないか心配しなきゃならない、でも私は今一緒に暮らしている彼氏と別れそう、私行くあてが無いよ」

公園でため息をついた私に、Kちゃんは言った。

「もし、ほんとうに行くところがなくなってしまったら、私と、私の叔父さんのところへ一緒に行こうよ、一緒に住もうよ、歳をとってからでもいいよ」

優しいなあと思った、こんなことが言えるのだなと私はKちゃんに感心した。
Kちゃんが発した言葉は、表面的に見ると何の現実性も無かった、それは私もわかっていた、だが彼女が本心を述べてくれたというそのことに私は感謝していたのだ。

 

そのすぐ後に私はM氏と出会い形式上入籍することとなり現在に至る。
スチームケースはささやかなお祝いの品、と彼女が、その時にお菓子等と一緒にくれた物だ。

Kちゃんとは職場で知り合った、職場、というこの文字の中に、鳴り止まない電話音や、怒号、誰かが何か叩き付けて割れる音、「俺は明日から出社しないから連絡先教えて」という…誰でもいい誰かのヤケクソなナンパの台詞、そういった煩さすべてが組み込まれていた。
当時西新宿へ私は通っていた、Kちゃんはすぐに会社を辞めてしまった。

 

Kちゃんは大人しかった、私から見て大人しいというのだから相当静かな女の子だったのだ、常に勉強していた。

宅建の資格やらなにやら、勉強するということが彼女にとっての趣味だった、資格をとったから病院の受付で働くことが出来ると言っていたが、資格を取ることがKちゃんの目的である事は傍目にも明らかだった。
彼女は引きこもっていた。

 

引きこもっている理由を聞いてみた。

Kちゃんは言う。
「うちのマンションは盗聴されてるよ、しかもそれを玄関ホールで主婦の人たちが言いふらしてるの」
私は笑った。
「Kちゃん、結婚したら私たちも自動的に主婦の人になるよ、それってほんとうにKちゃんのこと言ってるの?」
しかしKちゃんはじっと一点を見つめていた。
「あいつらが今も聞いているの」
Kちゃんはそう言って固まってしまうことが度々あった。

私もKちゃんにどれほど信用されていたのかはわからない。
だが私は何であれKちゃんが好きだった、大人しいKちゃんが私は好きだった、今やおかしいのに頭の良いKちゃんが面白かった、それをKちゃんは理解していたように思う。

 

Kちゃんが唐突に太りだしてから私はようやく心配になった。
すると彼女は鞄から「私どうやら精神障害者になったらしいの、統合失調症」と言って暗い色の手帳を取り出して見せてくれた。
「薬の副作用で太るらしいよ、けど、どうでもいいんだ、私には女である必要なんてないでしょ」とKちゃんは続けた、私は黙っていた。

身体が重くなったということよりももっと、彼女の身体を何かが支配していて、それが彼女の動作をさらに鈍くさせているようだった。
何かが彼女の視野を奪って瞳を暗くさせているようだった。
Kちゃんは元々足が弱いのでスニーカーのような靴しか履くことが出来なかった、だがジーパンは足の付け根の形が丸出しになるのが嫌だという理由で履くのを拒んでいた。結局緩やかなワンピースと、老齢の女性が履くクッション入りの靴を履いていた。

そして薬を飲み始めてからは、ひどくゆっくりと動くようになった。

 

私は、彼女が辛そうだということが何よりも悲しかった。
彼女が、自分の身体をもう脱ぎ捨てたいのでは無いかと幾度となく思った。
もう身体を捨て去りたいのでは無いかと思った。
Kちゃんは思考だけの存在で居る方がよほど、果てしなく素早く動けるだろうから…それは彼女の学習好きを見ていれば否が応でもわかることだった。

Kちゃんが死んだという知らせが、春の日の朝、彼女の母親から入った、もう数年前の話だ。

 

私は入籍してから家族用の社宅に住むようになった。
M氏の勤める会社の社宅である。
とは言え会社の規模が大きいので知り合いは誰も居なかった、その巨大なマンションの玄関ホールには私と同世代の、子供を連れた母親がわんさか群れており、私が挨拶しても大抵の場合返事は無かった。

子連れは子連れしか人間だと思わないらしかった、その社宅には20代から30代後半までの人間しか居なかった、その場所では30代は高齢だった、そして20代は実年齢よりも若者扱いされていた、私には異常な場所であった。

マンションという不自然な村が、人を脆くさせるのかもしれなかった。

 

私はKちゃんの真意を知った。

3次元上を生きてゆく場合どうしても感じる「物理的距離と心理的距離のあり得ないほどの落差」を、疎外感を、Kちゃんもまた感じており、それを誰かに心底打ち明けたかったのだとその時に知った。

 

私は狂わなかった、狂わなかったからこそ隣人の、数時間鳴り止まない目覚ましの音に発狂しかかっていた。
態度のでかい、同性であって完全に異質な、同年代の母親たちが何故だか無性に憎かった、誰も私を人とは思っていない様子だった、自分の住処で挨拶の反応が無いということが、こんなにも苦しいとは思わなかった、情けなさだけが私を支配していた。

 

しかしこの叫びを誰よりもそばで聞いてくれるであろうKちゃんは、居なかった。
もう肉体という衣服を脱ぎ捨てて思考の果てへ行ってしまった。
一緒に住んでくれるって言ったのに、Kちゃん。
今はきっと信じられないほど身軽なKちゃん、あなたが羨ましい。
結局いつも居場所のあったあなたが羨ましい、と私は幾度も彼女にすがり、そして罵った、つまり私は狂っていた。

 

狂っているかいないかに境界線は無い。
しかし病気かどうかの境界線は、見る人が見れば「ある」のだろう。
Kちゃんが果たしてその第三者の目による判定で「助かった」のか否かは私からはわからない。
Kちゃんは3月の朝に、布団の中で冷たくなっていたらしい。
Kちゃんはいつも「瞬間的に死ねる方法」を考えていた、しかし電車への飛び込みは親族にJR社員が居るから出来ないと遠慮していた、まともだなあと私は思ったものだった。

 

Kちゃんのことを両親はやんわりと心配しているようだった。
Kちゃん一人をいつまで養いきれるのかを、彼女本人が気にしていた。
両親はもう歳だからと彼女はしきりに言っていた。
私は、Kちゃんは大量に薬を飲んだのだと推測している。
本当に大量に、そして肥満の為呼吸が出来ず、自然に嘔吐も出来ず、思惑通り死んだのだろう。
Kちゃんに肥満をもたらしたのは他ならぬ精神医療の薬である、あれを飲み始めてからブクブクとしてきたのを私は見ていたからだ。

 

30代までしかいない村から無事引っ越して、引っ越し先の近隣住民から人間扱いされるのを自覚している私は、今でも、黄緑色のスチームケースで野菜を温めている。

 

黄緑は萌え出でる新しい命の色、私は死んでしまったKちゃんからもらった料理用品で、命を食べている、命を繋いでいる、温かい命で身体を満たしている。

 

Kちゃんのことを私は幾度となく書くだろう、生きている限り。

 

 

☆IUDリングという子宮内部の避妊器具【性】

子宮の中にはIUDと呼ばれる避妊用の器具、避妊リングと呼ばれる物が入っている、私の子宮の中には、である。

 

この器具の存在自体あまり知られていない。
レントゲンを撮った際、担当した白衣を着た整骨院の医者はしきりに「何かの手術跡ではないのですか」と聞き返した、無知は恐ろしい、この無知な医者を前に私は失笑してしまった、子宮内部の避妊器具について語った際、普通に反応できたのは内科医の「先生」ただ一人のみである。

 

外出し、ゴムあり、つまり男女双方に子作りの意志が無いにもかかわらず度々妊娠した私はピルを飲み始めたが、これは重大な副作用として「男性の匂いに対し鈍感になる」という状態がある、風俗勤めをする場合にはこれほど理にかなった避妊用品もなかろうと思う。


だが生きてゆく上で、楽しく生きてゆく上で、男性を選別するということは女にとっての死活問題とも言えよう。

自分の寝ている相手の匂いの善し悪しが判別しにくいなど…何を食べているのかよくわからず口に運んでいる状態でしかない、最早性の意味の完全に無いセックスを作り出す薬であると私は、ピルについては思っている。

 

丸6年ほどの男日照りを脱すると決めたその年、法的な夫婦間に於いてはセックスの一切無い立場の私はこの器具を入れることを決意した。

子宮内部に金属を鎮座させるのだ、数々の事例を読んでもタンポンを入れるが如く、麻酔なしで子宮口を突破し、子宮内部へ器具を入れているようだった、それについて「なんとなく痛い」とか「抜け落ちた」などという女側の相反する体験談がネット上にはあれこれ書かれているのである、人間の人体の内外、というものには決定的な境界線は無いらしい、鳥肌を立てながら私は情報を読み漁ってはおののいた。

 

当日はあまり何も考えず行った、歯医者の方が怖いんじゃないか、ぐらいの気持ちで私はバスに乗って隣の街まで行った、もうすぐ夏だった…産婦人科の待合室はぼんやりとしたピンク色で統一されており、予想よりも涼しかった、夫婦と思われる男女が沢山腰掛けており、椅子からあぶれた少しの女たちは一人で立って順番を待っていた。

 

私は目の据わった女医に、「ほんとうに旦那様と決めたのですね」と念を押された、「一応経産婦を優先的にこの処置をしていますが、そうでない方も出来ますよ」と看護婦にも言われた。

 

「どの程度の痛みなのですか」と私は耐えかねて聞いた、「子宮口にも子宮内部にも痛覚はありません、ですから無麻酔なんです、ですので痛みは無い…と言いたいところなのですが、子宮口を広げるときに痛い思いをするかもしれません」そんな、答えであって答えで無いような返答を女医は発した。

 

痛みを感じる感覚が無いにも関わらず、痛い思いをするかもしれない、ということなのである。
さらに女医はこの避妊器具を実際に2つ、というより2本、目の前に出してきた、Tの字のような、頭の無い人物が手を広げたような、奇妙な形をした小さな物体だった、海の生き物のように紐状の尾ひれがついていて、これを引っ張って取り出すらしい、5年ほどの消費期限がある、それ以上子宮内部に留めると癒着が起こるので避妊器具は5年を目処に取り出すのだ、もちろんそれをするのは医師の役目である。

 

「たまに好奇心旺盛な男性が、膣内に紐があると言って引っ張ってしまうことがあって…救急車を呼ぶことになりかねないから、パートナーにはきちんと説明しておいてくださいね」この女医の言葉は矛盾している、なぜ子宮口や子宮内部に痛覚が無いのにもかかわらず、男女の房事が阿鼻叫喚の地獄絵図になるのか…言っていることがおかしいではないか、女医よ、と私は無言のまま語りかけた、避妊器具も女医も黙っていた。

 

より小さい方が痛みは少ない、というただそれだけの理由で、その海洋生物めいた物体を見比べながら、私は小さいほうを選んだ…この感覚を覚えている、下手(な)に巨根と付き合うと切れ痔になって本当に痛い思いをした、あの時の気持ちが甦った。

 

待合室で私の心身はより一層冷やされ、ついに全席を独り占めする頃、私は着替えるように言われた。

 

その3分後、何故、午前の診察の最後まで待たされたのか…私は下腹部の裂けるような痛みで叫びながら、処置台で下半身丸出しのまま、やや無重力状態の体勢で気付いたのだった、そう、女の怨念のこもった声が、ほかの誰かを脅かす事の無いように、私は待たされたのだと私は絶叫しながら思った。

 

看護婦が4人ほど、私の手と足とをそれぞれに受け持つ形で押さえていた、押さえながらも私を励ました、私は痛みで泣いていた、それを看護婦が拭った、女医は冷静に、画面にあなたの子宮のあたりが映っている、子宮口と呼ばれる、膣よりも内部に存在する入り口が、女の身体の二重扉の奥の扉が平均に比べて狭いので、痛み、のようなものを感じるのでは無いかと私に淡々と話した、女医は一度、呼吸を整えた、もう一度やりますから力を抜いてください、と私に何度も言った、末期の水を飲んでおくのだった、自販機で売っていたおいしそうなココアを飲んでおくのだったと私は悔やんだ、処置は永遠に続くかのように思われた。

 

女医も私も看護婦も、終わる頃には皆汗だくだった、私は両足がずっと震えていた、体中が震えていたのでしばらくの間、寝かせてもらった、丸い窓から交差点が見えた、そこを行き交う人々が全員誰かの子宮から発生し、生まれてきたという事実が私には遠い星の生物を見るように実感の欠けるものに思えた、皆紙人形のような気がした、小一時間も大人が総勢5人で力尽くで行ったこの処置を思うと、さっさと麻酔医を呼んだ方が安くつくのではないかと思った。

 

帰宅してからも強烈な鈍痛が続いた、大体丸5日ほどだろうか、私は下腹部が自然の摂理で微弱な動きをするたびに床にうずくまった、指の先にまで痛みを分散させるかのように拳を握った、どうすることもできなかった、高熱は3日ほどで落ち着いた、身体が異物を消毒しているその間、私はなにも食べなかった、食物すら異物であった。

 

処置から3日ほどしたらセックスもできます、という言葉は、あなたも3日でアイドルになれます、あなたも3日で億万長者になれます、という言葉と同じくらい、白々しく谺した。

 

実に2週間以上、私はじっとしていた、正直に言ってしまうと、すっかりセックスするのが怖くなっていた、異物をこれ以上一切、ましてや消毒していないペニスを局部に突っ込む等と言うことは到底出来まいと思った、私は、下腹を抱えながら思った、下腹部という空洞自体を守るので精一杯になってしまった事を、静かに悔やんでいた。

 

しかし…一ヶ月ほど、好みの相手とただ面会するというだけの事を繰り返すうちに、精神面での雑菌への抵抗力が甦ってきたのだった、美味しそうな男の匂いを幾度か嗅ぐうちに私の生きる力は復活したらしかった、下腹が蠢いても、痛くても、相手を食べたくなっていたのだった。

 

今、私がこの器具を取り出して、セックスをすれば妊娠するだろう、そうしてしまいたい衝動に駆られるときもある。

 

この痛みについて、男性に置き換えて述べるならば、裸に近い格好で看護師(雄)たちに押さえつけられ、かつ励まされ、男性医師にペニスの先から、尿道を伝って長い金属製の管か何かを、睾丸に至るまで無麻酔で入れられ、精巣へ器具を仕込むというものだろうか。

 

拷問でしかないこの処置で、私は生活を保っている、生活を保つために私は避妊している、楽しみたいがために避妊している、生きるために避妊している、そして私が楽しむと言うことそのものは、私が生きることそのものは、本当に誰のためにも生らないことだろうかと私は問いかけたい。

 

「この人間社会が終わっても良いのか」と私はあるとき、尊敬する人に問われたことがある。
「別にかまわない」と私は答えた。

 

だって…私がこの社会を構わないように、誰も私を構わないでしょう、避妊器具のことは知らないが、膣のことなら知っている、子宮のことは知らないが、AVだけはよく観ている、そのような社会を、どうして私が愛おしいと思えるのだろうか、どうして私がそのような社会を、さらに作り上げてゆかねばならないのか、痛みという代償を払ってそこまでの事をする意味がよくわからないのです、と私は答えた。

 

私にこの世について何かを訴えかけたい気持ちがある場合、こうした文章にするのが関の山である、他者から相互的に行動するのを待つのではなく、自ら先んじて行える物事が私にあるとすれば、それは子供を産むことではなく、書き連ねることでしかないのかもしれないと思う、強いて言えばこの無力さを、受け入れながら私は生きているに過ぎない、それを許せなくなったときには、死というものがいよいよ目前に迫ってくるのだろう、私は弱い、と私は言わざるを得ない、だが私は生きる、と私は言うのである。

 

私の子宮の中には、避妊器具が入っている、この状態を素直に例えるなら、それは私の問いに答えられる人物とはついに巡り会わなかった、ということについての、白旗のようなものである、と私は記すのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首都高速の高架下【詩】

首都高速の高架下、あのコンクリート色の場所は、大きな川辺のすぐそばにある。

 

高架下と交差するように架けられた橋の片隅。
虹の大橋と看板がつけられたあの橋の、そのすぐそば、真上には首都高の裏側がむき出しになっている風の吹きすさぶ場所、そこに木は植えられていた。

 

私がその場所へ、敷き詰められた砂砂利の道を、足の裏をジャクジャクと軋ませながら歩いて行くと木は、微笑んでそれに応えた。

 

私の部屋から、大きな川辺が見えた、首都高も見えた。
川面には、規則正しい不自然な窓辺が、歪んで存在していた、川面では私の部屋もぐにゃりと曲がっていた、木はそれを見ていた。
木は川面を見ていて、私も川面を窓辺から見ていたから私たちは知り合いだった、私たちが知り合いだということを知っている人は誰も居なかった。

 

首都高を飛ばしていたときにね、と私は言う。
死のうと思ったの、と私は言う。
私は助手席に居て、これからどうなるのかなって思ったら笑ってたの、スピードをどんどんあげた車の中で、あの空間だけが世界から切り取られているように感じたの、特に夜の首都高は、街灯の間隔やその明かりの色が、車のスピードに調子を合わせて、その時にしか聴けない音楽を奏でているの、それにさらに色が加わって、私もう、自分が車に乗っているのでは無くて、自分は自分という箱の中にしか存在出来ていない、ということの苦しさに、参ってしまった、だって、と私は一気に言う。


…だって、私はまだ、あなたがここに居るって知らなかったものだから、あなたが、川面を見てるってこと、あなたが、窓辺から身を乗り出して見えない道を探している私を見ているって事を、私は知りもしなかったから、と私は言う。

 

木は頷いた、木が、首都高の事も含めて、私の話すことを理解しているということも、川面にこそ虚偽ではなく本質が映り込んでしまうということを、木が知っているのを私は理解していた。
私と木はそうやって語り合った、そこは本来、海の一部で、砂で出来た島だった、そんな場所に木は来ることができない、だが人がゴミやら土やらコンクリートやら、砂砂利やら首都高やらを持ち込んで、ブロックを組み立て、木もその人口の入り江を構成する一部となった。

 

木が首都高を知っているのは木がそこを通って運び込まれたからだった、木もまた、あの手の道に据えられた灯りのもたらす催眠効果を知っていた、トントントトントントントトントン、わかるような、でも理解出来ないようなリズムで灯りがこちらの皮膜を叩いてくるのを、木も体験していた、夜に人間の手が加わると、それは真横からのオレンジ色の音となって木や人を独特な感覚に陥らせる。

 

コンクリートの地面には、夜の緑の光は無いよと木は言った、私は聞き返した、なに?夜の緑の光って?

木は言った、夜には土の地面から湧き出る緑の光がある、それが昼の間でも木が、地面にしっかりと根を張るための、重くなるための、地面に属するための光なんだよ、だから水鳥以外の鳥は、木の高い場所で休むんだ、そうしないと昼間飛べなくなるからね…私は木の言うことを素直に受け止めた、木の話すことなら素直に受け止めることが出来た、私は木と話していることは誰にも言わなかった。

 

引っ越すときに、虹の大橋へ私は、部屋から出て数百メートルばかり歩いていって、木に、改まった別れの挨拶をした、木を、哀れまないようにと私は思った、木は黙っていた、私が土のある地面へと移動することを、寂しげな笑顔で見送った、砂砂利の、風の吹きすさぶ場所で木は、土を思って眠ったり目覚めたりしている。

 

今度さ、と木はそのとき言った。
土のある土地へ行ったら、夜に外を見てごらんよ、と木は言った。
土のある土地の夜は、緑色だよ、コンクリートの道まで緑に染まるほどの、地面に属するための力が湧き出る場所だと思うから、次の日の昼間は足がうまく運べなくなるかも知れないけれど、あの緑色を見てごらんよ、と木は言った。
あの緑色にね、手を伸ばされかけたんだ、もうこれ以上どこへも行かなくていいように、枯れてしまおうって持ちかけられたんだ、緑の光は、夜の光は、呻き声に少しだけ似ているんだ、ずーっと止まない低い低い深緑色の声なんだ、地下から伸びてくる深緑色の太い一本の、絡まった古い古い毛糸みたいなものが、夜中、触手みたいに他者を探しているんだ…それもいいかなって思ったよ…でも青い朝が来たときにはまだ、枯れてなかった、だからここへ来た、と木は一気に言った。

 

木はしばらくの間風に吹かれつつ、空が、数多の自動車や建物の配管から出る灰色の音で反響するのを聞き入っていた、そして静かに笑った。

 

手を振ったら、人は怪訝そうにしていた、木はまだ微笑んでいた、私がここへは戻ってこないことを、それが幸せだということを木も知っている、木よりもずっと木の性質を帯びている私を、木は許してくれた。

 

首都高速の高架下、コンクリート色の、大きな川辺のすぐそばにあの木は植えられていた、高架下と交差するように架けられた橋の片隅に、人よりも人らしい、おしゃべりな一本の木が居ることを、緑色の夜の光を見た私は、知っているのだ。

 

 

 

 

寒いので夕日を食べる【詩】

寒いので夕日を食べる、もうすぐ冬至なのだ、身体には日の光を蓄えなきゃならない、地面に属する構成のものは、太陽が少なくなると脆くなってしまう、それは人間とて同じだ。

 

橙色のもので代用できる、ぎっしり詰まった夏の身体が恋しい、柔らかく湧き出る春の身体が懐かしい、余分なものが地面へと還りすっきりとしてゆく秋の身体が、私は好きだった、もう冬が身体の内部へと伸びる枝葉の先端まで迫ってきている、枝葉は枯れて冷えている。

 

そういうものだよと私は言う…嘆かずともよいと私は言う。

冬なのに秋のままに、身体から、地面へ栄養を還している状態の人を目にすると、「まだ若いようだ」と私は言う。

それは世辞でも無く、うらやむ気持ちでもなく、事実を私自身に告げるために私は言葉にするのだ、そうすることで冷えた心身が少し、暖かくなる。

 

枯れ枝を拾い集めた、私は植えられた木の、葉の生らない枝を見つけては手で手折った、そういう枝は自分が去るのを、待ちわびているかのようだった、生まれ変わるのを待っているようだった。

私は木々に言う、じきに冬至だから、身体には日の光を蓄えなきゃ生らない、地面に属する構成のものは、太陽が減ると脆くなってしまう、それは木々とて同じだ。

木々は何を食べるのだろうか、木々は日の光と土とを口に入れ、虫の愛撫と、風の衝撃と重力の届かない場所からの涙を何より愛している、では人は何を食べるのだろうか、何を愛しているのだろうか。

 

私は窓辺に立ち、薄い膜のような綿織物を引き上げた、口を開けてその時を待った、いよいよ日が傾いて橙色の一筋となって私の内部へと進んでくる。

 

今、橙色の太陽を食べている、その味は、すべての死者の最後の体温の味、あなたの、何故だか赤い髭の毛先の味、これから生まれるすべての卵の黄身の味、それが私の、脆くなった身体の隙間を少しずつ満たしてゆく、その温度を私は手放さないようにする、それが冬の、地面に属する構成のものの仕事、存在を目的とするものすべての役目である。

 

寒いので夕日を食べる、脆い私は、ぴんと膜の張った私を懐かしく思いながら、冬至を待つ、口の中で橙色の熱い火がパチパチと瞬くのを楽しみながら、手折られるのを、生まれ変わるのを、ただ一人待っている。

 

 

 

☆M氏の拒絶と愛(性的不能、セックスレス、信頼関係)

薄暗い夜の部屋にて、私の目前でオレンジ色の閃光が散った、黄緑色も少し混ざるくらいの、幾筋もの強烈な火花だった、はっとした時にはもうドライヤーから焦げ臭い匂いが漂っていた。

 

私の気付かぬ間に、私の身体は悲鳴をあげたらしかった、隣の部屋からM氏が駆けつけてくる、そのトントンという妙に柔らかい足音を聞いている一瞬のうちに、私はさらに声をあげた。

 

「入ってこないで、大丈夫だから、今裸だから!!」

 

M氏は私の部屋で起きた何らかの現象そのものを知りたがっていた「どうしたの、怪我してない?」私は「裸だから!!」と返した、それがすべてだった、私は彼に自分の裸体を晒したくなかった、たとえ怪我をしていたとしても、感電していても、裸を見られるのはご免だった。

M氏のうなだれる気配を感じ、私は何かしら彼を慰めるようなことを言って、とりあえず服を纏った、濡れた髪はどうしようもない。

 

M氏は、子供の頃相当な肥満児だったらしい、それが原因かはわからないが…
今から…四捨五入すると10年ほど前に2度目のデートでキスしたとき、その一時間後に彼のマンションへ行ったときから、彼が私では欲情できないということを私は知った、彼は私の裸体を見た、私は…これほどまでに、意気消沈した男というものを、初めて見た。


すべてわかっていて籍を入れた、M氏のことは理想の父とばかりに慕っていた、私(と両親)の生活が困窮しているのを救ってくれたのも彼だった、彼が居なければ…私は何度でも彼のような男を捜したに違いない、ほとんど全くといっていいほど欲情しなくとも、優しい男を、私が父親だと心から思える相手を、私は求めたに違いない。

 

名前が変化してからの1年は、事も無く過ぎた、ほぼ毎日訪れる肉体的火花も、一人で鎮めてしまえばなんとかなると私は思っていた、それどころか、これは精神的な関係なのだから、だからこそ彼を愛しているのだと私は思っていた、私は自分の心身を直視していなかった。

 

丸1年が経過した頃、ひどく胸が痛むようになった、胸と言うよりも胸部全体が夜になるとひどく軋むように…何かの亀裂が生じるかのような痛みだった、私は自分を鎮めるその時にこそ、この痛みが生じると知った、その途端痛みは切迫したものに変化した。

 

昼間仕事していても夜に眠れない、そのような苦しみを…M氏こそがもたらしたように私には思えてならなかった、私は実はM氏のことは当時、寝たいと思える相手だったがために、様々な誘い方をしてしまったのだ、結果M氏と私とは一時的に不和になった。

 

私は男を作った、M氏も私もまだ若いことだし、貯金も出来たわけだから、M氏に月々の慰謝料なりをきちんと納めて、それぞれに人生をやり直そうとM氏に持ちかけた。

 

M氏は頑なに拒んだ、私を肉体的に拒否し、同時に私がそばにいないということを最も頑なに拒んだ、拒否も、離れることの拒絶も、未だに続いている。
当時の私には理解できなかったのだ、M氏が何故私を拒みながら私の離れることをも断固拒否するのか、双方の現象をM氏が何故拒絶するのか私には意味不明だった。

 

私は男と部屋を借り、既成事実という体でそこへ移り住んだ、3ヶ月程だろうか、さすがのM氏も堪えるだろうと思った、夜になると胸部が軋んで痛みで眠れない程度には、堪えるだろうと私は思っていた。

 

予想に反しM氏は、至って平穏に…好きなアニメ映画を観に行ったり、ゲーム三昧に過ごしたり、アニメに出ていた高い自転車を買って乗り回したり、そういったオタク臭い、要するにM氏にとってごくごく一般的な日常を謳歌していた。

 

私が連絡をすると2次元的な日常に刺激があるようで泣いて喜んでいた、私が「今あの人の子供が産みたいの」と(馬鹿)正直に話した折にはM氏はなんとそれをふたつ返事で許可した。
「いいよ、だってあれいちゃんの子供は、君本人のようなものでしょ、だったら俺も協力するよ、一緒に育てようよ」私はM氏のこの言葉にそれ以上何も言えなくなった、M氏の人間性を知ったのはこの頃からだった。

 

結局男とは子供を成すこともなく別れた、男はしばらく未練たらしさからストーカー化していたが、M氏は男の事もかばった「悪い人じゃないよ、俺は道で彼とすれ違ったけど、顔を見ればわかるよ、君を好きなだけだよ」元恋人への、私の手のひらを返したような態度を諫めたのは、事もあろうに戸籍上では私の旦那であるM氏だったのだ。

 

それから5年以上、私は夜になると訪れる胸部の軋みに耐えた、というか結局耐えられなかった、痛いものは痛かった、足りないものは足りなかった、M氏へ感謝を捧げるほどに、私は自分の不満足に気付いた、そして自分のふがいなさを責め、M氏をも責め、そして責めたことをさらに悔やんだ、そうやって5年以上が過ぎた。


一般的な言葉として「20代なんてあっという間」というが、私には後半5年は特に長かった、思考に於ける最後の出口にはいつも自分が居た、私はその出口に向かって石を投げた、しかし自分という存在の理由をたぐってゆくとどうしても、自分という存在は、自分を超えてしまうという現象に気付いた。

 

私は自分を恨みたかったが気付くと、両親や、先祖だけではなく土や海水や雑草といった存在にまで自分の存在が細分化してしまう現象に気付いた、つまり何もかもが、誰のせいでもないのだと私は長い思考の末に思い至った、思考の末に、とうとう私は自分を見失ったのだ、自分など居ないということ、元来、自分の存在は偏在しているのだということを私は自問自答の末、音も無く涙が頬を伝うのを感じつつ、直視したのだった。

 

今できることは…と考えたときに、私は至極真面目に「性欲を薬物によって抑制したい」「そうすることで胸部の痛みや、耐えがたい夜を耐えられるようになる」「M氏を恨まないようになれる」と思って、一時期は医者へも相談した。

 

その相談により、自分自身の考えに変化が起こった、さらに1年ほど経っていた。

私はM氏に素直に話した、M氏ははじめのうち泣いていた、私は「私たちが精一杯生ききる、ということが何よりも必要だと私は思っている、ずっと我慢している生活は、M氏のことも恨んでしまう、私はM氏を恨みたくない、いつでも感謝していたい、M氏にも恋人が出来て欲しいとすら思っている、私は相手が欲しいんだ、それが居ないということが辛いんだ、別れたくなったら別れてくれてかまわない」と告げたからだ、家を建てるとき、M氏とこのことを結構話し合った…何度かの話し合いの末、M氏は私の申し出を許可した。

 

愛、というものを言葉で説明するのなら、エーリッヒフロムの述べるように…他者(あるいは自己)への配慮を軸とした、互いの助けになる働きや、相手への許しを実践することであるような気がする。

 

私は思った、もしかしたらM氏は今、胸部が軋んでいるのかも知れない。

そしてさらに思った、M氏も私も、身体のどこも痛まなくなるのは一体どのようなときだろう…もしかすると老人になってからかもしれない、もしかすると、死んでからかもしれない。

 

真夜中、目視できたり出来なかったりする曖昧な存在の大量の通行人が、私の上部を過ぎ去るその振動で、私が前後不覚の恐怖に陥り、呻き声をあげる、まさにその時に、私はM氏の手を握る。


M氏は、どんな中に在っても平穏だ、M氏は他者からどのような扱いを受けてもM氏自身が、バラバラに散らばったレゴの、そのたったひとつのブロックのように、何故か、単一で、完成している、と思わせる性質の男なのだ。
だからこそ私はM氏を頼っている、理性が眠っているときに、私は隣の布団のM氏に手を伸ばす、M氏は眠りながらそれを受け入れる、指のたった一本が触れ合う仲、それがM氏と私との現在の仲である。

 

「新しいドライヤーを探してたんだ、これはどう?明日には届くよ」そういってPC画面から振り返るM氏はもう落ち込んではいない、不思議な奴だな、私の独り言を察してかM氏は笑って「ドライヤーが火を噴くなんてね」と言う。

 

それでも私は裸にはなりたくないよ、と思う、それをあなたが目にしたときに悲しみや戸惑いしか生まれない姿には、私はなりたくはないよ、と胸の内で続ける、そのような時に、胸部は依然として、実感のある鋭い痛みを私の心身にもたらすのである。

 

転生、ということが起こりうるとして、来世の私…のような視点をもった生物の胸部が痛むことがあれば、そのとき、きっと、その視点は胸の痛みをどこか懐かしく思うだろう、そして心から安心するだろう、愛、という現象を体感したようにその視点は感じるに違いない、そんな風に今は思う。

 

 

 

芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている【詩】

芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている、そんな朝はただひたすらに青く、湖に街ごと沈んでしまったかのようだ。
この青い空気を羽に内包しているらしい白鷺が、音も無く飛翔する、そのまままっすぐ、あの橋の下まで。

 

あの橋の下で私は一晩中過ごした、寝袋に入って、ひたすらに朝を待った。
わかっていたのだ、投函された手紙はもう誰にも読まれない、それを取り戻すために私は歩いてきた、今手に持っているこの手紙が、最後の文字。

 

文字は踊っていた、どこか力の無いその文字たちは、夜が好きでは無いらしい、手紙から逃れようと踊りながら、私に気付かれないようにもがいていた。
私は逃げない、あの人から逃げない、そう繰り返したが寝袋は棺桶のようだった、その棺桶を照らす光に、私は気付いた。

 

夜にも光があると、知っている人はどれくらい居るのだろうか、昼間降り注ぐ光とは別種の、地面から湧き出る緑色の光。
緑色の世界から鳥は逃れている、緑色の光は昼の光の中飛ぶのを妨げるのだ、だから鳥たちは木の上を宿とする、私は寝袋から出て、自分が、発光する地面からの光に染められるのを、朝には膝下まで真緑色になるであろうことについて、祈りながら耐えた。

 

祈りは両目から水となって地面へと還っていった、生まれることが間違いなら、地面へ戻る方が行いとしてふさわしいと、あの人は言っていた、あの人の匂い。
匂いは手紙から染み出ていた、それは夜をはね返す真昼の室内を思わせた、手紙だけは真昼の時空を維持していた、文字がなぜ逃げたがるのかその時にわかった。

 

私も文字も空間からにょきにょきと生えている一粒の水に過ぎない、空間を超えることは叶わないのだ、私はもうあの人に会えないのだと、その時に知った。
すべての水がほんとうに溶けきるときに、光が、青でもあり緑でもあり、真昼の卵色の光でもあるとき…そのような時が来ない限り私はあの人には会えない。

 

電気だって光だ、そう思った私は地面へと還るため、高圧電流と書かれた看板の下まで、あの橋を過ぎて次の柵の所まで歩いた、手紙も、文字達も地面に還したかった。
そこは昼間でも鳥の一羽も来ない場所、せっかく実った柿の木もうち捨てられるままに在る場所、鳥たちの避ける場所、人間の居場所だった。

 

人の居場所に私は橋を越えて帰ってきた、私が柵をよじ登ろうとすると地面は赤茶色に滲んだ、ふと気付いた、霜は朝日と共に地面へと訪れるらしい。
真っ赤な巨大な目が、僅かばかりの涙をながしてゆくらしい、それで銀色の霜が地面へと着地する、私の祈りが地面へと還ってゆくように、しかし人間の土地へは…人間は横たわることしか出来ない、電気を帯びて気を失った私は地面へと還れずに目を覚ました。

 

仕方なく私は来た道を引き返した、この橋の下まで私は、膝下まで緑色になった状態で力無く歩いてきた、夜に長く居すぎたのだ、人は自分の居る時間の色に染まる、あの人が卵色だというのも、あの人が真昼にこそ存在しているからだ。
幾日か眠れば、また私も元に戻る、夕方の色に、私は戻るのだ、そして窓辺に立って思い起こすだろう。

 

芝生で覆われた土手一面に、霜が降りて光っている様子を。

そんな朝はただひたすらに青く、空気を吸うごとに自分もまた青く変化し、湖に街ごと沈んでしまった世界を構成する一部に成ることを。
この青い空気を自らの羽に内包しているらしい白鷺が、音も無く飛翔する、そのまままっすぐ、あの橋の下までゆくことを、私はもう知っているのだから。

 

 

 

 

 

ポエム【詩】

空気の澄んだ午後に、バスに乗っていて窓越しに外を見たら、落ち葉の舞い散るただ中に、妙に好みの男が立っていたので思わず私は凝視した。

 

意外なほど温度を感じる冬の日差しのせいか、マフラーを取りさって顔を上げた彼が、なんとこちらを見つめ返してきた、ほんの少しだけバスは動き、停留所に止まった。

 

彼はゆっくりとバスに乗ってきた…私は彼を見ないようにしたが、なんと彼は臆すること無く私の隣の座席に腰を下ろして、私を見ていた。


私は動揺しながら、さっきは見つめすぎてしまったと謝罪した、彼は上品な服装に身を包んでいた、私は自分の身なりというものを考えていなかったことに、見つめられて気付いたのだ。

 

しかし彼は言った、いいんだよこのままで、しかし彼はそれ以外特に言葉を発しなかった、私の話す言葉に対しても特に反応する様子も無かった、手の甲と甲とだけが触れ合うような状態が、はじめのうちこそこそばゆい快楽をもたらしたが、やがてつまらない、どこか窮屈なものとなった。

 

今言いたいのは…ちょっとの間ですら、あなたのような素敵な人と隣り合わせに座ることが出来て光栄だった、普段はお風呂に入らない感じの人とよく乗り合わせてしまうの、私はヒエラルキーについて考えていたの、あなたと会うたびに考えていたの、一億以上するあの家を見て思ったの、あなたの鮮やかな服を見てわかったの、それを落ち着き払って身に纏うあなたのことや、団地のカビた壁を思い出しながら考えたの…それでも、逆恨みほど物事をつまらなくさせる現象は無いって私は思うようになったの。

 

やっぱり私は残念でならない、この話をあなたにすることも無いのだから。

 

もし引き留めてくれるなら、あなたが何を考えているのか聞かせてね、景色の中であなたが浮かび上がるように鮮やかなのは、きっと音楽の中で育ったせい、唄の色が染みこんだせいだよ、だからあなたは美しい、あなたからの言葉は少ないので、私にわかるのはあなたの外見だけ、何故だろう、もう寒いせいかな…なんだか目が潤むし鼻も出る、だから顔を拭っているの、色鮮やかなあなたから目を背けているの。

 

私は立ち上がるために身をよじった、彼の視線を頬で受け止める、ああ、そうだな、私も彼の目を見るのは苦手だったんだ、なんか苦手だったんだ、美しいから苦手だったんだ、だから一人で、彼がどこかに視線を泳がせているときに見つめていたのだった、彼が何か言うなら私も彼の目を見なければならないのだ。

 

乗っているバスの窓越しに、私はあなたを見つけて凝視した、顔を上げたあなたはこちらを見つめ返してきた、そういう人とのことを一つの水晶に閉じ込めて何度でも愛でていたいの、香水にして冬の日の香りを閉じ込めてもいい。

 

だから私はあなたにしたかった話や理不尽さを、ひとつにまとめて書くことにするよ、それを誰かが読んだり演じたときにこそきっと、私たちの関係というものが完結すると思うの、人間関係を完結だなんて、確かに私は病的だね、あなたが…私の苦手なあなたが口を閉じるのも理解できるの、もしかしてあなたも私が、苦手なんじゃない?

 

前みたいな引き留め方はやめようね、お互いの面前に中指を立てることもやめようね、お互いの目的地へ着いたら、バスから降りて、そしたら今度は、手を振り合おうよ、それだけを約束にしよう、ね、私の苦手な、とても美しい人。

 

 

 

 

 

 

 

白装束の人々【霊のはなし、概念】

まだ家族で車に乗っていた頃、まだ私も信仰心を掲げていた頃、妹がようやく物心ついた頃、私たちはよく祖父母の家へ遊びに行っていた。


山々の合間を縫うように高速道路で走った先の盆地へと頻繁に赴いた。
その日は「した道」、要するに一般道を使って行ってみようということになった、この車にとって新しい道を、街と街との中間に位置する薄暗い景色を見ようということになったのだ。

 

東京と山梨の合間には、大月や塩山などといった昼間でも山陰によって日光が遮られているような、どこかひっそりとした地域が存在する。

高速道路での走行の場合、上空の青さと山々の色合いや暗さを抜けて…山が低くなり日の当たる部分が増え、畑など、手入れされた土地の割合が多くなると私は「甲府」についたなと感じる、同時に人間よりも、影の力の濃かった景色の終わってしまったことを、さびしく思った。

 

人の気配よりもずっとその他の気配が強い場所というものは存在する。
森林や山である、それも一般的に言う「明るくて美しい自然」などではなく「昼間でも暗くて、人を飲み込むような、重力があらゆる方向に向かって存在しているかのような独特の自然」が、東京と山梨の間には広がっている。

 

私たちの乗っていた車はあずき色だった、ディーゼル車だった、車に乗るたびに父と私は鼻水を垂らして苦しんでいた、妹はしょっちゅう吐いた、母だけがケロリとしていた、その車の中で、よく晴れたどこかの山の道路わきでフライドチキンを食べたのが一番いい思い出だ。

 

その車に乗って、東京と山梨の間の薄暗い道を走っていたときだった。

 

突然両親が騒いだ、何か興味を惹くことがあるとこの二人は沸き立つのだ、目新しいモノや、珍しい現象が起こることを常に期待しているのだ。
「どうしたの」と問うと、二人は口々に答えた。

 

「川の方を見てごらん!」と母。
「沢山人が居るよ、変な宗教じゃないのか?儀式の最中じゃないのか?ちょっかい出してやろうよ」そう言う父は母に対していたずらっぽく笑っていた、母は宗教をやっているのだ、母は軽く父を小突いた、しかし二人とも楽しそうである。

 

一般道とはいえ山のすぐそばを私たちの車は走っていた、山は道のために削られ、岩肌が私の席の窓のすぐそばにむき出しに迫っていた、時折「落石注意」という看板が視界を通り過ぎた。


私とは反対側、妹の側の窓へと私は身を乗り出した、確かに川が、遠くに、民家の合間からチラリチラリと見える、しかしその水は煌めいたりはしない、すべてが影となっているような印象を受けた。

車は山のそばの道を逸れ、どこか古びた信号機の示す方へ、さらに細い道へと移動した。

 

両親の言う川が近づいてきた、川の向こう岸にはこんもりと茂った雑木林が流れに沿ってずっと続いている、岸辺は砂利になっていて、あまり水流はないらしい。

水面はどこか淀んでいるが、近づくにつれ川の広大さがわかった、岸から岸へ渡るには少し骨がおれそうだ。

 

そして私にも見えた、砂利の岸辺には数十人ほどの白装束姿の人々が静かにゆっくりと歩いていた、男も女も皆が皆、白い着物に身を包んで歩いていた。
表情は見えない、俯く様子なのか情熱的に祈りを捧げているのかそのどちらかといえば、俯いているような印象だった。

 

「このあたりじゃまだ土葬らしいよ」
その父の言葉に「もう土葬は禁止じゃん、でも野辺送りの再現かもねえ、こうして見てると面白いねえ」と母は答える。

 

ひっそりとした川辺を沢山の白装束の人々が、歩いている、彼らの後ろには木々が生い茂っておりひたすらに暗い、しかし相反するように砂利だけは光を宿しているかのようにほんのりと明るい…走行中の車から見えたのはこの景色である。

 

もう少し車を川沿いに寄せようという父の判断で、私たちはさらに川へと接近した、そしてもうここまでしか近寄れる道はない、というところまできて車を停め、降りてみた。

「あくまでそうっと見てみようよ」と私たちは何か共謀する人間たち特有の笑みを浮かべながら川岸へと歩いて行った。

 

川の匂いを嗅ぎながらその場まで辿り着いたとき…ぞっとした、全員が目を見合わせ、言葉を飲んだ。

川には、そもそも、砂利の部分など存在しなかった。
大きな用水路のように、両岸は遙か遠くからコンクリートで固められており、その人工的な凹みの中を緑色の水が大量に流れているだけだった、もちろん白装束の人々も見当たらなかった。

 

民家が立ち並んでいたが、田舎特有の静けさと、田舎特有の視線とを感じた、私たちは川の流れる音だけを背に、無言のまま車の中へ引き返した。


私はこの出来事に関してごくごく個人的な考察をした。
私たち生きた人間というものは電気を発生させている、一方霊というものはメモリのような存在で、血族間などで生じた強烈なエネルギーに反応して、その土地の記憶というものが立ち現れる、再生されてしまう作用があるのではないだろうか、つまり、霊というものは大方、その土地の記憶なのではないのだろうか?

 

もうあの車もこの世に存在しないと思うが、あの車に第三者が乗ることがあったとして、その人物の出す電気が大きければ、その人物は唐突にフライドチキンを食べたくなったり、漠然と東京と山梨を行ったり来たりしたくなるかもしれない、そういうものが霊のような気が、私はする。

 

だから何か行動をするときに、その場所に居るときに、楽しい事やひらめきの気持ちがあるかどうかを自分に問いかけることにしている。
それがきっと土地というものに、降り積もって光を発するようになると、私は思っている。

 

 

 

 

 

 

他者不在の性的夢想、自然の中に私は溶けたい【性】

たまに土が食べたくなる、地面の匂いを嗅いで、その土が湿っていて黒々としていると栄養が高いのを感じるのだ、土粥にして食べたいというよりも土そのものを口に含んで、穴を掘って裸で寝転んだらどんなに気持ちよかろうと思う。

 

夢想の中で服を脱ぎ捨て裸で土の中に居る私は、ぐるぐると動き回って肌に土をこすりつけている、身体が汚れれば汚れるほど皮膚感覚が研ぎ澄まされ、小さな虫が這うのすら吐息を漏らしてしまうほどに、私は土と同化する、雨水や地下水を含んだ土は甘い。


どうしようもない疼きを感じて、私はさらに夢想する、地面から球根のように水を含んで張ったペニスが生えていたら…ぱんぱんに張ったペニス状の球根が生えていたら…舌や口の奥に泥が入り込むのもかまわず舐め回して唾液を付けた後、私は裸のまま膣の中にそれを夢中で押し入れるだろう。

やがて腹の奥に自然に張られた強い糸が波打ちはじめ、呻き声が湧きあがる頃合いには、私は球根を膣から引き抜いて噛み砕いて食べてしまうかも知れない。

 

誰もいなくていい、というのは何もかもが私自身であってほしいという欲求でもある。

 

誰かではなく、何かが私の手の届く場所に存在していれば、そうすれば私は欲求を持て余すこともなく、悪人になることもないのにとよく思っていた。

 

私は精液が結構好きなのだが、これが自販機などで売られていればしこたま買っていただろうと思う、男に会うのも億劫なときや、単に口寂しいときにどれほど身体を温めてくれるだろうか。
何故精液が大量に売られないのか心底疑問である、あれは草の汁みたいなものだ、あの汁を携えて誰も居ない草原や森林へ赴いたらどんなに爽快だろうと私は夢想する。

 

その夢想の中で私はまたもや裸になる、地面には鋭い草や石ころがあるかもしれないので、スニーカーだけは履いている。
私の身体は草木の匂いで敏感になっている、膝に触れる葉の感触が心地よい、空は晴れている、私は精液のたっぷり詰まった袋の封を静かに開ける。


強い香りがあたりに漂い、私は舌でそれを味わってみる、それからゆっくりと全身に精液をかけるのだ、乳房や身体の至る所を刺激しながら私は草原に寝転がる。


下腹部が熱いのをそのままに、私は残りの精液を飲んでしまう。

この種の夢想で私は精液を膣に注いだりはしない、あくまで舐めたり飲んだり肌の上にかけたりして感触を味わうだけだ。

…こういう状態のときに手で陰部を触ってしまえば、夢想の中での私はたったひと撫でで達してしまうだろう、それがつまらないので手で触れずに、股に波が打ち寄せるようにと、全身をゆっくりとくまなく、自らを焦らしながら愛撫するのである、そんな性的夢想をするときがある。

 

…という話をとある場所でふと、言ったことがある。

 

そのとき私が反応として受け取った言葉は「その空想の後半には男が出てきて君を襲うんだろう」という類いの文言でしかなかった。

 

私はがっかりした、なぜなら私のこの手の妄想は、私以外誰も出てこない、というところにこそ美学や拘りがあるのだということを、理解してはもらえなかったからである。

 

誰かが登場する性的妄想というものには限度がある、つまり誰かが何かの役を演じねばならないのだ、人間関係に於ける役割などたかが知れている。
性的妄想の場合「どちらが強いか弱いか」という絶対的ルールがある。
なぜなら、「どちらも凄く好きで互いに心身の助けになっている」という妄想は……このような相手が実在しない限り、非常に虚しいものに一変するので私自身を含め普通の人間は避けるのである。

 

誰しも理想の相手とまぐわいたく、理想の相手で自慰行為したく、理想の相手にそれを許してもらいたいとどこかで願ってはいる。
そして相反するように理想の相手ほど、傷つけたい相手は居なかったりする、しかしこの手の妄想は自分自身で疲れてしまうのだ。

 

私は性に於ける善悪というものが心底、性をつまらないものに仕立て上げていると思っている、性を商業的にするだけして、値札だけつけて、あとは陳列するだけ、という虚しい繰り返しの作業に貶めていると思っている。

 

善悪の無い性、というものを考えたとき、一番手軽なものは「誰も居ない性」だった。
私にとって一番楽な性は、他者の不在だった。

 

私の一番愛しているもの、愛していると胸を張って言えるものは何かと考えたらそれは「美しいと感じる景色」「その景色を見て感動するほどの自然」といった現象だった、愛している現象を素直に性に結びつけたら土まみれになりながらの植物相手の性交や、青臭い精液をぬりたくっての自然世界での自慰行為、となったのだ。

 

そこには誰も居ないのだ、私以外誰も出てこない、私より強いものも、弱い存在も一切出てこない、私は犯されないし犯さない。

 

本当はまた、犯されたいと願っているのだろうなどと言ってくる連中には妄想上の精液パックを、その連中の顔面に大量にぶちまけることにしている。
相手が面食らった顔をしたら、お前こそ一番望まぬ存在によって汚されたいのだろう、と私は言い返す、現実には黙っていても空想の中ではなんでもありなのだ。

 

そして性的妄想の中でも絶対的に安心できるのは、一人きりの時だけである。

 

性が他者なしに悦びをもたらすとき、私は土の中に居る、私は森林の中に居る、男ではなく体液だけ、私のそばに携えている、これが私の性的妄想である、善悪や強弱の無い世界に私は行きたいと願っている、自然の中に溶けてしまいたいと、私は切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

性的トラウマを語る難しさ【性】

性的トラウマについての話を、例えば「近親相姦」「強姦」「幼児期の性的暴行」と言葉にしてゆくと不思議な現象が起こる。

 

「近親相姦」モノ、「レイプ」モノ、「ロリコン」趣味…というようにそれは性に於ける娯楽へと転じるのだ。


だってそれは演技だから…それは幻想だから…空想上の作品だから…というのは娯楽を享受する側の理屈である。

本当にはやらないよ!という姿勢を見ていると非常に矛盾した気持ちになるのだ、あれ?性って他者が居て成り立つものではなかったか?
俺はやらないから!という理屈の裏には「俺はやれるけどやらないから」「俺は悪人にもなれるけどならないって決めている善人だから」とかいう類いの含みを感じるのだ、自分は強いが女は弱いという含みを私は感じる。

 

これは何も男が悪いわけではなく、性という認識自体が「一方的なものほど娯楽になる」ので、商業基準が先行するこの国では「背徳」ほど儲かるものはないということで、性=背徳、こうした独特の性認識に発展してしまった背景が見えてくる。

 

また幼児期であれ、女であれ、性欲は発芽するものである。

それと価値とが結びついたときに「性は悪いモノだから」「悪い自分をも見てみたい」と自発的に思い至るのもごくごく人間として自然な状態であると私は思う、少女期の売春やら、児童が自撮りした性的な写真やら、こういったものが出現するのは人間心理として当たり前としか言いようがない。
この手の事で騒ぐ人間こそが、私には不自然に見えるのだ、あなた方はそんなに善人で居たいのか、生まれてから生涯をかけて善人を演じたいのかと私は問いかけたくなる。

 

女はいつでも受け身で選ばれるのを待っている生き物なのか?
いつでも被害者なのか?
性に於ける万能感を得たいと思って売春に走るのはある意味自然の欲求なのではないのだろうか?
子供には本当に性欲はないのか?
自分の内部を発露させ、把握したいという善悪を超えた欲求は、誰しも持つものではないのか?

 

もちろん、私が書いているのは善悪を度外視した上で語る、性についての話である、ただ…児童売春などの現象をひたすらに「悪」だとする認識を変えた方がよいと私は思う。
あの子があんなことを…というのは、単に、あの子には自分の思う幻想上の人間、もしくは性欲の無いような不自然な人間であってほしかったという希望の押しつけである。

 

だからこそ私は被害者で居続ける事は避けたいと思ったのだ、被害を受けた事は事実だし、そのことについて話す時は確かに私の役割は被害者であるが、それを表明するときには第三者の、善悪という判断基準から外れた場所からの視点で、物事を書きたいと思っている。

 

被害者という言葉の中には、それが事実であるにもかかわらず「性に於いては女はこうであってほしい」というような押しつけも含まれるからである、そして男の万能感を意図せず助長させてしまうからである。

 

果たして心優しいヤリマンは悪なのか?

一点集中型のドスケベ女は、悪なのだろうか?

そういう女たちが性被害に遭っても誰も同情しないのだろうか?

性被害というものは、【望まないということだけが被害基準であり】処女であるとかそういうことが基準ではないと私は言いたい。

 

例えば、私の書いた性的トラウマ文章も、読みようによっては「興奮した」という感想を抱く人間も居るだろうと私は考えている。
実際性的被害の本を検索すると、「レイプされました」という言葉すらなんだか誘っている風に読めたりもする、そして次に表示される本は「実録!エロいレイプ話!!女はレイプされてやはり感じている!!」のようなタイトルだったりする。

被害者と加害者というのは表裏一体なのだということを私はこの種のトラウマ話しをするときに強く意識する。

 

私自身が肌を重ねた男にこの種の話をする気がなかったのもこういう事だ、一方的な行為というものは…あまりにも商業と結びついてしまっているのだ、私が泣きながらその時旬な相手に、あるいは凄く好きな相手にこの話をしても、その男がレイプものでヌかないなどという事はないのだ、そう考えるとトラウマというものを人に打ち明けて共感してもらうということは難しかった、結局私は一人を除いて誰にも打ち明けなかった。

 

男ってそういう生き物だから…というのは、半分しか本当ではない、商業というものの性質上、実際にはおかしいと思う矛盾した思い、不可思議な状態ほど人には面白いモノとなってしまう、それがここまで浸透してしまったから、男の言い訳としてこのフレーズが出回っているに過ぎない気がする。

 

ここには男がいつでも強くありたいという切望や思考停止が含まれる。

いつでも女を犯せるという事こそが、残酷さこそが男なのだという幻想である、この幻想ほど金銭が動く思想は無いかも知れない。
そしてもしこの思想が薄ければ…性的不能者も普通にそれを誰かに相談したり、自分を責めること無く生きてゆくことが可能なのだ。

 

女の性の発露というものは、好きな彼氏とエッチなことをしはじめてから…女は彼氏としかセックスしたくない…という事自体が幻想である、この幻想のために彼氏から、好きに扱える人形のような状態に陥ったりする、これは互いの関係上良くないのでこの種の誤った性認識を解く事が最優先である。

 

一つ大きな難点を挙げるならば、女自身がこの思想を信じ込んでしまっているということ、だからこそ性的トラウマの話すら、同性にもすることが出来ないのである、自分の性に正直になればなるほど、同性に汚く思われてしまうという悲しい現象に直面するのである。


女が性的、心理的な万能感を得たい、あるいは真逆の感情を得たいがために売春しまくることくらいは、人間として、普通に起こりうるのである。
それを「性的トラウマが女を狂わせた」だの、「そういう女は病気なのだ」といった、人間以下の認識をしてしまう事こそ、私は病的であると考えている。

 

今まさにセックスしている、という時に感じる熱さは、互いが互いの助けになっていると感じる時ほど強いものである。
今まさに暴行を受けている、という時に感じる果てしない憎しみは、一方的であればあるほど強い怨念となり両者を、その土地をも飲み込んでゆく。
今まさに一方的な性行為を、相手に対して行っているときに感じる万能感は、それが強ければ強いほど、第三者の冷静な視線の前では自らが哀れなほど貧弱になる作用をもたらす。

 

性はこれらが混然一体となって地中から湧き出てくる、絶え間なく湧き起こる力の粒である、視点の粒である、数多の問いかけの粒である。

 

そのたった一粒が自分自身なのだ、私は内部に、これら数多の視点を携えている、書くときにはそれを活用したいと考えている。

 

 

 

☆近親相姦【性】

近親相姦というものは起こりうるなと思ったことが私にはある、避けがたいこととして、ではなく私自身が半ば望んで結合するという形の性交である。
垂れ目がちなどんぐり眼に、私とは似ていない薄い眉、薄い髪の毛、そしてがっちりした体躯、大きな足…彼の半分は私の血で、もう半分は私が選んだ男の血が混ざっているかのような相手だった。
その相手が私の乳房を吸うとき、独特の快楽があった、彼は他者ではなかった。

 

「私の息子」

 

という言葉が血液の中を巡って喉元まで来た、彼がせがむことは何でもやった、彼の糞尿も汚くはなかった、そういう行為の中に他者とついに混ざり合う意味が含まれていた。
そして思った、こいつは危ないな、こいつと子供を作ったら子供は犯されるかも知れない…そして気付いた、自分の中にも近親婚の影を見た、彼を兄のようにも感じた、確かに気軽に欲求を満たせる相手ではあった、互いに汚いので何をしても平気だった、そこにすべての鬱憤が晴らされる効果があった、双方が望んでいたとはいえどこか嫌悪感もあった。

この関係の欠点を言うならばつまらなく、すぐに互いに飽きた、もっと興奮する事をしたいよねとよく話した、気が合った、私たち自身が近親婚の遺伝子を受け継いだ人間であると私は強く思っている。

 

山に囲まれた街にある、父方の祖父母の家に一人でしばらく泊まったことがある。

布団を敷いて朝寝坊していたら祖父が来て私の上に覆い被さった、私は「これはギャグにしたほうがよさそうだな」と思ったので笑い声をあげた、祖父は私の身体じゅうをひとしきりまさぐってくすぐった、中学の時だった、小一時間祖父と私とは息を切らして2階のうだるように熱い部屋の中で戯れた、服の上から下から指が這った、なんとかしたかった、祖父を相手にするなんてまっぴらごめんだった、いっそ殺そうかな…今ならまだ私は刑罰とか逃れるんじゃないか?という考えもよぎった、父のことも嫌いだったし、身内殺しの思考回路は私にとってごくごく普通のことだった。

 

祖父の纏う雰囲気を、祖母と比べた場合に述べるならば「血が濃そうだな」ということだった。
祖母には外国の血も入っていたが、祖父は妙に似た顔立ちの、どこか無愛想で排他的な親類が居る印象だった、住んでいる場所は山間だった、戦後、祖父はそこから就職のために街へと降りてきた若者だった。

 

母方の実家に泊まったときにも似たような経験をした、そこは日本海の漁師の街で、海面と家の高さがほとんど一緒の、空に圧されているような場所だった。

その時も、私の身の回りを守る男は居なかった、つまり殺したいほど憎い父がその街には来ていなかったのだ、妻の実家へ行くのが億劫だというふざけた理由でだった。

 

風呂場に居た私に母の兄が話しかけた、叔父である彼の言うことにはその場所に自分が今必要なものがあるから取ってくれないかという文言だった、私は既に外部の人間から性的暴行を受けていたのでこの種の言い訳には反吐が出る思いだったので、無視した。


「お兄さん達にはね、一人きりで会っちゃ駄目だよ」と母が言っていたのを思い出した。

そうこうするうちに叔父は部屋着で風呂場に入ってきた、私の裸をじっと見ていた、ちょっとごめんねと言って手が伸びてきて、下半身を擦り寄せられたようなところまでは覚えている、挿入されたわけではない…ということが「たいしたことはされてない」と外部から言われるであろう事が私には悔しかった、だからこの種の事を他者に言う気も失せていた、誰に言っても「怖かった」「酷かった」という気持ちだけは置き去りになるのが目に見えているからだ。

 

私は父を呪った、畜生、馬鹿親父め、こういう時ほど居ないんだから、役立たずの癇癪持ちめ、ゴミめ、母の実家に来たがらない内向的な父を私はどこまでも呪った。

 

結局どちらの事も、私は両親にすら告げなかった、叔父は早々に死んだ、私の怨念に取殺されたかのようだった。
一方祖父はじっくりと呆けていった、父が主に施設などの手配をした、父は、確かに私にとっては嫌なやつで、父にとっても私は見たくない同族嫌悪の娘であったが、それでも頼れる息子であり、おそらく私にとって唯一の…私の身を侵してくる奴らから身をていして私を完全に守る男だった、それが父だった、父はそういう奴だった。

 

父に祖父のことを告げたら、父はその場の怒りで祖父を殺すだろうと私にはわかった、私自身の血族間への憎しみの強さは、父譲りだからだ。

 

父に祖父を殺させたくなかった?
父を殺人者にしたくなかった?
今まで祖父が孫に優しかったその時間や行いまでも、泥まみれにしたくなかった?

 

波風を立てない、という言葉を私は醜いと思っている、ぶよぶよに肥えた偽善者めと思う、ではひたすらに華奢な被害者という言動をしたいのかというと、それもお断りだった。

 

母もきっと5人の兄たちのうちのだれかに、時たまこのような事をされていたのだろう、それを我慢したのだろうか?
それとも母のことだから、後先考えず瞬間的に殴り返したりしたのだろうか?
娘時代の母が自分のクラスメイトの男子を容赦なく殴って鼻血を出させたみたいに?
母は、私にとっては賢い女だが世間的には少し馬鹿だから、高校を卒業するまで兄と素裸で風呂に入っていたらしい、こんな血筋なんだと私は四肢の力が抜けてゆくのだ。

 

家というものが閉じた性質を帯びれば帯びるほど、鬱憤が溜り、こうした矛盾する性行為が続くのだと私は思う、人は進化したくないらしい、人は馬鹿で居たいらしい、自分の仲間が居た方が暖かいと思う愚かな生き物らしい。


家庭というものに、近所の人の目や全く見知らぬ第三者の目が介入すればするほど、家庭の空気は循環し、誰もが真人間であろうとする無意識的な力が芽生える。
このことを考えると、よそに異性が出来ることもある程度は夫婦が互いに許し合う風土が出来ない限り、近親婚は無くならない気がする。

 

近親相姦の被害を受けたという人も、自分の娘や息子といった自分よりも力の弱い存在に欲情するという人も、「外面の良い人間でありたい」という欲求を代々抱えてきた、近親婚の末裔ではないかという気がしてしまう、そのような遺伝子を抱えて生まれてきている哀れな人種、これは自分自身を含めて感じる事である。

 

これからの事を言うなら、自分の外面というものをひたすら繕ってしまう性質こそが、この種の性行為を助長させていると私は思う、それは既に遺伝子レベルでの働きなので、本人にもどうすることもできないかもしれない。
だが唯一、この状況や遺伝上の負の性質を脱するために言えるのは、自分とは異なる相手をひたすらに探すという労力をないがしろにしないということ、のような気がする。

 

私は昔から自分の血が汚れているような気がしていて、それは最早自分自身という存在を超えて伸びている絡まった蔓草のようだと感じている。
私が今しているのは、この蔓草をむしることである。
自分から生えている醜い草を、むしり取ることである。


それが何かのあがないになる気がするのだ、近親婚で生じた草は、やはりどこか弱い、弱いので近親者と結びつこうとしてしまうのだ、そんな草は根ごと捥ぐよりほかないのだと、血族への憎悪の強い私の心身は、叫んでいるのである。

 

 

 

 

 

 

栗毛色の髪の女【楢山節考】

楢山節考の舞台、山梨の山中や、甲州街道のそばに父方の先祖は住んでいた、父もそこで生まれ育った。
ある程度の老齢になると、人々は山へと赴くのだ、そのような風土が確かに山梨にはあると私は思う、四方を山に囲まれたあの盆地はひたすら暗いのだ、日照りになろうが寒いのだ、人々はどこかよそ者を嫌っている、山を越えて来た連中に対し、あまり自発的に話したりはしない風土である。

 

「へぇ、道をね、行商の人が来るでしょ、ほしたらもうみんなびっくりするけぇ、その女の綺麗さに」

山梨の祖母の言葉が甦る、だが祖母本人もこの女を見たことは無いのだ。

 

父の母方の一族(父の家の場合母方の方が一族の力が強い気がした)の語り草となる女性が居る、現在この話を血縁で知っているのは私と父と叔父だけになる。
私から数代前のその女性は、山間の村の中で何故だか類い稀な美人であり、栗毛色の髪の持ち主だったそうなのである、これに皆が驚いていたという話しである。
確かに父の母、つまり祖母の鼻の形も鷲鼻だった、曾祖母を私が見たのは既に彼女が90に手が届かんという頃だったが有り体に言えばどこか気品のある顔立ちをしていたのが印象に残っている。

 

父がまだ製薬会社(のような会社)に勤めていた頃、その会社では遺伝子開発を行う部があった、人間の血液から遺伝子型を読み取ったりしていたのだ。
経費削減のためか、単なる実験用のヒト血液が沢山欲しかったのだろう…父も血液を提供したのだ。
ある日父は楽しそうに帰宅した、私は既に高校生くらいだった、父の血液の中にはどうやら数代前にロシア人の遺伝子が入っている、とのことだった。

私はこの手の話に詳しくない上、調べる気も無いのでうまく説明できないが、遺伝子というものにはある程度のパターンや形があるらしい、そういうものを解読してゆくとザックリと祖先がわかったりするという話である。

 

私ははっとした…ああそうかと思った、だから父を含め祖母も、なんとなく山梨を嫌っていたのだと私はわかった。
さらに言うと、祖母たち一族の「公式な」先祖の由来は「街道を通って関西から行商に来た」人々であるという話だった。
関西のどこ?という問いには祖母も答えなかった、まあどっかからだねえ、と代々ぼんやりとした答えを周囲に言っていたのだと思う。


これは半分は本当だろうと思う、そしてもう半分はきっと、外国人相手に売春していた女に子が出来て、にっちもさっちもいかなくなって適当に住まざるを得なかった場所がどういうわけだか山梨なのだったと思う。

 

先祖の中に外国人の名前を挙げる人が皆無であることから、その栗毛色の髪の持ち主もまた、注目を浴びれば浴びるほど、周囲から見下されていたのだろうなと思う。
凄い美人だったんだよというこの言葉の由来は多分、そのような母を思いやって子が口にした言葉が発端だと私は推測する、それが連綿と続いたのだろう。
栗毛色の髪の女は23くらいの年齢で数人の子を残してチフスで死んだという、あの頃はそういう時代だったと祖母は言った、その祖母ももう居ない。


ちょうど私から遡って七代くらいかもしれない、私には旅人にお茶を振る舞ったりする、その土地の人間らしからぬ愛想の良さや髪の色こそが、彼女の稀な美しさだったのだと思う、そしてそれこそが彼女の孤独だったのだろう、何故なら、彼女の母親の話は誰の口からも出ないからである。

彼女の父親の話も、これといって一切出ない、口に出されるのはただ彼女を祖とする、彼女の子供以降の人々による賛美の言い伝えだけである。

 

海外へ行く飛行機にて、意図せず私はロシアの景色を見た、緑色の広大な湿地に大蛇のように巨大な川が曲がりくねりながら果てしなく伸びていた、たった一つだけ赤い屋根の家があった、それしか人工物は見当たらなかった、街があっても信じられないほど小規模だった、にもかかわらず大地だけは地中へと、上空へと、四方にどこまでも拡大を続けているかのような奇妙な印象を抱いた…。

 

私の身体の内側、内面の戸口に西日を逆光に浴びて野良着姿の女が影となって立っている、特に泣く風でも泣く、笑うわけでもなくただじっと立って私を見ているのを私は感じる、髪の毛はオレンジ色の光を浴びて一層煌めいて透けている。

 

こういう話を書いていると視線を感じるものである、七代というのは因果な数字で、彼女も私の内部まで来たのだとわかる、山を越えて、あの暗い囲いを越えて、ようやく海の風すらも入ってくるこの土地まで来たのだと、私に語りかけている。
そして私は思う、私は子孫を残さないと思うので、この話も私の代で終わりである、私には妹が居て彼女が姪や甥を産んでいるがこの手の話に興味が無い、つまり妹の中には多分彼女は濃く出ることは無いのだと思う。

 

私は自分の生活や、自分の体感した文化というものが、文化人類学的に見れば割と重要だという気がしている。
つまり言い換えれば、その辺を散歩している人々のアイデンティティの話なども、その人にしか語れない色合いを帯びていて人類学的には重要だと思う、だから人間というものは誰しも面白いのだという直感がある。

 

現在日本に生活していて日本人であるという自覚をもっている人のうち何割かが、その実外国の血が混ざっているのだろうと思う、そしてきっとある血筋では恥として封印され、ある血筋では一種の美とされ、風化し、やがて誰も思い出さなくなるのだろう。

 

このような話をするとき、自然と私は先祖というものに手を合わせたくなる、拝むというわけでもない、私の先祖が沢山死の旅路へと赴いた山へ、向こう側へと超えることの無かった山へ、私は山の外側から静かな気持ちで手を合わせるのである。

 

この文章を私に書かせたのは、きっと彼女である、これは供養なのだと思う。

ちなみに私は濃い眉と黒目がちな目とを母方の祖母から受け継いだ、今回挙げた「凄い美人」な栗毛色の髪の彼女とは、端的に言うと幸か不幸か全く似ていない。

 

 

 

人形【詩】

小さな箱を用意してそれを周囲の世界に見立てる、そして自分を人形に置き換えた、部屋は明かりが灯っているが四隅には闇が息を潜めている。


私はたまらなくなって人形の四肢を、一本一本ちぎっていった、大きなハサミで右腕、左腕、左足、そして右足、下腹部、首、という風に順々に解体したのだった。
私は、一所に留まれない人間なのかも知れないと思った、常に強烈にどこかへ行きたいと願い、相反するようにその場に地霊となるまで留まりたいと念じているのだった。
だからこそこの作業はやらねばならない儀式だった、私が、本当に私自身であるにはこうするより他に方法は無いのだと私は思った。

 

すべての場所に留まるなんてこと、すべての場所を越えてゆきたいなどということ、それらを実行するにはこうするよりないのだ。

誰か一人きり、どこか一点の場所、たった一つの信念、そういったものが人間という存在を動かすのにはちょうど良い。
一人でなく二人、三人、いくつもの場所への恋、いくつもの願い、それらは一人の人間ではまかないきれない、一人の女には無理な話だ。

 

だから私にはわかるのだ、そういう女がいたとして、本当に彼女の望みを叶えるならば女の四肢を切断して、数多の場所へと移し、それぞれの場所を守るよう念じるより他にないと、私には理解できるのだ、古代の土人形が打ち割られて埋められているのはそういう理由からなのだと私は直感した。

 

きっとそれよりも以前の時代、生身の身体が供養されていただろう、そして昨今に至るまで、そこここに身体は埋まっているのだろう、土の中で目覚めたまま眠っているのだろう、右腕だけが、左足だけが、首だけが、念を発したまま未だに生きているのだろう。

 

私の苦しみを人形にうつした、と私は思ったが、きっと無駄である、カーテンを開けると夕暮れ、葉のすっかり落ちた木の黒い線が影絵の闇へと溶けてゆく。

 

苦しみは消えない、喜んだ分だけ苦しみは消えない、私はあなたを守れない。
あなたは私を知らないのだから、私とて守りようが無いのだ、私は誰も守れない、と私は思っているに過ぎない。

私は苦しみを人形にうつしたいと、願いを人形に託したいと、ただ思っているに過ぎない、私はあなたを私なりに守りたいと、それすら単なる願望なのだと気付かされる、夕暮れの瞬間。

 

 

 

 

 

月面球【詩】

ラブホテルのエレベーターの中

文字盤のあたりに月面の壁紙

 

どうやら

 

辿り着けない場所へ行くらしいねと笑い合う

誰がこんなことを

 

あなたの

髪の匂いがわかるほどそばへ

 

 

月はその実トンネルの向こう側の光なのだよ

あれは球体なのではなくて

空洞なのだよ

あれは次の世界への光

辿り着けない場所からの光

私の腹部からの光

  

私たち二人は雄雌の対となって月世界へ

エレベーターは上昇してゆく

 

 

私は問いかけを

覚えている

父母よ

月面球のこの世も

私にはいつまでも慣れぬ

だから景色はいつも色鮮やかなのだ

 

わかったのはただ一つだけ

どうやら月面は

私自身の腹部へと繋がっているらしい

女の腹が丸いのはそこに月面球が在るからということだけ
自分が外部だと思って歩みを早めた先が体内だったなんて

この世の仕組みというものはやはり理解を超えている

 

3階のどこかの空間にあと2時間ほど私たちの部屋となるらしい

あなたの髪をたった2時間

味わう部屋へ誘われてゆく

 

 

どうして生まれ出でて尚

体内の月面へと私は誘われるのだろうか

誰がこんなことを

 

辿り着けぬ月面を

二人で見つめた瞬間こそ一致していた

 

深く

腹の中へ

腹の中へ

月面へ

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の朝日の赤さと恐怖【精神】


桜の木が灰色の膜を纏いはじめたら冬が始まるのだ。
家の影になるその場所、私自身の身体が温められるこの家の、その影に霜が降りるときに私はじっと目をこらす、まだ夜明け前。

 

冬の朝日は鋭いのだ、あれは大きな目玉である。
私が冬の日の出を明確に認識したのは今から6年ほど前、一時的に住処を移した時だった。

凍ると降りられなくなる階段を上がって2階に私は身を寄せていた、小さなベランダとキッチン、風呂とトイレ、隣人の携帯が鳴ってもすぐにわかる薄い壁とで仕切られた世界に私は縮こまっていた。

 

私は、そのベランダが真っ赤に染まるただその現象におびえた、自分でも訳がわからなかった、ベランダ自体が巨大なまぶたで、卵黄のような朝日は怒りに満ちた眼光だった。
朝が来るたび、私は泣いた、恐怖によってである。

 

なるべく部屋の隅に隠れようとした、キッチンのそばの…今は机として使っている木製の重厚なテーブル、その部屋には似つかわしくない私の趣味、私の拠り所、そこに私は丸くなって泣きながら震えた、自分がこのような状態に陥るなどとは…これほどまでに理由の無い恐怖におびえる日々が来るとは思っていなかった、涙は流れるが恥辱であった、私自身がこれを他者に説明できないことがなんとも苦しかった。

 

苦しみとは、誰にも理解されないものほど厄介である、そして苦しみとは、本来誰にも理解されないものであると私は床に座したまま、テーブルの脚を手で握ったまま思った。
部屋中に朝日が差していた、その当時、本当に一時期私は何故だか朝には尿が出なくなっていた、どういうわけだか身体の循環も狂っていた、自分が恐怖に飲まれていることを私は知っていた、だがどうにもできないということも知っていた。

 

ただ一つ、唯一残された道は逃げることだった、あの朝日から、あの部屋から。

しかし真冬の太陽だけは追ってきたのだった、次の部屋にも、元居た部屋にも、この家にも。

 

真っ暗な朝、目玉が現れる、私はとにかく恐ろしくそれから逃れようとする、しかし逃れられないともうわかった、私は光から目をそらすことにした。


理性的に考えるとどうやら光の強度や色合い、そして住処により症状が変化することから…住んでいる窓からどの色合いが強く出るか、どの色合いが部屋を染めるかが問題のようだと気付いた。

 

多分、強い赤い光が「こちらにめがけて差し込んでくる」という現象に、暴力性を感じるらしい、夕日もそこまで好きでは無いが霧散する光なので暴力性は感じないのだ…私の脳みそはそう認識するように出来ているらしい、出来ていると言うよりも残念ながら最早出来損ないである、冬の早朝のたびにこれでは生きてゆくのもままならない。

 

この家に越してから朝の太陽を直視しないように、という行動がようやく出来るようになった、こうして言葉にすると苦しみというものは…きりが無いのである、私はこれを薬でどうにかしようとは思わない。
薬というものは理由にしか効かない、誰かへの理由、恐怖を感じていることを感じにくくするのは…本当に自分のためだろうかと私は思うようになった。

 

薬は他のすべての機能を鈍化させる、朝の一時が私には苦手なのだ、それなのに1日中、冬の間中ぼんやりと…恐怖に飲まれて過ごすのはまっぴらだ。

恐怖といものは避けようとすればするほどに、その実恐怖自体がその人の軸となってしまうのだ、それが恐怖の、恐怖たるゆえんである。

だから恐怖に飲まれることを避けるには、自分自身の意志を持つことであると私は思う、つまり自分が今恐怖に飲まれているということを、それさえ認識できれば、その視点さえあれば、そういう俯瞰した視点さえあれば、その場では身体的に恐怖におびえていても、それは恐怖に飲まれたとは言えないのだ、そのような状態を維持するには書くことが実は一番有効である、話というものは…よほどの場合出ない限り、その場で理解したりする人と、理解する瞬間を共有することは…出来ないのだ、特に一方がおびえている場合は。

 

だから精神薬は、恐怖を抑えるために飲む場合、その実恐怖を大きくしているのだと私は思う。

 

どうして冬の朝日が怖いのかわからない。
どうして冬の朝日は鋭いのか、私にはわからない。
どうして私がこんな風に生まれついているのか、私にはもとより誰にもわからない、私にはそれが…あの目玉にはすべての答えを提示されそうで、怖いのだ、問いは問いのまま、しかし時に答えが返ってくるのだ、本当に予期せぬ形で…美と非常に似て非なるもの、恐怖という答えが、私にささやく朝もあるのだ。

 

時に恐怖は美しいものだったりする、特に恐怖に飲まれていない状態の視点に於いては。


私が出来る事というのは、こうして書き連ねることである、恐怖に飲まれることではなく恐怖を表明することである、自分自身へ恐怖を認識させ、心身を動かすのだという意志を私に注いでゆく、精神の安定には何よりも意志の力が必要だからだ。

 

真冬の朝日から私は静かに目をそらす、私自身の暖まる家、その家の影の方角を私は見ることにする、霜は優しいのだ、少なくとも私には霜は優しい、私が死ぬ朝にも、きっと霜は降りているだろう、そうであったらいいと私は思い、この思考にこそ私は自分自身の救いを見いだすのだ、そんな朝である。